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『死神』の半分

 偵察の位置についたギュールスとシルフの女性冒険者のメイファ。

 その道に沿った片側の崖をギュールスはよじ登る。

 崖にある大きな窪みやヒビに何やら仕掛けを凝らしている。

 それがかなり長い作業。その仕掛けの数はかなり多く見られた。

 一通り終わり、ギュールスはようやく崖から降りてきた。


「何してたんですか? 後学のために教えてください」


「却下」


 即答。


「教えたとする。お前も俺も同じことをするとしよう。戦争が終わった後の生活のための通り道が破壊される。その範囲が広くなる。復旧活動に手間がかかる。以上」


 戦争中は勝利のことを最優先する。その後のことは勝利するという前提で話を進めていかなければならない。

 そこまで考えて行動するのもどうかとはメイファは思うが、理がないわけではない。


「それにしても……」


「しっ」


 何かを言おうとしたメイファを制するギュールスは深刻な表情。


「隊長に撤退するように伝えろ! その羽根で飛んでいけるだろ。急げ!」


 いきなり突然ギュールスから非常事態の伝達を頼まれるメイファ。

 なぜそう言い切れるのか、どうやって分かったのかを知りたいが、その時間も惜しいらしい。

 大急ぎで部隊本体に向かって移動する。

 ギュールスは、魔族が来ると思われる方向から目を離さない。


 部隊がその場から立ち去る。


「……なんでお前は撤退しない?」


 隊長にギュールスからの伝言を伝えると、再びギュールスの元に戻って来た。


「単独行動する者と行動した時はなんと、生還率十割なんですよ!」


 自己紹介の時と同じことを繰り返すメイファ。

 勝手にしな。俺は知らん。

 彼女にそんな意思をありありと含ませた、素っ気ない態度をとるギュールス。


「でも教えてくださいよ。どうして分かるんです? まさか当てずっぽう?」


「んなことあるか。分かる仕掛けをしただけだ。さて……」


 そう言いながら仕掛けを発動させる。


「飛んでくる者しかいねぇからまずは……」


 崖から空気の流れが発生する。

 まるで崖に押し付けられるような、いや、崖が空中にいるものを吸い込むような、強い空気の流れである。

 現れた魔族の集団はすべて飛行能力を持ち、地面を歩いて来る者は一体もいない。

 ゆえに、やって来たすべての魔族は壁に押し付けられているように見える。


「これ……一体……」


「お前も撤退準備しろ。仕掛けはこれでネタ切れだからな」


 そう言うとその仕掛けを発生させた。

 水平方向に何本もの火柱が崖から現れる。


「よし、俺らも撤退」


「は、はいっ」


 魔族の九割がたが業火に焼かれる。

 残りは煙で視界が遮られる。

 煙の犠牲者は致命傷を負うことはない。

 しかし火柱の影響で次々と崖崩れが起きる。

 残りの魔族はすべてそれに巻き込まれる。

 そんな仕掛けの中でも、奇跡的にも無傷で生き残る魔族は二体。

 知略など全く存在しないのか、激昂しながら二人を追いかける。

 その距離が次第に縮まる。


「振り切れませんよ! 追撃が来るかもしれません」


 メイファの言葉に即座にギュールスは反転。


「お前も俺を捨て石として見捨てるなら、こいつがお前への置き土産だ」


 まるでメイファへの捨て台詞である。


「応戦するなら私……」


「お前は邪魔だ! ヘンゲ・ロングスピア!」


 瞬間ギュールスの上半身が崩れ、毒々しい色の長い槍に変化する。

 追って来る二体をまとめて一撃で貫通。


「ヘンゲ・ハンマー!」


 撃墜し、地面に落下した二体めがけて、今度は巨大で重そうなハンマーに変化したその体で追撃する。

 ギュールスのその行為はメイファの想像を超えた。

 驚きの顔は、その後のギュールスの行動で思いっきり引く顔に変わる。

