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ブラウガ高原からの撤収 そして、歓迎

 近衛兵師団所属で魔族討伐のために出撃した三部隊は今、駐留本部に向かって帰還する途中である。

 来た時と同じ種類の飛竜の移送部隊に、近衛兵は部隊ごとに搭乗している。


 第一部隊が搭乗した部屋の中では気まずい雰囲気が漂っている。

 大口を叩いた新人。出来るわけがないことを平気で言ってのけた新人。

 そういう認識を持っていたメンバー達は、有言実行した結果を見せつけられた。

 単独行動の許可は下りていたのだから、ギュールスのとった行動には文句を言う筋合いはない。

 ギュールスが使用した道具はすべて彼の物。みんなの物や誰かの物を好き勝手に使ったわけではないからこれも何の問題もない。

 ギュールスに何の非もない。それどころか手放しで称賛できるレベルである。

 だが全員、自分達は彼にどんなことを言ったのか、どんな態度をとったのか、どんな感情を持っていたか、それぞれが覚えている。

 だからどんな顔をしていいのか分からない。


 体中に塗れた真っ黒な煤は、いくらかはギュールスの体からは離れた。

 出来れば完全に落としたかった。だが風呂やシャワーがある設備はどこにもない。

 近くを流れる川で水浴びすることも考えたが、その川が汚れることを考えるとそれもできない。

 桶やタライなどもなく、思い付いたことと言えば、川の水を掬って体にかけることくらい。

 こすりつけたら汚れが落ちにくくなることもあるかもしれない。そう考えると体の汚れを落とすにはそれくらいしか思いつかない。

 まだ汚れがついている体で席に座るのも気が引けた。

 周囲に汚れが付かないように、背中を丸めて体を小さくしている。

 この中を煤で汚したら、この移送部隊の手入れに手間をかけさせてしまうのではないだろうか。

 彼の頭の中はそんな心配でいっぱい。もし第一部隊からどう思われているかと聞かれたら、彼の口からは真っ先にそのことが出てくるだろう。


 第一部隊の雰囲気が重くなることを避けたいロワーナは、搭乗して間もなく、咳払いをしてから切り出した。


「んっ、んんっ。……ところでギュールス……って猫背になるにもほどがあるだろう! どこまで体を丸められるんだ、お前は!」


 壁に沿って車座の形で配置されている長椅子に、自分の隣に座るギュールスを見ての最初の一言である。


「え? あ、あの、体の煤で中を汚しちゃ……」


「はぁ……そんな些細な……気にするな。ところで、一体何をどうしたらあんな大群を殲滅できるのだ。あそこでは聞くどころじゃなかったからな」


 …… …… ……


 ブラウガ高原でただ一人立つギュールスのシルエットを見て、オワサワール皇国の守り神として天から遣わされた何者かと、まるで童話の物語か何かのようなことが一瞬ロワーナの頭の中でよぎった。

