行きの車内の告白
治安部隊の馬車を一台借り、道具屋に向かうため、彼らと会話している間に先に進んだギュールスに追いつく第一近衛兵、つまりギュールスの同僚達。
「お前はいったい何を考えてるんだ! 一緒に行動しないとダメだろう!」
「自分と一緒だったら、自分だけ蹴飛ばされてたかもしれないので。そしたらそのことでいろいろと時間が」
「屁理屈はいいからとっとと乗れ!」
「えーと」
「今度は何だ!」
「どこから乗るのか分かりません」
ギュールスの返事を聞いて後方の幕から降りてきたティルがギュールスを担ぐと、有無を言わせずそのまま荷台に運び込まれた。
「つくづく団長はすごい方だと思い知らされる……」
エリンは全員が乗ったのを確認した後、疲れ気味に一言呟いて馬車を走らせた。
首都と一言で言い表せる地域だが、すべてが人工物の建物が存在するわけではない。
中心地から離れるにつれ、歩いて登りきることが不可能な高山があったり、深い森林がところどころにあったり、場所によってはその中に底なし沼があったりもする。
大がかりな魔物達の襲撃とは無関係の魔獣が生息する地域もある。
そして今、エリンが走らせている馬車は、しばらくはほとんど日光が当たらない林道の中である。
「お前はいつもその店に行くと言っていたな? こんなところを自分の足で通ってるのか? 魔物や魔獣に襲われることもあるんじゃないのか?」
アイミとティルは、ギュールスの振る舞いにおかしいところの注意をするのも疲れることから、そこのところはほったらかしにする。
ギュールスも変にストレスが溜まっていたところをそんな扱いにされるものだから、大分気が楽になる。
客席に座る二人。客車の床の上で正座をするギュールス。しかし三人の表情は明るくなる。
彼女たちの雑談に無理やり混ざらせられるギュールスだが、居心地が悪そうな気持ちはないようだ。
しかしティルからのそんな質問が、ギュールス顔を一気に暗くしてしまう。
「まぁ答えたくなければ答えなくてもいいさ。ただのお喋りであって尋問じゃあない」
だがギュールスの顔は晴れない。
「団長は、自分のことをよく知らないと、連携がとれないとか、そんな話をしてました。言わなきゃ言わないで済むことでしょうが……」
「ギュールスだけに限った話じゃない。我々の事もギュールスには覚えてもらわなければならないこともあったりするしな」
しかし周りからどう思われているかということが二者間で大いに違う。
シルフ族の女性、しかも腕利きばかりで編成された近衛兵師団は、見方によっては国民的アイドルのように好意的な思いを持たれ、しかもアンチがいない。
憧れの存在のようにも見られたり、頼りになる存在にも見られたりもする。
片やギュールスはと言うと、首都についてから今までの間、誰かから好かれたことなど一度もない。
せいぜい都合のいい道具として扱われるか、手当を横取りできる分、いい臨時収入のカモとしか見られなかった。
そうだ。
これまでのことを言うのに、何を恐れることがあるだろうか。
嫌われたら嫌われたで、今までと生活に変わりはない。
戦場では自分の能力を思う存分発揮してもいいような話もされた。
意を決する。
それは雑談というレベルではなく、誰にも言いたくないことを公表するような、覚悟を決めて口にする告白をするようなレベルである。
「……父親はスライムだってことは、分かってるんですよね」
ティルとアイミは突然ギュールスから身の上話が出てきて逆に戸惑っている。
「お、おい、無理して離さなくてもいいんだぞ? もちろん知ってはいるが……」
視線を合わせずうつむいて話し始めてギュールスの耳には、ティルの声は届かない。
「アレの特徴って、あらゆるものを取り込んで消化して、栄養にして、成長するんですよね。相手が魔物であろうと、魔獣であろうと」
一気に客車の中の雰囲気が重くなる。
「ま、まさか、移動中に襲われてもそのようにして……?」
アイミは尋ねるが、彼女の質問も聞こえないギュールスはさらに続ける。
彼の話によれば、魔族や魔物、魔獣にはやはり性格がある。我が強い者もいるという。
体力や攻撃力、防御力はともかく、精神力が強い者を取り込んだ場合、取り込んだはずの相手から逆襲を食らい、取り込んだと思われた者によってその心や精神を支配される可能性があると推測していた。
