レンドレス 王国の終焉
レンドレス共和国の実情の聞き取り調査が数日にわたって、王宮内で行われた。
その間、ニューロスは臨時広報を全国民に配布するように指示を出した。
内容はもちろん、王政制度の廃止と選挙制度と日程の制定。それまでは大臣達が政治を司ること。そして王家は王宮から追放となることも追記された。
そしてそれがニューロスの最後の国政の仕事となった。
「……魔族の根絶を目指す途中で、レンドレスのブレア王家離散に出くわすのも、何となく後味が悪い気もするが、仕方がないと言えば仕方がないのかな」
「でもそれがなかったら、レンドレスによる魔族襲撃が明るみになりませんでしたし」
「だが、だからと言って女性の心を弄ぶマネをするギュールスも……」
「身分が違う、立場が違う。権力も権利もないただの『混族』、か。巡り合わせで得られたものなら何でも利用しようという気にはなるかもなぁ」
控室で待機しているロワーナの親衛隊達は、思うがままのことを口にする。
ミラノスをことを思うとギュールスに何か言ってやりたくもなるが、王家の権力を手中に収めるなどという私利私欲が全くない彼には、今回の一件ではその功労を称えずにはいられない思いもある。
全員その口が軽いのは、この日も夜を迎え、一日が終わりそうな時間のせいでもあるし、聞き取り調査も終わりが見えてきたこともある。
「あいつにはあいつなりの考えがあったようだな」
「あ、エノーラ、ナルア、ギュールスの様子どうだった?」
控室に入ってきた二人は、ギュールスからの聞き取り調査の立会いを終えたところ。
やれやれ、と首を振るナルア。
機嫌は良くはないエノーラ。
二人は椅子に座って、ギュールスの様子を話し始めた。
王家からの聞き取り調査はほぼ終わり、あとはギュールスからロワーナ並びに同盟国が聞きたいことに答えてもらうだけとなった。
そんなギュールスの話によれば、その気になれば一人ですべて片をつけられたのだそうだ。
だが問題なく片が付いたことを証明する方法が分からない。
そこでロワーナに来てもらうことを思いついた。
結婚する気のない婚約をしているのだから、こちらから本気で政略結婚を申し込まれたと思わせれば、絶対にこっちに来ると踏んだとのこと。
事実、レンドレスの王の部屋とオワサワールの間で一瞬にして移動できる門を設置されたときは、ロワーナも結婚を強要されたように思えたと言っていた。
「で、王女がくればきっと同盟国も引っ張ってきてくれるだろうと」
「皮算用すぎる……」
肝心なところは気楽に考えている彼に、目論見が外れたらどうするのか怒鳴りたい一同。
しかしこの計画のほとんどが彼の思う通りに進められたことには感心せざるを得ない。
「敵も味方も手玉に取られてたってことよね」
「もしほかの国から戦争起こされて、その国の参謀にギュールスいたらどうする?」
考えたくもない妄想である。
どんなにこちらが戦況が有利であっても、こちらがどれほど戦力的に充実していても、一気にひっくり返されそうな気がしてくる。
「……王女の婿にどうだろうね? 勇猛なエリアード殿下に才気煥発のギュールス。二人揃ったら無敵のような気がする」
「物騒なこと言わないでよ、アイミ。戦争したがってるように聞こえるわよ? それにあいつ、それどころじゃないって感じ」
「それどころじゃない?」
ミラノスへの罪悪感がないわけではないどころではない。
研究室を抑える一心でここまでやってきたが、魔族の件が解決してからは、これしかないとは思いながらもそれを言い訳にするつもりはなく、だからと言って彼女にどうしたらいいかも分からない。
「どうしたら……って……。まず悪いと思ったらごめんなさいだよねぇ」
「その言葉に気持ちがこもっている証明もできないんだって」
これまで数えきれないほどの迫害を受けてきたギュールス。
