指輪と衛珠
「と、言うわけでエメラダ様の触媒を用意させていただきました」
「……どういうワケですか」
休みの開けた週初め。
いつも通り放課後にエメラダと修練場に集まっていた。
「レオンが休日に姉様方と仲良くしていたことはよーーく分かりました。それで、どんなものを持ってきたですか?」
「こちらです」
「……指輪?」
俺がエメラダに作成したのは、中央にスフィアが埋め込まれた指輪だ。
それを、彼女の右手を取って、人差し指にはめようとする。
「おっ、お前!」
「なんでしょう?」
彼女は顔を赤くして、手をもう片方の手で隠してしまった。
「そう言うことは、もっと大人になってからですよ!」
「そう言うこと……あぁ」
確かに男性が女性に対して指輪を送るのは、婚約や結婚などの際に行われるのが常だ。
ここは誠実に、自分の考えをエメラダに伝えるべきなのだろう。
「安心してください。指輪型ではありますが、宝石も埋まっていません。エメラダ様が扱う上で特別な意味はありませんよ」
「……そんな事だろうとは思いましたよ」
俺の考えを正しく伝えたつもりだったのだが、彼女は露骨にガッカリしている。
……何か間違えたか?
「ホラ、早くするですよ」
ぶっきらぼうに出してきた彼女の右手の人差し指に、改めて指輪をはめる。
そしてほんの少しだけ俺の魔力を流す。これで準備完了だ。
「魔力を込めてみてください」
「こう、ですか……うわっ!」
彼女が指輪に魔力を込めると、球体が指輪から球体が飛び出し、手のひらサイズになった。
「エメラダ様が魔力を込めている時だけ、指輪にはめられたスフィアがその形……『衛珠』となります」
「衛珠……」
魔力を込めることで指輪から飛び出し、更に加える魔力量に応じて大きさも変わる。
そして空魔法を使えば操ることもできる触媒。
俺はこれを『衛珠』と名付けた。
「つまり、これを空魔法で操れってことです?」
「ええ。先日までのように触媒を介してボールを操るよりも、直接触媒自体を操作したほうが繊細な動きができるはずです」
魔力で直接ボールを操るのは難しい。
かといって、触媒を介してボールを操るのでは、考えと動きに少しタイムラグが発生してしまう上、精密な動作は厳しい。
そこで考えたのが、直接触媒自体を操る方法だ。
直感的に操れる上、
指輪自体は魔力を込めると衛珠が飛び出し、魔力を切ると衛珠が元に戻る機能のある魔道具に過ぎない。
が、これならボールを携帯する必要も無いので、急に戦闘になった時にも対処できる。
使いこなせれば、彼女の大きな武器になるはずだ。
「なるほど……」
「他にも、色々と記述魔法をスフィアに書いておきました。重力場生成、短距離転移、障壁展開、それから……」
「……お前が何言ってのるか全然わからねぇ、です」
っと、少し饒舌に喋りすぎた。今のエメラダはそこまで習得する必要はない。
色々とスフィアに仕込んでおいたのは確かだが、一度に多くの事を教えられたら混乱するに決まっている。
「詳しくはエメラダ様が空魔法を十全に会得出来たらお教えいたします。まずはその触媒に慣れるところからですね」
「? 慣れるも何も、あのボールより扱いやすいなら楽勝ですよ。『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、断ち切れ』!」
「あっ」
エメラダが思いっきり魔法を詠唱する。
……すると、どうなるか。
まず、彼女は普通にボールを操る基礎は概ね出来ている。
そして、この新しい触媒、衛珠を操作するのはボールよりも、少ない魔力で大きく動く。
加えて多少の変化で大きく挙動が変わる。
つまり。
「危なっ!」
その衛珠は、凶弾となって俺に襲い掛かった。
避けていなかったらいくら俺でもダメージを受けるレベルだ。
「お嬢様! 魔力を流すのをやめてください!」
「やめるって……どうやるんでしたっけ!」
マズい。また、制御できずに混乱している。
こうなったら……!