 その直後彼女は、『死神』という本人が嫌がる渾名があるという報告を思い出し、敵に死を告げる者として相応しい姿である、としばらく見惚れてしまっていた。


 不意に部下達が彼の元に駆け寄る。

 戦場に到着して防衛線を張ってからはすっかり存在自体を忘れていた彼の安否を確認、気遣うためだろう。


 しかしギュールスは、あらかじめ注意すべきことを怠り、そのことを責められると勘違い。

 移送部隊によって戦場に到着するまでの間、皆が自分のことをどう思っていたかくらいは察しがついていた。

 そのことで糾弾されるのなら覚悟は出来ていたが、爆音や煙の注意については彼自身も想像以上のことだった。

 謝らなければならない。

 そう思っていても、出撃部隊全員から全力疾走で近づいてこられた迫力を感じ取り、流石のギュールスも恐怖を感じた。何せただの兵士ではない。一人一人が精鋭なのである。

 高原の端を逃げ回り、その先にいるロワーナの背に隠れようとする。


 近づいてくるギュールスに落ち着くように大声で呼びかけるが、彼女の後ろに回り、彼女の陰に隠れようとするかのように足元で蹲る。


 そんな彼の周りを囲んだ彼女たちは思ったことを口にするが、ギュールスは体をかすかに震わせながらそのままの体勢。頭隠して尻隠さずをそのまま体で表現している。


「いい加減にせんか!」


 ロワーナの一括で全員直立不動。ギュールスはそのままの姿勢だが震えがピタッと止まる。

 ロワーナから見た全員のしていることは、勝ち目のない戦を、逆に相手に勝ち目を与えず完全勝利してはしゃぎまわる部下達としか見えなかった。


 生存する敵がなく、はるか遠くまでの周囲に敵の存在がいなければ何かをする余裕も生まれる。

 その余裕の中でロワーナがしたことは、全員への説教である。

 例え敵がいなくとも、いつ何が起きてもいいように常に気持ちを引き締めろ。

 そんな話ばかりが、後詰の部隊が到着するまで続いた。

 わずかに残った時間でギュールスは体の汚れを落とすが、その際に流れ出た冷や汗も、体の汚れを落とす効果があったらしい。


 …… …… ……


 事の成り行きの報告はまだ聞いていなかった。

 その雰囲気を切り替える意味も兼ねて、ロワーナはギュールスに何があったのかを尋ねた。


「手持ちの道具でなるべくたくさんの敵を倒す。残った敵は肉弾戦……白兵戦に持ち込めば、自分の能力で全滅できると踏んだんです」


「道具?」


「使った道具は爆薬、五十ほどだったかな? あとは呪符。火と氷、雷撃と融合です」


「それは、街に出て道具を買いに行ったときに仕入れたものだな?」


 エリンが口を挟む。

 彼女はアイミ、ティルと共に付き添い、途中で軍の巡回警備の馬車を借りた時の事を思い出した。

 ギュールスが頷いたのを見て、ロワーナも質問する。


「融合? どこで使用したんだ? 火は、焚火に使ったろう? 広く一直線に配置するように」


 ロワーナは、高原の南方の森林で火炎攻撃の禁止を言い渡した後、ギュールスが単独行動をとる前に火の呪符の使用を許可をもらいに来たことを思い出す。


「暖かい空気は上に行きます。そこで下に向かって冷たい空気を流して、暖かい空気が南方に行かないように壁のような働きをさせました」


 ロワーナは頷きながら、その先の説明を促す。


「そのときには高原で既に爆薬を均等になるべく広い範囲にわたって仕掛けた後で、思ったより強い風が来てありがたかったです」


 近衛兵達が焚火の熱が気になるということで、風邪を起こして北方に追いやったときのことだ。


「ありがたいとはどういうことだ?」


「強風が欲しかったんです。でも風の呪符はありませんでしたから、熱の近くに冷気があったら風が来るかなと思って。木の枝とかについた、枯れかけたたくさんの葉っぱを高原に向かって飛ばしたかったんです」


「葉っぱ? そんなのが何の役に立つんだ?」


 エリンが尋ねる。

 ロワーナは融合の呪符の使用方法が気になって仕方がない。その効果には攻撃能力がほとんどないのだ。だがまず彼の説明を聞くのが先、とその質問の答えを待つ。


「葉っぱは飛ばされるうちに細かくなってくれるだろうと思いました。細かくなる前に、帯電させようと」


 いきなり雷撃の呪符の話が出てくる。


「帯電って……葉っぱに向かって雷撃を食らわせた? そりゃ飛んでくる葉っぱなどにしかその効果は出ないだろう」


「はい、そこで融合の呪符を飛んでくる物にかけました」


 ロワーナはしばらく考え込む。

 そしてその答えが閃いた。


「お前……そこまで考えてたのか」


 驚きの目でギュールスを凝視する。

 全員はどういうことかと、その話の先を求めた。


「融合は、かけた対象に何かが来るのを受け入れる効果があります。今回は雷撃を受けてダメージを与えるのではなく受け入れさせたんです」


「それでその飛来物に雷撃を蓄えると」


「はい。で、思いの外風が強く、ヤワな飛来したものは、雷撃の効果を帯びながらどんどん細かくなっていきます」


 電気を帯びた粉塵が宙に舞う。

 その場所は魔物達が屍を曝したブラウガ高原。


「あとはタイミングだけでした。仲間にダメージを与えてはならない。大軍すべてにダメージを与えること。まず魔族すべてが高原に来襲するのを確認するための場所の確保をして、そこで……体を変化させて草むらど同化しました」