そればかりではなく、心のない謝罪の言葉も同じくらい投げつけられてきた。
そんな言葉を、自分が誰かに言いたくはない。
この一件の最大の功労者でありながら、この件に関わる者達の中で一番落ち込んでいるのも彼。
他にも聞き取り調査に立ち会っている者もいてロワーナ王女もその場にいたが、他の者と同様、そんな彼にかける言葉は誰も持ち合わせていなかった。
「め……めんどくさい……。余計なこと考えなきゃいいのに」
「でもこれまでたくさんそんな経験積んできたからそんな思いが湧いて出るのかもね。誠実さが歪んじゃったのね……」
「で、聞き取りは明日もあるの?」
その質問にナルアは否定する。
調査が終わった直後に、そんな相談をギュールスからされたという。
「気の毒だとは思う所もあるし、相談に乗ってあげたいとも思うけどさ……。もう休む時間になるし、本人同士でないと解決できない話でしょ?」
そう言いながら背伸びをするナルアは疲れた顔をしている。
彼女の気持ちは分からないでもない。
「でもミラノス王女も、もう王女じゃないんでしょ? 同盟国の専門家がきて政治の指導してるって話だし。ロワーナ王女ならともかく、身分なんか気にしなくてもいいだろうにね」
「……彼には、なるべく一般常識を叩きこんでやった。同じ近衛兵として弁えてもらわなければ困ることだったからだ。そしてそれなりに実績を上げてきた。そればかりではなく、我々は彼にねだって彼の手製の道具兼装飾品を作ってもらった。そのお返しはすべき、と思うんだが」
「エノーラってばホント性格変わんないよね。お節介って思われてもいいじゃない。ギュールスとミラノスの仲直りする場を作ってあげようってんでしょ?」
考え込みながらエノーラは言葉を選びつつ話し始める。
その思いを察したメイファは助け舟を出す。
エノーラの思いは、元第一部隊の全員が持っていた。
「よし。ギュールスにミラノスを待ち合わせ場所に誘わせよう。場所は……王宮内も外もだめだな。ギュールスが目立ちすぎる。どこかないかな……」
「移動の門を使ったオワサワールの移動先はどうかな?」
メイファの案に、一往復した経験のあるエノーラが賛同する。
移動先は人気はない。それは人目を気にしなくてもいい場所でもある。
「我々もまだ明日一日は滞在できる。明後日には王女と共に帰国することになるから明日、朝食前の方がいいだろう。ギュールスを先にあの場所へ……朝の六時がいいか。ミラノスにはその三十分後に来てもらおう」
「じゃあミラノスにはそう伝えてくるね」
「ギュールスには私が伝えてきます。彼の部屋にいるんですよね?」
メイファが先に控室を出る。
エリンがエノーラとナルアに確認し、彼の部屋に向かった。
「王女と私達、調査が終わってすぐに帰国の予定だったら、こんな世話できませんでしたね」
「まったくだ。けど、何事もなくすべてが解決できて何よりだ。……彼が我々の前に現れてから、ある意味彼に頼りっぱなしだな」
「意外と頭脳派ですもんね。……でも我がまま言わせてもらえば、アイミもさっき言ってましたけど、ミラノスには仲直りだけにとどめてもらって、ギュールスには王女とくっついてほしいなぁなんて思ったり……しません?」
全員がティルの思いに素直に同意する。
オワサワールで冒険者の登録をしてからはずっとそこで生活をしてきた。
嫌な思いでしかなかっただろうが、できれば王女と共にして、それを帳消しにしてもらえたら。
そんな都合のいいことを誰もが考える。
「隊長! すいません!」
ギュールスの作った装飾品の通信機能で、エリンから通信が入る。
「どうした。わざわざこれを使ってまで何か緊急の用事でもできたのか?」
「彼の部屋のテーブルに書置きがあって、その中身によればここから出ていったようです!」
元第一部隊の親衛隊全員の頭が真っ白になった。