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所変われど、本人は変わらず

 国軍元帥の予定は一気に崩れる。

 全滅できるはずのない魔族の軍勢を、近衛兵師団の出撃部隊三十名足らずのみで一掃した。

 この上ない素晴らしい戦果を挙げた結果、全体のその後の戦略も大幅に変更され、その会議などに時間が割かれる。

 メンバー達は元帥にお目通りするはずだったがその予定もなくなり、近衛兵部隊全員への褒賞とギュールスへの特別褒賞の授与も省略。代わりに団長のロワーナがその代表として受け取ることになった。


 その後団長室に戻ったロワーナは部隊ごとに呼び出し、元帥の代理として褒賞を手渡した。

 最後にギュールスだけを呼び出して特別褒賞を与えた。


 そして褒賞を受け取った直後のギュールスから提案を受けた。


「本部の外で外食?」


「は、はい。えーと、いろいろな理由がありますが」


「それはまた随分抽象的な理由だな。しばらくは休養期間があるし、ま、好きにすればいいさ」


「えーと……」


「ん? まだ何かあるのか?」


「いえ、団長も……」


「二人でか?」


「はい?」


「いくら好ましい人物と一緒とは言え、戦功一つだけでは私は落ちんぞ?」


「……はい?」


「何だ、違うのか?」


 二人の会話に微妙な食い違いがあった。

 それに気付いたロワーナはため息をつく。


「それを言うなら、食事会だろ。みんなでそういう話が出たのか?」


「はい、戦勝祝いにその……お詫びも兼ねて、この……これで」


 受け取ったばかりの金一封をロワーナに差し出す。

 言葉足らずだがそれだけもロワーナには彼の考えは十分に伝わった。


「いいのか? 貯えはいくらあっても多すぎるということはないのだぞ?」


「……給与、全員への褒賞、そしてこれですから。自分には身に余るなんてもんじゃないくらいですから」


 伝えたい思いが伝わらないが、ギュールスの思いも分からなくはない。

 心ではすっきりしないが、その思いは有難い。

 その思いは大切にすべきだろうし、今のギュールスにもその気持ちは育てて伸ばす必要はある。


「いいだろう。だが上層部との会議がある。夕食の時間からは遅れるがその後は自由時間になる。その時にみんなと一緒に出掛けようじゃないか。今日の任務が終わる時間に私からみんなを呼び出そう」


 …… …… ……


 ロビーに集まっている第一部隊。

 ギュールスは食事会の提案の報告をしている。


「……その言い方じゃ、誤解されるだろうに。団長もよく理解できたものだ……」


「はい? 誤解? まぁ言い方間違えてしまいましたけど」


 何人かはやれやれと言う顔をしている。


「二人きりで外で食事って言ったんだぞ? 身分の違いを越えてプロポーズという話にも聞こえなくはないということに気が付かないか?」


「ロマンティックねー」


「随分大胆なことを言ったもんだ」


 全員から呆れられるやら冷やかされるやらでいじられるギュールス。

 その本人は、指摘されても何を言われているのか自覚できていない有様。


「まぁ、でも、確かに素晴らしい方だとは思いますが……」


「うわぁ……天然だこの人。イジリ甲斐がないよー」


「そうだ……。ギュールス、我々の中でお前の好みの者はいるのか?」


 ニヤリとした顔でケイナがギュールスに尋ねる。

 内面は見ずに外面だけで決める男性なら、誰もが迷う質問である。


「……この体の色に、この顔ですから、選んだ方に嫌われますから言いません」


 青い体の色が目立つが、母親のエルフの血も引いていながら、なぜかその顔は生まれながらにしてオークに似ている。

 本人は気にしたことはないが、周りから指摘を受け続けられればどうしても気にしてしまうものである。


「お前の性分は理解しているし、志も我々と同じにする者だ。他にどうしても受け付けない点があるとしたら、不潔かどうかくらいだろう。それも特に問題点があるわけでもなし。気にすることはないぞ。ただの戯れだからな」