「『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を――」
「こ、こうでしたっけ? それともこう?」
エメラダの流す魔力の質がコロコロ変わる。
その度に衛珠の速度が速くなったり遅くなったりを不規則に繰り返す。
これではスペルインターセプトどころではない!
何故か俺に次々と襲い掛かる衛珠を必死に避け続ける。が、彼女の魔法が収まる気配はない。
……ここまで来ると才能だな。
「仕方ない。『虚無の魔力よ、断ち切る力を、我が手に』」
ナイフを取り出し、空属性の力をナイフとその持ち手に付与する。
「『大地よ、我が目に、祝福をもたらせ』」
そして、視力を一時的に強化する付与魔法。
これでエメラダの操る衛珠を止める手はずは整った。
「そこだっ!」
ナイフを持った手で、飛んできた衛珠を殴りつける。
手に付与された空魔法の効果で、衛珠に流されている彼女の魔力が一時的に打ち消される。
魔力を失った衛珠は、彼女の指輪に戻って行った。
……何とか止められたな。
*
「……理解できましたか?」
「……ごめん、です。少し調子に乗ったです」
エメラダが反省した様子で肩をすぼめている。
流石に今回の事は反省しているようだ。
「よろしい。『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、断ち切れ』」
「何してるです?」
「ボールを浮かせています」
「……それは見ればわかるです。なんで浮かせてるかを聞いてるです」
それもそうだ。
ボールを浮かせ続けながら、エメラダに向き直る。
「これが次の訓練になります」
「? ただ浮かせるだけでいいですか?」
「ええ。エメラダ様もやってみてください」
「分かったです。『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、断ち切れ』」
先ほどとは打って変わって慎重に魔法を行使するエメラダ。
衛珠が出現し、今度は暴走せずにちゃんと浮かせることが出来ていた。
「これでいいですか?」
「ええ。ただ、指輪に込める魔力を最小限にして下さい」
「? いいですけど……」
エメラダが指輪に込める魔力を下げると同時に、衛珠の大きさがどんどん小さくなっていく。
最終的に、指輪に収まっていた大きさと全く同じ大きさになった。
「おぉ……」
「それは込める魔力量に応じてサイズが変わります」
「なるほど。それで、どうしたらいいですか?」
「では、そのままで。お茶でもしましょうか」
「は?」
二人で修練場脇のベンチに移動し、いつものように魔法で紅茶を淹れる。
淹れながら、次の訓練について説明をする。
「さて。次の訓練は、日常生活で衛珠を浮かせ続ける訓練です」
「日常生活で?」
「私は魔法に慣れるための方法の一つとして、日常的に使うことがあると考えています。例えば……」
紅茶のポットを空魔法で浮かせ、そのまま紅茶を淹れる。
「このように、紅茶を淹れる。他にも、料理を作る、掃除をする。遠くの物を取る、と言ったことでも構いません。意識せずして魔法を使えるようになること。それが、この魔法の完成への第一歩のはずです」
「……なるほど、納得はしたです。ですが、それをいつまでやるですか?」
「私の中等部への最終講義。その前夜までです」
「つまり、今日を入れてあと三日です?」
「そうです」
「ずっとです?」
「そうですとも」
「……魔力、切れますよね?」
「怪しくなったと判断したら、私が調合した回復薬を飲んでいただきますから大丈夫です」
「……それって、合法な物ですか?」
合法?なんだそれは、美味いのか? とは、回復薬のレシピを考えた師の弁だ。
だが、そんなことはエメラダには言えないし、伏せておくか。
「ノーコメントです」
効果があるのは俺が実証しているからな。
誤魔化すために、エメラダに紅茶を淹れなおす。
「如何ですか?」
「ほぅ……お前の淹れる紅茶はいつも美味いです。落ち着く味です」
エメラダがホっと一息つくと、エメラダが浮かせていた衛珠が消えてしまう。
「……あっ」
「最初はそんなものです。是非、頑張ってください」




