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国軍とギルド 『混族』と国民

 首都ライザラールの繁華街でエリンが大声を張り上げてから五時間後、近衛兵師団団長のロワーナ=エンプロアは皇居の中にある、エリアード=エンプロアの部屋にいた。

 彼はオワサワール皇国の皇帝アンガード=エンプロアの長男で皇太子であり、ロワーナの実兄でもある。


「報告は受けた。やらかしたものだな」


 エリアードはロワーナのことを責める意味ではなく、市井と近衛兵との間で起きた事態を知っての素直な胸の内を口にしただけだった。

 しかしロワーナにはその言葉が重く心にのしかかった気がした。


「いろいろなところで様々な食い違いが見受けられる。人の上の立場に立つのだ。自分の思い通りのことをそのまま押し通させるには、自分からの視線に囚われてばかりでは難しい」


「……返す言葉もありません、殿下……」


「……ここは俺の私室だ。そんな肩書で呼ばなくてもいいぞ、ロワーナ」


 ロワーナの表情がやや緩む。

 生まれながらにして、身分の上下の立場が存在する皇室、そして皇族。

 明らかに上の立場であるエリアードから、身分の上下の枠を取り払う言葉をかけられた。

 そんなロワーナにとってのエリアードは、共に両親を敬愛する頼れる兄、そして良き相談相手でもある。


「皇帝……父上は、自分が出張るほどの重要な案件ではないと言っていた。だが何もせずに水に流していい話ではない。それにしてもロワーナ。『混族』などという珍しい種族の者とよく出会えたものだ」


「部下達からも言われた。おとぎ話でしか聞いたことがないと。……自然の中の青と言うと空と海。それ以外に自然に生まれる青という色は見たことがない。初めて見た時は正直違和感はあった。だが市井の者が感じるような嫌悪感はなかった。ただ、気弱で、卑屈で、それでも国のために働く姿勢は常に見えていた」


「そればかりではないのだろう? でなければ手元に置こうなどと思うはずもない」


 妹の持っている思いを兄は言い当てる。

 ロワーナはギュールスとの出会いからこれまでの大まかな出来事を話して聞かせた。


「ふむ……。彼の本領発揮はこれから目にするということか。それにしても『混族』か……」


「……部下からも報告を受けたが、先入観のない私から見れば、情をかけたくなることもあった。もちろん公私混同はしないが」


「……今後どうすればいいかということはさておいて、ちょっと思うことがあるのだが、いいかな?もちろん受けた報告の情報だけを基にしてだが」


「はい、ぜひ聞かせてください、兄上」


 エリアードの話は魔族討伐についてから始まった。

 魔族の影響が大きい国や、オワサワール皇国の豊かな資源を我が物にしようと企む国もある。

 そんな国々からの政略戦略を防衛する必要があるこの国は、その手段として国軍が割り当てられる。

 そこへきて、それらとは無関係の、自然にどこかから湧いて出てくる魔族がこの国を襲撃。

 その規模は大したものではないが、国民の生活を脅かす存在だった。


 その対策にも国軍が出向いて鎮圧する。

 しかし不定期にちょくちょく起きていては、彼らも疲弊していくのも事実である。

 そこでいくつか存在している冒険者ギルドが協力を申し出る。


「お国のために貢献したい。しかしこれまでは、力不足のため逆に足手まといになると自覚していた。何せ相手は国という組織だ。実戦前提での訓練だって並々ならぬ努力をされておるだろう」


「だがその連携を取ることがない魔物の襲撃にはギルド所属の腕利き達ならば、討伐依頼の仕事の延長で太刀打ちが出来ると。……国からギルドに依頼を出すわけにはいかない」


 ライザラール大手のギルド長と、軍事面で一任されているエリアードの対話である。

 まだ討伐対策本部が出来る前のこと。


「しかしこのままでは」


「だがギルドへ補助金を出す、と言うことではどうだろうか? 魔物を倒すことで得るアイテムもある。それを利用して生産できる道具もある。襲撃の全体の規模から想定して、その価値に釣り合うと思われる額までなら助成できるかもしれん」


「うん、うん。ならば」


「その前に数あるギルドの統制をそちらで図ってもらいたい。縄張り争いしている場合ではない。。魔物相手にそれどころではない、とだれもが思うだろうが、感情はまた別問題。冒険者個々においては功績争いも方々で起きることも考えられる」


「冒険者個人での行動までは束縛できんでしょう」


「ならば冒険者達を傭兵として、集団にして雇うというのはどうだろうか? 向かってほしい戦場もある。そこに適した人材もいるのではないか? 冒険者達の中にも、討伐に出たいという者がいれば、戦争には行きたくないと思う者もいるだろう。国軍はそう言うわけにはいかないが、冒険者達には国のために粉骨砕身で働くという義務はない」