 ハンマーと地面に挟まれた魔物二体の姿は、誰が見ても目をそむけたくなるほどの無残な姿。

 完全に破壊した。

 この表現がぴったり合うかもしれない。


「俺を置いて逃げても構わんぞ」


 元の姿に戻ったギュールスは、いつもと変わらない無感情の口調でメイファに伝える。


「わ、私が先に逃げたら、私のジンクスが消えちゃうかもしれないじゃないですか! 単独行動をするものと同行したら、同じ部隊の者全員が生還するって」


 メイファは「同じ部隊の者」のところを特に強調した。

 そして逆にメイファから帰還を急ぐように促される。


「……『混族』っていう種族は全身青色って聞きました。ギュールスさんを見た時は、へぇ、ホントなんだぁって思いましたけど」


「走りながらしゃべって舌噛んでも知らんぞ」


「大概父親の方が魔族らしいんですよね。失礼ですけど、顔だけならオークとかかなって思ってましたけど、父親はスライムなんですね。でないとあんな風に体の状態変化しませんよ」


「……今俺達は走っているわけだが」


「はい?」


「魔族の血を引く者に襲われる女性シルフ。そんな図に見えるよな?」


「いいえ? 私は同じ部隊の者と二人で、魔族から逃げているところです」


 足を止め、息を整えるギュールス。

 それを見てメイファも止まる。


「早く帰らないと。追撃が来ますよ?」


「お前がどう思ってるかを聞いてるんじゃねぇ。周りからどう見えるかってことだ。そしてお前は俺の体の変化を見た。俺が今のを見られたのはお前が初めてなんだよ」


 メイファはギュールスを急かすが、ギュールスは全くその場から動こうとする気配もない。


「誰かにそんな風に話をしたら、お前は魔族に追いかけられた被害者で、追いかけた魔族は俺。そんな話が出来上がる。別々に帰還すれば、少なくともそこまで話はひどくはならん」


「……じゃあ何も言いません。誰にも今回のことは言いません」


 睨むギュールスに真っ向から見返すメイファ。


「……残念だな」


「……何がです?」


「そう言われたのは今回が初めてだと思うか? 体が変化したことは今まで見られなかった。変化させずに追っ払ったこともあった。その時ですら……」


 ギュールスの言葉は一旦止まる。


「魔族との子供。それだけでも襲われる理由になるんだ。誰にも言わないと俺に宣言した者達はみんな、周りから言わされるんだよ。俺に襲われかけたってな」


「そんな理不尽な……!」

「その言葉も何度も聞いたな。聞き飽きた。笑えるぜ? 他に言うことないのかってな」


 メイファの言葉に、それを否定する返事をかぶせる。


「俺には魔族を追い払う手段はある。お前にあるか? ここまで来たらお前が俺の傍に居なくても、全員生還できる根拠がそこにある。あぁ、俺に襲われたって言わされても、俺はお前を恨みはしねぇよ。何せいつものことだからな」


 メイファは口を一文字にする。

 そんなことは決して口にしないという決意の表れか。

 そして王都に体を向け、走るよりも早い飛行を始め、あっという間にギュールスの視界から消え去った。


「……今度はどんな尾ひれがつくのか楽しみだ。……そんなことを楽しみにでもしない限り、戻る気力も消えちまいそうだがよ」


 魔族の集団は全滅したものの、そんな戦果を上げる確信はギュールスにもなかった。

 分かっていたら滞在を続け、さらに魔族の戦力分散を図ることも出来ただろう。

 しかし新たに来る魔族の戦力の見通しもつかない。

 国軍からの冒険者達の傭兵部隊への要望の一つが全員生還と言うこともあり、結論としてはギュールスからの指示には間違いはなかったと言えた。


 事実は戦功を挙げたことになるが、ギュールスとしては普段と変わらない撤退戦を繰り広げた。

 ひょっとしたら、新たな彼の被害者が作り上げられることになるかもしれないというおまけが付いて。


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