彼を迎え入れるために その3
「いらっしゃい……って、近衛兵の団長さんじゃないですか。お付きの方々もお揃いで。そんなに目新しい品はおいてませんが、まぁごゆっくり」
駐留本部の敷地内にある様々な店は販売だけでなく、その店で扱う品物の製造も担当している。
食料品を扱う店は農業や漁業、畜産もにも携わっていて、その施設に限ってはは本部の内外問わず管理されている。
「すまん。ゆっくりしている暇はなくてな。新人に揃いの防具を見繕ってほしい。彼の防具なんだが事情があってな……」
「シルフ族以外の、しかも男性用の防具? 珍しいこともあったもんですね」
出来れば誰にも知られたくない自分の体の特殊な能力。
そのギュールスの特性がロワーナによって店の主に伝えられた。
「はぁ……。それは困りましたなぁ……」
主の口調にはその言葉通り、困り果てた感情を帯びていた。
その感情の中に嫌悪感も伴っているというギュールスの予想はあっさりと裏切られる。
「するってぇと、団長達のようなプレートメイルは彼の特徴似合わないというわけですな。体の変形を制限させない体の防具って……胸当てとか肩当てとか……。けど近衛兵団の防具と揃いとなると……」
「防具の様式などよりも、彼の特徴を生かす防具作りを優先してくれ。我々も真っ先に胸当てが頭に浮かんだのだが」
防具屋の主とロワーナが防具作りの相談で盛り上がっている。
その会話を聞いて、ギュールスはそれに混ざろうとした。
同胞達から責められることに特に抵抗する気はないが、その後の予定が狂うこともある対応の変化はなるべく避けたい。それは戦場で無駄に命を落とすことに繋がりかねないためだ。
しかしロワーナに、会話に入ってくるなと後ろ手で制される。
その身振りを見た部下達はギュールスの両脇に立ち、彼の肘を抱え後ろに下がる。
「え? いや、ちょっと」
「店主と大切な打ち合わせだ。呼ばれるとき以外は大人しくしておけ」
いきなり拘束めいた扱いをされ、戸惑うギュールス。
その理由は、突然の扱いの変化ではない。
「あ、あの、目一杯力を込めて腕を抱え込まれてるんですが、い、いいんですか?」
力いっぱい足で踏みつけられたり押さえつけられたりされたことは数えきれないほどあったが、相手の体と密着したことは、首都に来てからは一度もなかった。わずかな接触でも嫌がられ続けてきたためだ。そして戸惑う理由はそればかりではない。
「あ、あの、胸が……当たってるんですが……」
「当たっているのは鎧の胸部であって、体が当たってるわけではない」
ギュールスの右腕を抱えている部下が、細かいことを気にする奴だと言わんばかりにため息交じりに答える。
周りの者達は平気でも、自分だけは平常ではない。
分かってはいたことだが、周りと自分との価値観には大きな隔たりがある。
それは冒険者や傭兵達ばかりではなく、近衛兵や公務員とも同様。
その大いなる差がある価値観を、たった一日ですり合わせることも無理なことである。
そして逆境に強いと思っていたギュールスは、その環境に強くなった時点で逆境は逆境ではなくなり、自分がされて本当につらいと思える状況が逆境であり、罪を犯した償いとしてその環境に晒されることが罰であることを思い知らされた。
当の本人をそっちのけに、防具店の店主とロワーナの二人でとんとんと話は進み、そうこうしているうちに打ち合わせが終わる。
「待たせたな、ギュールス。ほう、両手に花とはなかなか積極的じゃないか。公私混同しない限り、どちらからでも言い寄るのは吝かではない。ま、今のお前が彼女らにモーションをかけることはとても考えられんが、人並みにそれくらいのことができるようになるのが望ましいとは思っている」
この姿のどこを見て両手に花と言えるのだろうかと、ギュールスは不思議でならない。
両肘は関節を極められ、痛みはないが身動きが取れない。そして両側の二人とは身長差も一見二十センチ以上あり、足は宙に浮いている。
意に反して足が地につかないのは不安なものである。その不安を打ち消すために足を地に向かって伸ばそうと、激しく動かすこともある。
しかしギュールスは足をじたばたさせず、無抵抗の意を示す。
だらしなく足をぶら下げているようにも見える。『混族』への先入観がなければ、誰の目から見ても滑稽にしか見えないだろう。
しかしロワーナからは無抵抗の姿勢と受け止めたのか、その様子を見ても、その表情を特に激しく変化させることはなかった。