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無用の長物

 魔族に対抗するため、体の状態を変化させて攻撃や防御に利用する方法。

 実に有効なそんな手段は、ギュールスが得意とする術だ。

 魔術師として冒険者業を始めた頃、いや、それ以前の冒険者養成所で修練生として学んでいた頃からその術は身につけていた。

 しかし回数を重ね、それを見る者が増えていくにつれ、不気味がられ、嫌悪され、忌まわしく思われることが多くなっていった。

 やむなく人目につかないところで使うことになり、魔術師としての能力は飛び抜けたものはないがそれなりに魔術は使えるため、ジョブチェンジの必要に差し迫られるまではなかった。

 だが魔族討伐指令が出てからは魔法を使う機会は全くなくなった。

 弱い魔族相手なら効果がある術も、集団や強い者が敵として多く集うその指令の討伐目標が相手では歯が立たない。

 しかし捨て石として扱われるようになってからは単独で動く回数も多くなり、体を変化させるギュールスの得意な術は使う機会が増えていく。

 次第にその腕にも磨きがかかり、敵の撃退や討伐に手こずることはほとんどなくなった。


 魔が多いのは好事ばかりとは限らない。

 好き勝手に付きまとわれて、やむを得ずその術を使って応戦。

 その術のことを口約束で守ると自ら宣言したメイファが先に王都へ急いで帰還した。


「……昨日といい今日といい、迷惑千万だよな」


 結局魔族からの追撃はなかったが、あるかないかはこの時点でのギュールスには判明出来ない。

 それでも足取りの重さに従って、ゆっくりと王都に向かって歩き始めた。


 昨日とは違い、ギュールスが本部についたのは夕焼けも消えた時間。

 彼の体は昨日同様目立たなくなりやすいらしい。


「ギュールスさん!」


 彼は、自分の名前が自分以外の声で呼ばれたのは初めてのような気がした。

 この時より前に名前を呼ばれたのはいつだったか思い出せないほど昔の話。

 しかしギュールスにはその声に応えるつもりはない。

 声の主はメイファだったから。


「ま、待ってくださいっ! ギュールスさんっ!」


 ギュールスは歩く速さは変えない。

 彼女も昨日のエノーラ同様外壁の内側でギュールスの帰りを待っていたようだ。


「わ、私っ。ギュールスさんのこと……っ」


 傍から見たら恋の告白かと思われるような言い回し。

 だがしかし。


「守れなかったですっ……! ギュールスさんのっ……」


 追いついて後ろから手を取るメイファ。

 ギュールスは視線だけ後ろから追いかけてくるメイファに向ける。


「……いつもと変わらねぇよ。登録手当は貰えたし、不満はないな」


「報酬っ……! 魔族を倒したっていう報告っ……!」


「俺にとっちゃ、こっちに泣き顔を向けられる方が問題だ。事情を知らねぇ奴から不意打ちされる。俺がお前に悪さをしたっつってな。そいつらにとってはお前の事情なんかどうでもいいんだよ。俺を殴る理由を見つけられりゃ事実を捻じ曲げたってかまわねぇって奴がいっぱいいる」


 メイファはうなだれる。ギュールスに伝えることを、ギュールスの言葉によってすべて消された気がした。


「出来ればその手を放してくれねぇか? 振り払うと、それも俺が襲撃を受ける理由になっちまうんでな」


 静かにメイファに伝えると、メイファは自分の指先から力が抜けていくのを感じた。


「あ、あの一緒に夕食でも……」


 足を止めるギュールス。


「ふむ……いいだろう。ただし今回きりだぜ?」


 断られると思い込んでいたメイファは一瞬驚くが、すぐうれしそうな顔をしてギュールスの手を握り直す。

 しかしギュールスの目は相変わらず生気が宿っていないように見える。

 そこに違和感を感じるメイファだが、気にせず最寄りの店に入る。


「いらっしゃいませー。一名様ですねー」


 自分にかけられた声に固まるメイファ。

 ギュールスも一緒に店内に入っている。しかし一名様と呼ばれた。


「あ、あの……」


「おぅ、シルフのねーちゃん。こっち来なよ。奢ってやるからよ」


 近くの客からも声をかけられる。

 困惑するメイファはギュールスを見るが、何の反応もない。


「気にしなくてもいいさ。こいつはこうやって……」


 近くに座っていた客の一人が、ギュールスの両肩を掴み、体の向きを反転させる。


「んでこうすれば何の問題も……なしっ」


 片足を上げギュールスの背中を足の裏で蹴飛ばす。

 ギュールスは店外までふっ飛ばされた。


「なっ……!?」

「あんなの気にしなくていいんだぜ? ここは初めてかい?」


 メイファの理解が追い付かない。

 自分の命の恩人と呼んでもいいかもしれない。部隊生還の立役者であることは自分の目から見ても明確である。

 そんな人物が足蹴にされる。

 足蹴にされたギュールスは、そのまま夜の道を歩き始める。


 引き留める客の手を振り払いギュールスを追いかけるが、時間も遅くなったことと人ごみということもあり、青い体の彼を見つけることは至難の業。

 メイファは完全にギュールスを見失った。


「……今日は背中から一蹴りで済んだか。幸運なことだ……」


 周りの通行人の耳にもとどまらないほどの小声で呟きながら、ギュールスはいつもの宿へ帰途に着いた。

 見当外れなことをメイファは思う。

 彼が『死神』と呼ばれる所以は誰かに死を宣告する存在と思われるからではなく、死ぬことのない神がすべての力を失って死を迎える時、きっと今の彼の姿のようになるからではないだろうかと。


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