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ギュールスがそこにいる理由

「遠慮しているだけなのかもしれん。しかし価値観の違いがこうも日常生活にまで支障をきたしそうになるとは思わなかった」


 ケイナから報告を受けたロワーナは、頭に指を当てて苦悩する。

 戦力として考えるなら貴重である。しかしそれ以外の彼の評判は、部下たちからはがた落ちである。


「団長。それは誰も予想は出来ませんでした。しかしこうも差別を受けているとは思いませんでした。同情の余地はありますが、何というか、彼と接すれば接するほど戦場での彼との連携は図れなさそうな気がします」


「ケイナ、そこまでは考える必要はないんじゃないか? そこまでする必要がないように、団長は彼を、単独で戦場を臨機応変で戦況に対応する役割を与えられたではないか」


「ナルア、しかしだな、我々は彼の見た目ではさほど感じんが、彼の言動にはその、何と言うか……。彼と会話した者は、ある種の嫌悪感は少なからず持ってるぞ? 確かに連携は取る必要はなくなるだろうが、コンタクトは必要だろう」


 ケイナの言う通り、すれ違うだけでも何らかの連絡を取ることもある。それすらも嫌悪感をもたらすようなことがあれば、それが戦況を不利に招くこともある。しかしそんな彼をまともに矯正するために指導する義務は近衛兵師団にはない。


「……彼には彼の役目だけを果たしてもらうことにすればいい。別の場所に移動する先にいる者への伝言などは頼まないようにする。これはみなが心掛けなければならん事になるぞ? たとえ私への伝言であったとしてもだ。魔族を葬る仕事を途中で止めさせるような真似をさせるな。我々の命を守る。我々の命を狙う魔族を屠る。彼に持たせる役割は先ずはそれだ」


 全員がしかと心に刻むように無言で力強く頷き、部下達の議論は終わる。

 第一近衛兵隊はこれで彼に対する姿勢の意思統一が出来たが、他の部隊にも申し合わせする必要がある。

 そしてギュールスにも、近衛兵団についての説明や予備知識を軽く教えておかなければならない。


「部下を失う以上に気が重い気持ちになる事はない。今まではそう思っていたのだがな……」


 しかし一組織の長として、その責任を果たさなければならない。

 その気の重さがそのまま、待機室に向かうロワーナの足取りに表れた。


「七部隊もあるんですか。五十六人くらいですね」


「だが補充部隊もいるし支援部隊もいる。近衛兵部隊は私を入れて百十七人だな」


 その人数を聞き、ギュールスは考え込む。


「どうした? 全員が出撃に出ることはないから全員を覚える必要はないぞ」


「いえ、その、自分を足蹴にする人達はどれくらいいるのかなと考えてました。今まではその場を避ければそんな被害を受けることもなかったし、案内をしてくれた人達にも不快な思いをさせてしまったようですし。まぁでもトイレの個室に籠ってれば、万事解決……」


「はぁ……。卑下し過ぎなんじゃないのか? 自虐なんてもんじゃないぞ?」


「いえ、実績ですから。それに近衛兵団に所属するとなると、ある意味逃げ場はありませんし」


 ギュールスの過去を全く知らないロワーナは、彼からそう言われれば返す言葉もない。

『混族』の存在自体罪であるという風潮があるこの国で、その象徴である青い全身は罪そのものという概念がある。

 ロワーナはそれほど嫌悪感はないし部下達もその概念に囚われてはいないようだが、部下達全員は必ずしもロワーナと同じ思いとは言い切れない。

 巡回する近衛兵団の担当は片寄り気味である。

 ロワーナをはじめとする皇族の縁が近い者は『混族』に対し、ほぼロワーナと同じ印象を持っているようだが、巡回数が多く、市井人達と接する機会が多い者達はその概念に影響しやすいと思われる。


「……それだけ多くの者……いや、国民から責められてもなおこの国の民であろうとする理由は何だ? 普通なら逃げようとするものじゃないか?」


 辛い目にあうのが好きということでなければ、誰だって平穏な生活をしたいに決まっている。

 しかしギュールスはその正反対の道を進み、その結果、通常の者の考え方から相当ずれてしまっている。

 ロワーナの不思議に思う気持ちももっともである。


「……母親も、この国の民ですから」


 ギュールスはその一言で答えを終わらせた。

 それだけで、命に危険が及ぶほどの待遇を耐えられるのだろうか?

 ロワーナは納得できずにいる。


「……その母親を死なせた奴は、魔族ですから。魔族がいなければ、母親は死ぬことはありませんでした。もちろん俺が生まれることもありませんでした。けれど、俺が生を受けた結果が『混族』なんですよ。……痛いのも苦しいのも嫌だ。けど、こんな種族の存在が許されるわけないじゃないですか……。憎しみの対象、災害の大元が父親なんて、自分だって嫌ですよ。ましてや母親を殺したも同然です。育ての親と一緒に居た頃は、確かに平穏で『混族』なんて考え方はありませんでした。けど養成所に入ってから、魔族の事を知ってからは、そういう訳にはいかないと気付きました」


 魔族討伐は彼の復讐。母親への贖罪。

 ロワーナがどんなに慰めようとも、彼の語った事実は変わらない。


「しかし、同業者や民たちからの迫害は、また別だろう?」


「……みんなの自分への憎しみは、自分へのものではなく魔族へのもの。そしてその思いは私も同じです。避けられるなら避けたい。けれど、彼らの思いは、私の思いでもあります」


 ロワーナは、魔族への彼の思いを、誰も止めることも出来ないと知った。


「……因果なものだな」


 そう呟くのが彼への精いっぱいの思いやりだった。


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