兵たちに広がる動揺
「……さて、みんなも食事は大概終わったか? ナルア、彼の様子を見に行ってくれないか? 食事が終わっていたら彼に付き添ってやってくれ。食料の調達をしたいんだそうだ」
料理長に任せるの方が早いのでは?
そんな質問が部下から飛んでくるが、自分の臨戦態勢を万全にするために必要なこととしているギュールスからの訴えを、その処遇と引き換えのような形で受け入れたロワーナはそのことを全員に説明した。
ナルアは命じられた通りギュールスの様子を見に行く。
待機室のドアをノックして中に入ると、ギュールスはやはり床の上にいた。
だがナルアが見た彼の姿は仰向け。
「ど、どうした。な、何か体の具合が悪いのか? ……昼食にも手を付けていないではないか」
仰向けのままナルアの方を見たギュールス。
「え? これ、あの人のじゃないんですか?」
ギュールスはどうやら団長のロワーナのことを言っているらしい。
「団長は我々と一緒に食事をしたぞ。これは貴様の物だ」
ナルアの返事を聞いてギュールスはしばらく沈黙。
彼が何も言わないので、ナルアも特に何も言わない。
「……俺の物、とは言われませんでしたので、手を付けられませんでした」
「何から何まで指示されないと何もできないのか? 貴様は」
ナルアは呆れかえる。
これまでの報告は第一近衛兵隊も耳にしている。ナルアも当然ギュールスのことを聞いているが、まさかここまで普通の人の感覚からずれているとは思わなかった。
「食べ始めるところで後頭部から蹴りつけられたら、掃除も何もできませんから。雑巾とかここには見当たらないし」
「……普段からそんなことされてたのか? 貴様……」
「それが普通ですが? だからこれは俺のじゃないと……」
「じゃあここで待っててやるから、急いで食え」
「どうやって?」
「どうやってって、お前……」
「右手で食べるんですか? それとも左手? 背くとその手の骨折られかねませんから」
ギュールスの話にはナルアもドン引きである。
普通の食事も許されなかったという。
理由はもちろん『混族』だからなのだろう。
「何も手出しは……」
ナルアはそこまで言いかけて止める。
そのことも恐らく何度も言われ続けてきたのだろう。
「ならお前はどうやって食事をするんだ?」
「手掴みですね。しかもこんな立派な料理じゃないです。これからの予定は食料採集ですからそのついでです。そこで昼飯にしますよ」
ナルアはギュールスの言っている意味が理解できなかった。
しかしこのままでは埒が明かない。
食事係を呼び出し、事の次第を説明したナルアはその料理をそのまま戻すように命じた。
そしてギュールスの食糧調達に付き添う。
本部の建物を出てそのまま街に出かけるのかと思いきや、本部の中庭の案内をギュールスに頼まれる。
「あぁ、思った通りたくさんありますね。有り難いです」
中庭についたギュールスが、そこを一望して最初の一言がそれだった。
ナルアには何のことか分からない。
「お、おい、草むしりでもするつもりか?」
ギュールスはその場でしゃがみ、生えている草を摘み始める。
「味はどうでもいいんですがね。栄養はあるっぽいんですよ、この種類。あぁ、心配無用です。お勧めしませんから。俺の食料が減ってしまいますんで」
「だ、誰が食うか! って言うか、その草、食べられるのか?」
しばらく考え込むギュールス。
「……死にはしないので食べられるかと」
「遠慮しとこうか」
ギュールスの草摘みが終わるまでの三十分ほど、ナルアはなるべく近づかずただ見ているだけにした。