 魔族から自分の姿を見つけられないように、隠れるのではなく周りと同じ物その物に姿を変える。

 それで魔族は逃げる飛行兵にだけ注意が向けられる。


「飛来物が雷撃の効果を持ったのは森から出た後ですから……」


「全員が森の中に入れば、その被害はない。だが南北それぞれ両端の位置で視認できない、ということか」


 飛行兵の責任者と接触して受けた報告に、彼が放った閃光の魔法の説明はあったが、その目的は分からなかった。

 何かを報せる意味は推測できたが、報せを受けて何をするかまでは、ロワーナには想像も出来なかった。


「で、飛来物には雷撃能力があります。それだけでも効果はあるとは思いましたが、雷撃と相性のいい火……」


「それが高原の地面に仕掛けた爆薬というわけだ」


「でも予想よりもとても大きくて……」


「粉塵爆発ってやつじゃないですか? 細かくて燃えやすい物が空中にあると爆発を引き起こしやすいって」


 不思議に思うギュールス。メイファがその理由と思われる現象の話をする。


「しかもただの粉塵爆発じゃない。雷撃を帯びたものだ。微弱になっていくが、それに触れた魔物にも雷撃が広がる効果が生まれた。しかも火と相性がいい。そういうことか」


「爆音は確かに大きかったが、聴覚がやられる音の直撃のようなものはなかったからな。反響によるものだから特に問題はない。驚きはしたが」


「あの時みんな俺の方に走ってくるもんだから、注意するのを忘れるのは何事かと怒りにきたのかと」


「そんなことで怒るわけがないだろう」


「っていうか、もしそうだとしても、それはお前への注意の類だろうが。注意してくれるものから逃げるな!」


「え、えぇ?! な、なんて時間差ですかそれっ」


 エノーラから突然叱責の言葉が飛び、狼狽えるギュールス。


 それを見て全員から笑い声が出る。


「……今回は間違いなくお前の功労だ、ギュールス。手持ちが少ないと思われる道具を駆使し、知恵を使い、そして誰もが想像しえない結果を導き出した」


 和やかな空気がロワーナの話で引き締まる。

 しかし搭乗したときの重苦しい空気はそこにはない。


「そしておそらくお前の考えた作戦で打ち漏らした敵がいたとしても、お前一人で倒せる数だと思う。配属されてすぐに実戦。しかも全員がお前の能力のすべてを知らない。出撃前の雰囲気がおかしくなるのも仕方がない」


 全員が神妙な顔つきになる。

 近衛兵の出撃した全部隊に、彼に対する何かの思い込みがあったのは確実である。それは『混族』とは無関係な物であったとしても。


「だが、お前にも、どういう目的をもってどういう行動を起こすつもりなのかを話してもらいたかった。式の会場に向かうギリギリまでおそらくこの作戦について考えていたのだろう。ひょっとしたら、自分のことを誰も理解してくれないとでも思ってたか?」


 そんな思いもあったのかもしれない。

 今までがそうだった。

 誰からも理解されない経験が積み重なった。何を自分から口にしても、どんなことを聞かれてそれに答えても、誰もまともに聞いてくれなかった。

 無意識に、誰も相手をしてくれないという思いがギュールスの心の中にあったのだろう。

 ロワーナからの問いに顔を伏せ、ギュールスは口をつぐんだ。


「だが、どんなことでも話をしてくれることで、それは提案に変化する。たとえ却下されても、連携が取れなくても、だからと言って全員が無関心でいるわけじゃない。それを踏まえることで新たな提案が生まれることもある。別行動で作戦を立てることも可能。それに合わせることが出来たり、そっちがこっちの作戦に合わせる行動が起こせるかもしれない。それこそ融合の魔法だな。力を合わせれば、何倍もの効果が生み出せる」


 ロワーナの語る内容は概念的なものである。しかしそれを実行できる可能性や効果は、先ほどまでの戦場で目の当たりにしたばかりである。


「……自分の言うことはすべて拒絶されてました。聞いてくれる人もいませんでした。そんなもんだと思ってました。……ここにいる限り、その……」


 ギュールスはうまく言葉にすることが出来ない。

 そんなギュールスを全員が温かく見守っている。


「……お世話に、なります」


 顔を伏せたままギュールスはそう言葉を結ぶと、さらに深く頭を下げた。


「我々も済まなかった。我々に無い知恵に基づいた行動を見れば、疑いの気持ちも生まれる。だがいくら精鋭の部隊とはいえ、知らないことも世の中にたくさんあることを知った。そしてお前の心の中には、我がという思いよりも誰かのためにという思いが強いことを知った。お前には指導を受けなければならないことはたくさんある。だが我々もお前から学ぶべきことがたくさんある。これからも、よろしく頼む」


 公的な役職ではないが、副隊長的な立場でエノーラがギュールスに歩み寄り手を差し出す。

 彼女の一言目で彼女と目を合わせたギュールスは立ち上がって手を伸ばす。


「あ……」


「どうした?」


「いや、握手したら手を汚してしまうでしょうから、帰って体洗ってからにしようかと」


「神経細かすぎるぞ、お前」


 再び和やかな雰囲気になる。そんな中の二人のやり取りを、ロワーナは頼もしく見守っていた。、


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