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女性記者、一人動く

「しかしこんな田舎の酒場にまで仕事に来るとは、ホワールちゃんも何と言うか……健気?」


 新聞記者ホワールがロワーナ王女と直接対面し、ギュールスの情報を伝えるその二日前の夜。

 民家がぽつりぽつりと点在し、その間は多種の農作物が実り豊かに育っている畑。

 周囲には、魔獣が潜んでいそうに思えるような山や丘、大きな川がある豊かな自然。

 街灯のような照明もほとんど見られない田舎。

 それでも皇国の首都ライザラールの一部である。

 実際魔獣はそこで生息はしているが、住民達に被害が及ばない限り討伐の対象にはならない。

 魔族と違うのは、自分達の生活の維持を優先するか、何はなくとも住民達への襲撃を優先するかという行動理念、あるいはそんな本能の有無だろうか。


 いずれ被害がなければ討伐の依頼も出しようがない。

 冒険者宛ての依頼がなければその地域への冒険者の来訪もない。

 彼らも生活がある。一人で仕事をすればそれだけ実入りは多いが、一人で依頼をやり遂げられる報酬は低い依頼は多い。

 何人かと一緒にしなければ達成することは難しい依頼は高額の報酬だが、人数分に分けなければならないので、やはり実入りは減る。

 依頼を受けると必ず報酬がもらえるわけでもない。


 つまりこの冒険者用の宿場が兼業している酒場には、あまり冒険者が来ることがないのである。

 近隣の住民が利用してくれるおかげで、かろうじて経営が成り立っている酒場であった。

 だからといって、宿泊のために利用する冒険者の数はゼロではない。

 数少ない宿泊客の中には、取材に必要な対象もいた。

 しかし取材に来る記者は、宿泊客以上に少ない。

 しかも何度も顔を出す記者となれば実に奇特。

 そんなホワールがこの宿の顔なじみになるのも納得である。


「ライザラールの範囲と道路とか考えれば端っこだけどさ、境界線取っ払えば、雰囲気は田舎だけど僻地ってわけでもないんだよね。経営と行政への働きかけ次第で大化けするんだけどなぁ、ここ」


「勘弁してくれ。そしたら一気に客が増える。俺一人じゃ応対は無理だよ」


「店員とかバイト、雇えばいいじゃん」


「働いてくれるやつぁここら辺にはいないねぇ。まずほとんどが農業。残りは林業だからな。みんな忙しいんだよ。どこから従業員ひっぱってくりゃいいんだ?」


「どっかから」


「無責任なこと言ってからかわないでよ、まったく」


 宿の主人とすっかり砕けた話をするホワール。

 まるで旧知の間柄のようである。


「で、わざわざ前もって連絡してくれてまで来店って、何かあったのか? いっつも突然来るのにさ」


 主の方からホワールの本題に入ってきた。

 仕事に来るついでに、仕事を終えると好物の料理に舌鼓を打つこともある彼女。公私の切り替えはきちんとできるのだが、このときはいつにない真剣な顔になり、いつもとは違う彼女の雰囲気に主は気付いてのことだった。


「うん……。今回も宿泊客への取材に来たんだけどさ……」


「……そりゃいつものように、客の事情は知っててもそれを俺からは言えねぇな。外見とかなら言えるけどさ」


 記者からも取材先からも、互いにいう必要のないこともあるし言えないこともある。

 誰かからの情報で突き止められる事実もあるが、得た情報からの推理や直感で突き止められる事実もある。


「ここに……ひょっとしたらチェックアウトしちゃった客かもしれないけど」


「明日チェックアウトする客は三人一組。宿泊はもう一組いるけどちょうど一か月先までいる予定。二人一組の客だね」


「ひょっとして二人ともローブかぶってない? 青と緑の色だったらビンゴなんだけど」


 主からの返事はホワールの期待通り。

 小躍りしながらカウンター越しに主の両手を握りしめる。


「毎晩ここで晩飯食ってくれるけど時間はまちまちだ。けど日が沈んでから帰ってきてる。それと急に予定変更する場合もあったりするからねぇ……って、もうこんな時間かよ! 悪ぃな、晩飯の準備始めなきゃ」


 そう言って奥に引っ込む主。

 しかし無理に引き留めるホワール。

 仕事の邪魔をされそうで迷惑そうな顔をするが、済まなそうな顔をしている彼女を見て一変する。


「仕事の邪魔してごめんね。お詫びのチップ。それと晩ご飯ここで食べて……泊まれりゃ泊まるけど無理なら遅くなっても食べた後で帰るからよろしく」


 主にとっては有難い臨時収入である。


「済まないな。部屋の手配は片付け終わってからになるかな。何もないし相手も出来ないけどのんびりしてっていいよ」


 主の機嫌はよくなり、改めて仕事にかかる。

 同僚達からは変人呼ばわりされることが多い彼女でも取材先では評判なのは、こんな気配りが普通に出来るから。


 さて退屈しのぎは、と言いながら、新聞売り場の方に目をやる。


 彼女の職場が発行しているニヨール宿場新聞は、ニヨール地区にある数多くの宿場が提供している冒険者への依頼の記事が中心になっている。

 つまり、その地区以外の宿場ではあまり役に立つ記事はない。

 それでも、かなり離れた田舎にも、彼女の職場が作る新聞が置かれている。

 取材先の者達の心象が良くなる、そんな彼女の振る舞いの結果の一つである。

 しかし彼女が手にしたのは、一番部数が多い地元対象の新聞。


「マスター? こっちの新聞一つもらうねー」


「ぅおーぃ。お代はチップからにしとくからいいよー」


「いーよいーよー。カウンターに置いとくー。残ってたら売り上げにしといてー」


 ホワールは奥で料理を仕込む仕事をする主に向かって声をかけ、それから近くの椅子に腰かけてゆっくりと目を通す。

 しかしそうしている目的は、あくまでもその取材対象の待ち伏せ。

 現在、ようやく日が傾き始めるかどうかという時間。

 他社の新聞を見て勉強をするいい機会でもあるのだろうが、彼女がうつらうつらと舟をこぎ出すのに時間はかからなかった。「


 …… …… ……


 お腹の上に広げた新聞を置いたホワールは、突然体の横から何かを突かれる軽い衝撃を受ける。


「っ! て……あ、あれ? 寝てた……」


 寝ぼけ眼で前を見回すホワール。

 その耳元でささやかれる男の声。


「先に一人、青の方、カウンター」


 その言葉に目が冴える彼女。振り向くと目に入ったのは、すぐ目の前にいる、カウンターに向かう主の背中。

 その主の向こうに見えるカウンター席。やや明るめの青いローブで全身を覆っている者が座っている。

 息を飲み新聞をたたんでテーブルに置く。

 ゆっくりと立ち上がり、まるで獲物に逃げられないようににじり寄る獣のように、極力静かに移動し、その人物の隣に座った。


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