その王女、天命を待つ
その後、夕食の時間を過ごした王の部屋に再び訪れる。
その行動を怪しまれることがあっても、この部屋に落とし物をしたと言えばそれで済むだろう。
いくら門を設置したギュールスとて、レンドレスからオワサワールに向かうことを前提としたはずである。思考が固まれば、逆転の発想をすることは意外と難しいものである。
王の部屋とオワサワール国内の間で自由に往復できる門を据え付けたことを知っているのは、仕掛けた本人のギュールスと部屋の主であるニューロスくらいだろう。
だからオワサワール皇国にこれからの行動を通達する目的で王の部屋に入るなどと、ロワーナ達が入室する所を見た衛兵たちは夢にも思ってはいない。
それでも誰かから怪しまれないよう、なるべく音を立てずに部屋のドアを開ける。
部屋に入ったのはロワーナと元第一部隊のケイナ、エリン。元第二部隊のミリアン=ヴェルアとジーナ=エルウィン。この二人もやはりシルフ族。
自分の身に何かが起きても動くことは出来るように、親衛隊隊長と副隊長のエノーラとメイファは休息をとらせた。
部屋に入ってすぐにロワーナは転移の魔法で門を作動させ、一人でオワサワールへ移動。そこからライザラールの王宮内へと転移する。
目の前には元帥の部屋のドア。
力の加減などに気を遣う時間もない。
力任せにノックをし、返事を待たずにドアを開ける。
夜も執務をしているエリアードは、そんな彼女を見て驚く。
「ん? ロワーナか!? レンドレスから戻るのは明後日じゃないのか?! 何か起きたのか?!」
エリアードの予想外、予定外のことが目の前で起きている。
慌てる彼を無理やり制するロワーナ。
「兄上! 何も言わず、黙って聞いてくれ。明晩……、この時間帯に私は親衛隊と共に、レンドレスの急所を襲撃する。その時間に合わせてレンドレスの国境を覆い、いつでも国内に踏み込めるようにしてくれ。それとその時間前に報せる者を遣わせる。王妃と王女をある部屋で抑える。その制圧の手伝いに、兄上の部隊の力を借りたい! 移動には魔法を用いる。移送部隊は不要」
いきなりの話にエリアードの理解はついていけない。
「お、落ち着け。お前は一体何を」
「魔族の力の研究をしていたのをこの目で見た! そしてこの国をいつでも占領できるための下準備を、誰にも知られることなく進めている。ここで抑えねば世界が壊れること間違いない! だがレンドレスの国全体を抑える必要はない。王女……じゃない、大統領の娘婿と大統領、そして研究員三人を抑えれば、あとは海路とガーランドのみと繋がっている陸路に軍を待機させればその企みは途絶える!」
ロワーナの真剣に詰め寄ってくる様子を見たエリアードは、その行動に変更するつもりがないことを知る。
「同盟国に伝えると、それがレンドレスに漏れる心配はある。同盟の規約にしたがって動く分には、他国に軍を派遣しても問題はないだろう。それとお前の話によれば、どこかの部屋に立てこもる武力を持った部隊を預ければいいんだな?」
「あぁ。もしその時になって動かせなくなったりしたら、私の命は失われるものと思ってくれていい。」
自分の命を人質にする物の言い方に、相当事態が切迫したことも感じ取る。
とりあえず今は何も聞かず、ロワーナの要求に応じるエリアード。
それを見てロワーナは即退室。
言いたいことを言って、それが伝わると一瞬にして去っていくロワーナ。
皇国史上最大の非常事態。
そんな直感で、仕事を一旦中止し、ロワーナの要請に応じるための部隊編成に取り掛かった。
ロワーナは思った以上に時間をかけてしまったような気がするが、王の部屋に待機していた部下達はその逆で、用件を済ませてきたロワーナの報告を聞き、あまりの速さに拍子抜けする。
門の光が部屋から消えて、王の部屋は普段通りの何の変哲もない状態に戻る。
それを確認したロワーナ達は、今度は慌てると逆に不審に思われるかもしれないということで、部屋の照明を消して落ち着いた態度で部屋を出る。
感情に任せてこの後の時間を過ごしたならば、まんじりともせずに朝を迎えることになるだろう。
体調に振り回されるわけにはいかない翌夜。
昂ぶる思いと緊張。周りが思う通りに動いてくれるかどうか分からない不安と戦いながら、この日の夜は何とか眠りにつくロワーナ達であった。
…… …… ……
次の朝もこれまでと変わらない、王の部屋の風景。
四人とも、昨夜奮闘したロワーナのことなど全く想像だにしない。
その様子によってロワーナは、余計な緊張から一つ解放された。
本国からの応援が来てくれるかどうかはその時になってみないと分からない。
その不安は気持ちを切り替えるしかないが、レンドレス側も彼女らの動きの予測もしようがない。その点はわずかながらロワーナ達に勝算が傾いている。
いずれにせよ彼女らが出来ることは、滞在する最後の一日を誰からも怪しまれることなくレンドレス国内で過ごし、来るべき時間を静かに待つだけである。