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帰りの車内の告白 その回想2

 あの人を別にかばう気はないけれど。


 馬車に乗り込んでポツンと思うギュールス。


 帰りの御者台にはアイミが乗った。

 来るとき同様、客車の床で正座をするギュールス。

 やや見上げると視界に入るエリンとティルが歓談している。

 もちろんギュールスには混ざる気はない。


 …… …… ……


 まだ育ての親のノームの一族がいた頃。

 魔物、魔族から村や森が襲われるなど夢にも思うことがなく、自分も魔族の血を引いているなどと考えたこともなかった幼い頃。

 年数では二十五年以上も昔の話。しかし彼の感情の中では、百年も二百年も遠い昔のように感じられる頃。


 年に一度か二度、家族で遠出の旅行をしたことがあった。

 村と森が襲われてからたった一人で首都のライザラールに向かったのは、その楽しい思い出を無意識のうちに辿ったためか。

 かといって、その旅行先は必ずしも繁華街ではない。

 自然を好む種族の一つ。

 都会の中にも自然はある。

 その自然はどんなものかと家族で行ってみたところ、存外いい所であった。

 それ以来そんな感じで足を運んだ。

 幼い頃の思い出の一つ。

 数少ない楽しい思い出の一つ。

 薄れかかった思い出の一つ。


 それでもそこまでの道を、何となく覚えていた。

 その場所が、何となく思い出せた。


 自然の中にある村は閑散としていた。


 けれど、自分らの住んでいる村も似たようなもの。

 その地域に親しみを覚えた。

 その村の中にある店なども、親近感が持てた。

 同じような物が数多くあったから。


 そして。


「いらっしゃ……珍しいわね。ノームかしら?」


「あ、あぁ。ここがこっちの村によく似た感じだったから立ち寄ってみたのさ。いい所だね、ここ」


「えぇ。まぁいつも見慣れてる風景だからどこがいいかは説明できないし案内する所も見つけられないけどね。まぁゆっくりしてってくださいな。あら?そちらの子は……」


「えー、友人から預かった子でね」


 父、いや、養父からそう言われた記憶がある。

 その時に何かしゃべったかは記憶にない。ただそのあとのとった彼の行動は覚えていた。


「あらまぁ、礼儀正しいのね。こんなに小さいのにしっかりお辞儀出来て。でも青いのね……」


「まぁ、それが理由らしいが、私にはよく知らないし、いい子だしね」


「……あ、飴あげるわね。きちんと挨拶できたご褒美。……はい、どうぞ」


 自然と頬が上がった。

 飴の色や形、味の記憶はない。

 それどころか、受け取った記憶までもない。受け取るために出した両腕、両手は出したはずである。でなければ。


 意外と力が必要なその表情。その顔の筋肉の動きは記憶にあった。

 そして、そうでなければ店主はあんな表情をするはずがない。

 その頬の動きの記憶と共に残っている、彼に向けたにこやかなドワーフの女性の顔も。


 また、あの笑顔に会えるかもしれない。

 自分に向けられた好意を持つ表情。

 それまで、そして魔族らからの襲撃を受けてから、そのような表情を自分に向けられたのは、身内のほかにはその店の人しかいなかった。

 いや、その人しか自分の記憶になかった。


 彼女をかばう?


 いや。


 彼女との、うれしい記憶を守りたかった。

 あの記憶を再現したかった。あんな表情を向けてほしかった。

 そのために必要なのは、彼女の存在。


 好意に囲まれたあの毎日に、また包まれたい。


 でもそんな日々は来ない。来ることなんてありえない。

 だって自分は、変えようのない、変わりようのない『混族』なのだから。


 けれども信じている。

 あんな笑顔を向けてくれるだけのことを、自分の身を犠牲にするほどの功績を功自分が重ねることで、そんな日々がまた来るかもしれない、と。


 …… …… ……


「そうか。そういうことか」


「辛かったな。でも、その日が来るといいな」


「え?」


 ギュールスは驚いて顔を上げる。いつの間にか頭を下げていたがそれに気付かなかった。


「ふ。別に泣いても構わんさ。今まで我慢していたんだろう?」


「いいじゃないか。大切な思い出を守るため、か」


 ただ、心の中だけで、頭の中だけで回想していたはずである。

 心の中を覗き込まれた?

 思考を読まれた?


 エリンとティルの顔を行ったり来たりするギュールスの視線。

 そんなギュールスに、今まで対面した近衛兵達からは見たことのない優しい笑顔が向けられている。


「何を驚いている。声に出ていたぞ」


「普通に聞こえてた。呟きなんてもんじゃなかったぞ。で、あの主人は、お前が子供の頃に会っていたことを知らなかった、というわけか」


「あ……あぅ……」


 そう声を発すると、ギュールスは慌てて口を押える。

 その掌の一部から、何かが濡れている感触を感じる。


 エリンから言われたことを思い出す。

 そして今更ギュールスは気づいた。


 自分は泣いていたのだと。


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