「ではどうしろと?」


「そこで……」


 討伐本部が設置される経緯である。

 この後ライザラールに存在するすべてのギルドの長が集まって会議が行われ、エリアードの提案が受け入れられた。


 しかし冒険者達とギルド長達の間に、その認識にずれが生じていた。

 国が、国軍が困っているからギルドに頭を下げて頼みに来た、と解釈していた。


「もちろんギルド長達は、自分達から協力を申し出たという認識はある。だがそのような体制の理念が冒険者達に定着しなかった。ギルド長達がそれに気づかなかったというのが大きな原因ではあるな」


「それで部下達は思わぬ反抗を受けたってことよね……」


「だが他にも原因はあるようだな」


 ロワーナは今回の問題点の一つを理解した。しかしエリアードの推測は続く。


「お前からの話では、そのギュールスとやらは贖罪のため、罪滅ぼしのためという思いが強烈のようだ」


 他にもいろんな根深い思いを持っているように思えるが、大体のところはエリアードの推測も間違いではない。


「じゃあ国民達から見た『混族』はどうだろうか?」


「そりゃあ、身内が魔族に殺された。その血を引き継いだ者と言うことで敵討ちのつもりってことでしょう?」


 エリアードは首を横に振る。


「ならばなぜ国民全員が魔族に立ち向かわないのだ? 身内を殺した魔族達がまだ生存しているかもしれないのだぞ? そしてその魔族の身内ではないかもしれない混族が一人。しかも敵意はないときた」


 ロワーナは、どういうことかと首をかしげる。

 そもそも今回のトラブルの理由がそこにもあるのかと思案する。


「敵討ち。もちろんその思いは根底にある。しかしだからと言っていつまでもその思いが強いわけではない。その思いは変化していく。敵討ちはもう済んで、次の段階に進んでいるという変化だな」


 兄の話はロワーナの想像を超えていた。

 考えることを放棄し、エリアードの話を待つしかなくなった。


「敵討ちが済んだ後は、お前は俺達の支配下にある、だから逆らうな、という立場の上下の意識だな。国民と彼との意識のずれも存在し、それが絡み合って今回のことが起きたということだ」


「つまり、彼を国民全員が見下してる意識を共有している……」


 エリアードは腕組みをして、眉間にしわを寄せている。


 つまり、近衛兵だろうが皇族直属の部下だろうが、『混族』は国民より下の立場、虐げられて当然という意識を持っている国民達。

 そんな『混族』のギュールスの心に占める思いの一つは、自分が受ける迫害は半分同族である魔族を討つことを象徴しているということ。

 迫害を受けることで魔族を制圧することを象徴し、そのことで同族が犯した贖罪をしているという意識がギュールスにはある。

 しかし迫害する者達は、彼に罪を償わせようとする思いはない。ただ、彼自身、そして彼の行動を支配し束縛すること。そしてそうであって当然という思い。

 そこに意思疎通や意気投合などの思いはない。


 彼は国民に支配されて当然という思いが前提である以上、誰と強く繋がっていようともまずそれが優先されるルールが国民の中で浸透しているのである。


 そして冒険者達は、国から頭を下げて自分たちに縋ってきた相手という認識である。

 人員をうまくやりくりすれば、この国難をやり過ごすことは出来なくはない。

 しかしそれでは忍びないということでギルドが助力を申し出てきた。

 だがギルド所属の冒険者達は皆、国に対して上からの目線で見ていたのである。


「見下して当然。同列になれるわけがない。いや、対等になることはあり得ない。そういう認識か」


「そういうことだな。力のある者を引き入れる。だが国を愛するという理念がなければただの暴徒だ。私情にも国のためという思いがあるなら大歓迎だが流石にそこまではないだろう。それでも彼を近衛兵に引き入れたのは幸運であり成功だとは思う。流石はわが妹だ。結果論ではあるがな」


 笑いながら言うエリアードに、ロワーナは少し頬を膨らませる。

 がすぐに真顔に変える。


「すると、国軍よりも我々が優れているなどと、冒険者達が声を上げ始めたら……」


「ないよ。ないない。装備や道具は彼らが使っている物よりもはるかに格上だし、個々の力も及ばない。入隊試験で落ちる者が圧倒的に多い。合格する者がいない年もあった。合格しても、研修期間中に退所する者も多いしな。誇りが高いばかりでは強くはなれん。だがこちらは強さも兼ね備えている」


 大体そんなことよりも部下達のことを心配すべきではないのかと兄から逆に気を使われるロワーナ。

 事の顛末の報告を父親である皇帝に報告するために来たのだが、久しぶりの兄との会話にすっかり夢中になってしまっていた。


「あぁ、いつでもおいで。とは言ってもなかなか互いに時間は取れないかもしれないがな」


 別れ際、兄からそう声をかけられたロワーナは、ようやく笑顔を兄に向けることが出来た。

 そして部屋の窓から、妹が乗る馬車を見送りながら常々心配していることをここでも繰り返す。

 いつまで戦乙女の任務を続けるつもりなのだろうかと。


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