事実ギュールスは、そのような者を取り込んだ後何度か意識を失ったことがあるらしい。
意識を取り戻したときは、意識を失ったときと違う場所にいたことが何度かあったと言う。
「時間的に考えて、十分もたってないと思うんですよ。その間誰かを襲ったような形跡もありませんでしたし」
そのため、自分にとって必要な物を相手が所有していた場合、その部分だけ取り込んで後は吐き捨てていた。
いくらか、ほんのいくらか空腹も紛れ、その相手の特徴を我が物とすることが出来た。
討伐でもその能力を発揮することは出来る。しかし戦場では、相手を取り込むというスライムの本能に逆らうのは至難の業。その上自分の命が危うくなる現場で敵の能力の判別をする必要があり、自分にとって必要かどうかの判断もしなければならない。
ただ、その苦痛を堪えるだけの価値はギュールスにはあった。
もし本能を自分の身に任せ、相手を取り込んだ時に意識を失い、その間誰かを襲うようなことがあったら、彼が自負する愛国心まで裏切ることになる。
それは彼自身によって破滅に追い込まれることを意味する。
それに比べれば、他人からの迫害など些細なことであると考える。
「その特徴を発揮できるのは、スライム状になった自分の体の部分だけですけどね」
近衛兵団全員で彼についての調査を行った。
彼の告白は、その調査結果の中には入っていなかった。
ギュールスの話が終わるとようやく顔を上げる。
が、二人の顔を視界から外すように横を向く。
「皆さんや住民達を取り込む、なんて心配してるんじゃないですか? 誰もが同族を食べる何てこと考えたこともないでしょう? それと同じです。それにこの国が好きです。皇帝や皇族には畏敬の思いがあります。団長にも敬愛の思いを持ってます。たとえ団長や皇族や皇帝からどんな断罪を受けることになっても、憎悪の思いを持たれることがあっても、自分はその思いを止めるつもりは全くありません」
「我々を馬鹿にするなよ?」
凛とした声が客車内に響く。
ギュールスの背中側の御者台で馬車を走らせているエリンの声だった。
その声を辿るようにギュールスは体をねじり後ろを見る。
「お前以上に我々も皇帝陛下、殿下をはじめとする皇族、そしてその一人でもあり近衛兵師団団長のことも敬愛している。お前は、まず団長の身を守ること。そんな役目を言い渡されたはずだ。その役目をはたしている限り、お前に対し憎悪の思いを持つなど有り得ん話だ。もしくはお前は我々第一部隊を見くびっているかのどちらかだ」
「ば、馬鹿にするとか見くびるとかそんなことは」
「お前は国民からいろんなことをされてきたようだな。だがそれでもお前は信念を曲げなかった。尊敬に値するぞ。だがな、我々第一部隊もそれ以上に、国や陛下、皇族、そして国民を守るためにこの身を投げ出す覚悟と誇りがある。お前の我々に対する認識には誤りがあるな。今後改めろ」
「不気味さとか、気まずさとか、そんな思いはあるかもしれない」
アイミがエリンに続く。
「だがそれと憎悪の思いは別だ。それだけ貢献する思いが強いのなら、互いに尊重すべき」
「そしてお前も、お前自身を大切にすべきかな。お前と我々は、先輩か新入りかということ以外、同じ志を持つ仲間であり対等……いや、公的ではないが副団長の立場の者もいるから、そこは対等とは言い切れないかもしれないが」
「副団長? 確かのその話は初耳です。誰だろ」
「一度会ってるはずだがな。別に内緒にするようには言われてないからギュールスに伝わっても問題はないだろうが」
思い出そうと眉間にしわを寄せるギュールスを、ティルはその顔を見るのが楽しそうにしている。
「エノーラ=ジード。覚えてないか? まぁお前はあまり関心がなさそうだったと言ってたな。彼女ばかりではなく近衛兵団の隊員はみな、その外見から親しくなりたいと思われることが多いからちょっとしょげていたようだったがな」
「え……。っていうか、覚えてません。いや、記憶がないと言った方が正しいです」
「一緒に討伐に出たという報告もあるぞ。参加登録の申請書の書き方をお前から聞いたとも言ってたな」
三人からエノーラのことについて話を聞くギュールスだが暖簾に腕押し。
しかしそんなギュールスの反応だが、三人はギュールスに彼女のことを思い出させようといろんな話を聞かせ、車内は次第にそんな会話で弾んだ雰囲気になっていった。