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立場は変わっても人は変わらず

 周りから聞こえてくる笑い声は、あくまでロワーナとギュールスの会話を聞いて出てきたもの。

 しかしロワーナ一人が顔を赤くして、「お前ら、こいつを任せたからな!」ときつい口調で部下三名に言いつけてその場から去る。


「……自分の肉を刻んて売ったら……研究材料になるなら銀貨一枚くらいには……」


「不気味なこと考えるはやめなさい。団長ほどじゃないけど、流石に引くわよ?」


 本気で考えてるわけではないだろう、とロワーナの部下、エリン=スー、アイミ=ユアン、ティル=バームは考えるが、ギュールスは真剣な顔で皮算用をしている。


「とにかく、その、あなたがいつも行く道具屋で買い物するんでしょう? くだらないこと考えてないでさっさと済ます」


「どこで命取りになるか分からない我々の役割。いつもそのことを心掛けてないと、戦場でとんでもないミスに繋がるわよ?」


「日常生活も訓練の一つになるんだからね。そのためにも余計な思考はやめて即行動」


 三人から促され首都ライザラールに出向くが、ギュールスの行きつけの店は中心の繁華街などではなく首都の北方の端。

 三人から「どこまで行くの?」と聞かれるが、ギュールスはその地名は知らず、「ウォルト=ウァレッツ道具点です」と店の名前を答えるだけ。


「そう言えば歩いてどれくらいの時間がかかるか今まで聞いてなかったわね。どれくらいかかるの?」


「えーと、あと二時間くらいで着きますよ。別に大した距離じゃありません」


「にっ?! 馬車で行く距離じゃない! もうここまできたら馬車なんて拾えないわよ?」


 呆れる三人。買い物にかかる時間と往復する時間で一時間くらいで終わらせられる用事と思っていた三人は顔を見合わす。

 すでに三十分以上歩いている。


「大丈夫です。山を越えるようなことはありません。いつものことだし。それに時々馬車とはすれ違うこともありますから、皆さんなら頼めば乗せてもらえますよ……ってほら、前から三……四台来ますよ」


 しかし三人には見えない。


 シルフ族であるこの三人が背中の羽で空中を飛べるように、ギュールスにとっては特別でも何でもない、『混族』の特徴の一つであり、戦場でも大いに役に立つ能力でもある。

 ギュールスはその馬車の形状や様子などを説明する。

 しばらくしてギュールスの言う通り、説明通りの形状の馬車がやってくる。

 それは乗客や貨物運搬の物ではなく、軍事用のもの。首都全域を巡回する役目を持っていた。


 軍用馬車の一団はギュールス達とすれ違う前に一旦停止する。

 御者の兵士はそれぞれの馬車の席に座ったまま敬礼。

 近衛兵師団に所属している兵士は、制服代わりに一目でそうと分かる鎧などの装備を常に身にまとっている。

 この三人も例に漏れない。そしてその一段に対し敬礼を返す。

 一団に一番近い位置にいるエリンは敬礼の姿勢を解いて近づく。


「我々は皇国近衛兵団第一部隊のエリン=スー二等近衛兵だ。見た所地方巡回治安部隊と見た。済まないが、馬車一台借りることは出来ないだろうか? この先にある店に、明後日の出撃のための準備のために向かう必要があるのだが」


 問われた兵士は仲間達を見る。

 首を傾げたり横に振りながら互いに見合わせている。

 すぐに了解してくれるものと思っていた三人も互いに顔を見合わせる。


「失礼ですがエリン二等近衛兵殿。本部内の道具屋の方が品揃えが豊富ですよ? 数えるほどの種類と数しかありませんが……それでもあの店に向かうのですか? まぁ人当たりはいい主人ではありますが……」


「う、うむ。実は新入りの行きつけの店でな。今後本部の店で調達させることになるが、急遽初陣ということで、いくら性能が良くても使い慣れてない物を使用すると、どこかで失態しかねないということでな」


「新入り、ですか……? 失礼ですがどこに?」


 後ろにいるアイミとティルを見ながらエリンに質問する兵士。

 近衛兵師団の第一部隊から第三部隊の隊員編成はあまり頻繁には行われない。

 それだけ貴重な戦力であり、分散することに反対意見が多い。そして軍内外からの信頼も厚い。

 そのため名前までは知らずとも、顔だけでも広く知られている彼女たち。

 新しい隊員ならば初めて見る顔だからすぐに分かるはず。しかし見たことのない顔がない。

 何を馬鹿なことを言うのかとエリンは後ろを向いて新入りを紹介する。

 しかしエリンばかりではなくアイミもティルも、いるはずの人物がいないことにそこで気付く。

 一瞬思考が止まるがすぐに辺りを見回すと、ギュールスはすでに治安部隊の後方にいる。目的地に向かって自分一人だけ歩くつもりでいたようだ。


「おいっ! 一緒に乗っていかなければ帰還が遅くなるだろうが!」


 エリンが大声を出しても歩き続けて、次第にその姿が小さくなるギュールス。

 彼女が叫んだ方向を見た兵士全員がざわつく。

 下着からはみ出す体の色は青。誰もがその人物は混族であることに気付く。


「エ、エリン二等近衛兵殿。し、新入りとは、あの、『混族』のことでしょうか?」


「……ギュールス=ボールドだ。おいっ! ギュールス! 戻ってこい!」


 そこでようやくギュールスは後ろを振り向いた動きを見せる。

 が、一礼をしたかのように見えた後再び歩き出す。


「えぇい! 報告通り変な奴だ! すまんが馬車一台借りたい。できるか?」


「は、はっ。御者以外……」


「いや、我々が馬車を動かす。お前たちは治安部隊だろう? 巡回担当に後で報告をする。改めて名乗ろう。エリン=スー、アイミ=ユアン、ティル=バーム二等近衛兵だ」


 一番後ろの馬車から兵士たちが降りるが、全員で五人。分乗すれば馬車三台で間に合う人数だ。

 エリンが御者台に乗り、二人が乗り込んだのを確認して馬車を反転させる。


「すまない。後で必ず返還する」


 治安部隊にそう声をかけ、馬車を走らせる。

 ギュールスの歩く速さは意外と早かった。


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