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カモフラージュ

 二日続けて奇妙なシルフの女性冒険者に付きまとわれ、その行為がさらに新たな被害を受けることになったギュールス。

 彼がようやくその迷惑行為から解放されたその二日目の夜、メイファは近衛兵隊駐留本部にいた。


「……以上で報告を終わります。彼には国に対しての忠誠心はほとんど感じられません。しかし彼の挙げた功績を横取りする数多くの傭兵達の方が、国の方針に背く行いをしていると断言できます。それは昨日のエノーラからの報告でも明らかです」


「だがその相手が『混族』であるがゆえに、彼らにはその行為が正当であるという理由が成立する、か。我々は確かにモラルを守らねばならん。しかし『混族』を守り優遇しなければならない理由はない。我々の敵は魔族ただ一つ。差別する者も受ける者も同じ国民であれば、どちらにも肩入れは出来ん」


「おっしゃる通りです、かっ……隊長。しかし気になる点が」


 ずっと待機していた近衛兵の一人が意見を述べる。

 しかし隊長と呼ばれた兵はそれを先んじた。


「彼の能力だな? 魔族の血を引くだけあって特別な力を持っている。調査から推察するに、その能力は魔術師としての能力と解釈していたと見ていい。確かにその能力は目を惹くものがある。しかしそればかりではない」


「と言いますと?」


「その能力ばかりに頼らず、道具の利用に機転を利かせて魔族を撃退し、一人で生還という事実。我々近衛兵隊の守備隊に加えたいものだが」


「それは賛成しかねます。多くの兵士や傭兵が望んでおり、彼らを差し置いて登用することになれば暴動が起きかねません」


 その意見を聞いた隊長は苦笑い。


「大げさ……とは言い切れん。普段見下している者が何の理由もなく大抜擢されると分かればな。だが特別扱いできれば採用は可能だ」


 隊員全員が不思議そうに隊長を見る。

 一体どんな方法があるというのか。


 そんな部下全員を見る隊長。近々次の前線への出撃の予定があるのを確認すると楽しそうな表情を浮かべた。


 ────────────


 翌朝、討伐本部の掲示板に告知状が張り出された。


「へぇ、『混族』の奴、何か悪いことしたのかね。『近衛兵隊駐留本部に出頭を命ず』だとよ」


「どれどれ? 討伐の虚偽報告が度々行われ、背信容疑の処罰のため……だとよ」


「……『混族』のため、じゃないんだ……。どんなことをやらかしたんだか」


「だが便利屋さんがいなくなるのはちと痛いな。けど仕方ねぇか」


「これで『混族』の奴が逃亡したら即死刑かな?」


「……それはない。済のハンコがついてある。出頭しに行ったな。受付に行かなきゃハンコはつかれないし、受付に行けば出頭用の札を付けられる。逃亡と間違われないためにな。『混族』の奴を見つけて手ぇ出したら逆に前科ついちまう」


『捨て石』を惜しむ声。

『死神』のジンクスに頼りたかった声。

 横取り出来るギュールスの戦功を狙っていた者の声。

 この日の朝の討伐本部は、傭兵達の落胆の思いに溢れていた。


 その頃、呼び出しを食らったギュールス=ボールド。

 思い当たる節はありすぎた。

 しかし被害者の立場である。それでもいつかはこうなることは予想はしていた。


「解放された次の日も出頭命令ってのは面倒くさいな。道具補充の資金も尽きることになるが……まぁ死んだら死んだで喜ぶ奴はいるか……」


 駐留本部の前に着く。二人の門番は彼を見て警戒する。しかし身につけている札を見るとすべてを了解したのか、片方が門を開けて中に入り、彼を先導した。

 長い廊下を歩きたどり着いた部屋は取調室などではなく、近衛兵師団団長室。

 門番がドアをノックすると、中から「入れ」という声が聞こえる。

 ドアの正面に室長、すなわち師団長の机があり、毅然とした顔つきの女性がその席に座っている。

 背後の壁にはオワサワール皇国の国旗と首都ライザラールの市章旗が貼られている。


「ご苦労。下がってよい。……出頭ご苦労。私は近衛兵隊すべてを指揮する近衛師団団長、そして近衛兵第一部隊隊長でもあるロワーナ・エンプロアだ。久しぶり、と言っておこうか。もっとも貴様は覚えているかどうかは分からんがな。さて、分かってはいるが一応貴様の名前を聞いておこうか」


「……背信容疑、で俺はここに来たんだよな……? なんで取調室じゃないんだ? って言うか……取調官じゃなくて、この国の皇女様とおんなじ名前の人の団長さんがいる」


 ギュールスは落ち着きがなくきょろきょろと部屋の中を見渡している。

 側近の兵たちは、団長からの問いに反応しない彼を見て、市井からの評判の理由を見た気がした。


「ふふ、不思議か? その答えは貴様が名前を名乗ってからだ」


「……『混族』。みんなはそう呼んでいます。えーと、閣下、のような身分の高い者から名前すら呼ばれる価値もないかと思われますが……」


 冒険者養成所で学んだ一つに、目上の者を呼ぶときの敬称があった。

 些細なことも意外と覚えているものなんだなと、その後彼に飛んでくる言葉のきつさもお構いなしに自分の記憶に感心するギュールス。


「それこそ背信行為。しかも言い逃れが出来ん現行犯になるぞ! 名前を名乗れ!」


「……ご命令とあらば。ギュールス=ボールド、と育ての親から名付けられました」


 しかし彼は自分の名前もまるで他人事のように答える。


「面白い答え方をするな。まあよい。実は貴様の背信行為の事実は認められている。ゆえに取り調べは無用。陰で『死神』とも呼ばれている事実も把握している」


 ロワーナは表情を一転させて、薄い笑みを浮かべている。その顔を見た部下たちはみな、この出頭命令に何か裏があると感じ始める。が、まだその真意に気付かない。

 ギュールスは突然自分が好まない渾名を口にされ、不快に思う。痩せこけた表情は変わらないが、誰から見ても何となくそんな思いをさせられる顔つき。


「処罰を言い渡すために出頭させたのだ。だがその処罰の中身が条件付きでな。……傭兵ギュールス=ボールド。今は来訪者待機室で処罰を言い渡すまで待機を命ずる」


 容疑がかかっている。

 そういうことで出頭して見たら、調べられることなしに容疑が確定。

 しかも処罰は事実上先送り。

 ギュールスにとって目まぐるしく変わる自分の処遇に頭の回転がついて行かない。

 部下の一人がロワーナから命じられ、ギュールスはその部下からの指示に従い団長室を退室し、待機室に連行された。


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