「そうそう。選ばれなかったからって落ち込むわけじゃないし、選ばれたからって嫌がる仲間はいないよー」


「むしろ光栄かな。機転も効く。知恵もある。そんな者から好かれるなど、うれしい限りじゃないか」


 自分はあまり変化はない。

 ただ、国軍について少しだけ、ほんの少しだけ新しいことを知っただけ。

 その中で、近衛兵師団の団長のために働くという意志が新たに生まれたことくらい。


 なのに周りは完全に変わってしまった。

 自分が立てた戦功の事実は改編されず、その報酬も手元に来る。

 嫌悪する者ばかりしかいなかった周りは皆すべて自分に好意を持つ者になった。


 そんな環境の変化にギュールスが戸惑わないはずがない。

 むしろ今回の出撃前のぎすぎすした雰囲気の方が居心地が良かったとも思えてくる。


「あ、あの……」


「さぁ、誰を指名してくれるのかなー?」


「指名されてもデートする時間とかはないからな。まぁ好意を持ってくれるのが分かったというのが特典だな」


「えーと……。皆さんもそうですが、団長も守る、と言うことを心に決めたので」


 一瞬全員が驚きの目を向ける。


「おぉ……。ギュールス氏は大胆ですなー」


「ってことは口説くチャンスを一つ失ったと」


「いやいや、まだ早い。もっと気を熟してからだな」


 さらにギュールスのイジリで盛り上がる。

 勿論好意というよりも忠誠心の度合いが高いことを理解した上である。


 そうこうしているうちに、館内にロワーナからの呼び出しの放送がかかる。

 そして団長室に揃う第一部隊。


「みんな、待たせたな。他の部隊の配属もしなきゃいけなかったから時間を食ってしまった」


 会場はロワーナが既に手配していた。

 時々ライザラールの街中に出て、このような会を開くことがある。

 その会場はいつも決まっていて、首都内の格調高いレストランで行われる。


「全額ギュールスが持つと言うが、それでも余る額だ。今から老後の心配してもしょうがないが、その準備に早すぎるということはない」


「はーい、団長。ギュールス君が団長のことが好みだって言ってましたー」


 アイミがおどけていきなりの発言。

 何をふざけたことを、とロワーナが呆れるが、全員が同意しギュールスは慌てふためくものだから聞き流して終わりにして、雰囲気を壊すわけにもいかず。


「はいはい、それは光栄なことだ。大体それはさっき彼との話の中で出てきたからしなくていいぞ」


「えー? 話のネタになると思ったのに」


「くだらない事を言ってないで、さっさと会場に向かうぞ。外出の準備は出来ているだろうな?」


 第一部隊のシルフ達はみないつもの勇ましい鎧姿だが、その上に半透明のドレスを羽織っている。

 鎧の上に衣類を着るのは違和感があるだろうが、そのドレスは鎧を美しく彩り、その鎧は逆にドレスを引き立てる不思議な効果を生んでいる。

 しかしギュールスはいつもの姿。下着の上に肩当てと胸当てを、魔族の体質を利用して取り込むようにくっつけている。


 交通手段の馬車を呼び、全員が乗り込んでレストランに向けて移動する。


「ギュールスにも礼服など見立ててやらねばな。そのうち大きな式典に出ることも考えられる」


「有り得ますね。いつまでも傭兵時代のつもりでいてもらっても困ります。それに今回、彼の能力は直接戦闘行為では見せてはいませんから、今後の活躍の期待は大きい……って、狼狽えるな、バカ」


 その移動する客車内で、エノーラから不意に出てきたギュールスの評価。

 それを聞いた本人はその自覚はなく、逆に困惑している。


「この性格、変わってほしいとは思うがな」


「自慢気にされるのは嫌だけど、あんまり遠慮しすぎても嫌味っぽくなるし」


「とりあえず! 馬車から降りたらそんなおどおどした態度はとるなよ? それだけで会場から追い出される可能性もあるんだ! まぁ我々も擁護はするがな」


「エノーラ、厳しいなー」


「そろそろ着いたぞ。お前達もいつもより騒がしいから、人の事より自分の振る舞いも注意するように」


 淡々と注意を促すロワーナの毅然とした姿勢は流石である。


 全員が馬車から降り、先頭にロワーナが立つ。


「予約していた……」


「承っております。ロワーナ=エンプロア様以下八名、と伺っております。どうぞ中へ」


 レストランの支配人と思われる者が一行を慇懃に迎え入れる。


 ロワーナに続いてエノーラ、メイファ、ケイナ、ナルアの一等近衛兵。

 次に続くエリン、アイミ、ティルの二等近衛兵も店内に入る。


「お客様、お客様はどうかご遠慮ください」


 その支配人から入店を止められるギュールス。

 店に入ろうと動かした足をその場で揃えるギュールスは、はっと気付く。

 いくら自分に好意を持つ者が自分の周りに増えようとも、自分自身は変わっていないことに。

 そして、無駄と思われる抵抗を口にする。


「……今回の支払いは自分がすべて受け持つ予定……」


「いえ、そうであるならば今回は私共の方で引き受けさせていただきます。どうかお引き取りを」


 即座に受け流すその人物。

 店の入り口でのギュールスの会話は、既に店内に入っている全員の耳には届いていなかった。


「……えっと、支配人さん、でよろしいですか?」


「左様ですが、何か?」


「……ご迷惑おかけしました」


 ギュールスは支配人に一礼をすると、入り口に背を向けて夜の街の中に入っていった。


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