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執事とお嬢様の魔法五重奏《マジカルクインテット》  作者: 幻馬
第二章 セントリア魔法貴族院
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蝶の髪飾り

ソフィアは元から誤解などしておらず、単に俺をからかっていただけだったようだ。

……小悪魔め。


俺の部屋から十分ほど歩いたところで、目的の研究室に到着した。


「失礼します」

「ノックくらいしろっての……おぉ、レオンか。突然どうした」


中には、いつも通り椅子に座ってコーヒーを飲みながらだらしなく新聞を読んでいるカーツがいた。

どうやらフィーネはいないらしい。


「少し作業台を借りようと思いまして。それと、見学者を連れてきたのですが構いませんか?」

「構わんぞ。見られて困る物もないし、見たところで分かりやしないだろ」

「だ、そうだ。入っていいぞ」

「お邪魔いたしますわ」


許可も得られたところで、外で待機させていたソフィアを部屋に呼ぶ。

入ってきたソフィアは部屋を見渡すと、部屋の主に対して優雅に一礼した。


「お初にお目にかかります。レオンさんの後輩、ソフィーと申します」

「これはご丁寧にどうも。レオンの元担当教官、カーツだ。何もない研究室だが、まぁ適当にしてくれ」

「ありがとうございます」


カーツもいつも通り彼女を対応する。

もし、ソフィーが貴族の令嬢だと知った時のカーツの表情を見てみたい気もするが……流石にそれは止めておく。


「さて、俺はちょっと作業に入るが……ソフィーはどうする?」

「私はレオンさんの作業を見させてもらいますので、お構いなく」

「了解」


作業台近辺を軽く掃除し、購入した魔石などを置く。

とりあえず作業できる環境は整ったかな。


「ただいま戻りましたー!」


と、そこで元気にフィーネが帰って来た。

あの表情は多分追加で出された課題が無事に承認されたとか、そんなところだろう。


「おかえり、フィーネ」

「ただいま、レオン! ……って、レオン? どうしたの? 仕事は?」

「今日は休みだ。ちょっと用事があったんでな。紹介するよ。俺の後輩のソフィー。今日はこの研究室の見学をするそうだ」

「お初にお目にかかります、フィーネさん。レオンさんの後輩、ソフィーです」

「えっ、はい……はい?」


明らかに動揺した表情で返事をするフィーネ。

……もしかして、ソフィアの事を知っていたりするのだろうか?


「れ、レオンが……」

「?」

「レオンが彼女を連れてきたぁー!」


今の紹介でなぜそうなる。


「違う! ソフィーは俺の後輩で、ただの友人だ! ソフィーもほら、言ってやってくれ!」

「中らずと雖も遠からず、といった所でしょうか?」

「ソフィィィー!」


この小悪魔、悪乗りしてきやがった。


「や、やっぱり……! 教官! これは問題ですよ! ふ、不純異性交遊です!」

「あーそうだなー。うんうん」


カーツは全く興味なさそうに新聞を読みながら空返事をしている。

諫める気は全くない、と言うことだろう。


「早くお義父さんに手紙を……いや、その前にお赤飯!? それよりも新聞部に駆け込み!?」

「落ち着け! そして俺の話を聞け!」


エメラダがあたふたと意味の分からない行動を取っている。こうなると彼女が落ち着くまで呼びかけるしかない。


「ふふっ、面白い方たちですわね」


彼女を混乱に陥れた張本人は口に手を当てて笑っている。

エメラダにも引けを取らない、いい性格をしてやがるぜ畜生。



「そっかぁ。ソフィーちゃんは見学に来たんだ」

「はい、レオンさんが所属していた研究室がどんなものか気になって」


なんとかフィーネを落ち着かせ、ようやく作業に入る事が出来た。

ソフィアとフィーネは紅茶を淹れ、二人で談笑している。

最初からそうしてくれればいい物を……


「あぁ……秘蔵の茶葉が……」


カーツが肩を落としているところを見ると、再びカーツ秘蔵の茶葉を勝手にフィーネが使ったのだろう。

彼はいつも違うところに、それもダミーや隠蔽魔法などを駆使して茶葉を隠すのだが、その度にフィーネに見つけられている。

そろそろ諦めたほうがいいのではないだろうか。


と、話の途中でフィーネが顎に手を当ててソフィアの顔を改めてじっくりと見始めた。


「……ソフィーちゃん、昔会ったことない? どこで会ったかは、ちょっと思い出せないんだけど」

「気のせいですよ。ほら、世の中には同じ顔をした人が三人いるって言うじゃないですか」

「そうかなー。絶対どこかで……」


むむむ、という擬音が聞こえてくる程にフィーネは考え込んでいるが、答えは出なかったようだ。

俺もソフィアと昔出会った記憶は無い……まぁ、元々記憶が欠けているから、信ぴょう性はないのだが。


「まぁいっか。それで、ソフィーちゃんは来年大学生なの?」

「いえ、今高等部の二学年なので、再来年になります」

「そっかぁ。この研究室、もう私と教官しかいないから、新規生が来ないと厳しいんだよねぇ……どこかにいないかなぁ」


この研究室の人手不足問題は顕著だ。俺も何とかしようとは思うのだが、俺とフィーネの交友関係の狭さ。そしてこの研究室の悪評がたたって新しく入ってくれる生徒はこの四年間でゼロ人だ。

ソフィアが入ってくれるのなら嬉しい限りだが、彼女はこの学校の生徒ではないので無理な相談である。


「で、レオンはさっきから何してるの?」


そこでフィーネが俺に話題を振ってくる。

何をしているか、そういえばフィーネには話してなかったか。


「触媒を作ってる。ほら、件の屋敷のお嬢様達の」

「へぇ、休日までご苦労様だねぇ。それで、仕事はどう?」

「そう、だな」


どう、とはこの間来た時に話した時からの進展を聞いているのだろう。

前に来たときは確か……ローゼンクイーンには疎まれ、エメラダからは邪慳に扱われていたころだったか。


「――前に来た時よりは、上手くいってるよ。この前はありがとな。お前のおかげで、大事な主人を守ることが出来たよ」

「どういたしまして! そっかそっか。順調なら何より!」


あの時の事はフィーネに感謝してもしたりない。

彼女の手助けが無かったら、俺は必ず後悔することになっていただろう。


「レオンはいっつも面倒な事に巻き込まれるからね~」

「いつも、ですか? 他にどんな事があったんですか?」

「おっ、聞きたい? そうだな~、じゃあまずは一昨年の学際の話から――」


あの話をするのか……まぁ、この研究室でただ待たせるのも暇だろうし、笑い話になるならいいか。


さて、このペースだと絶対に終わらないし、少し集中しないとな。


「終わっっったぁぁぁ……」


ようやく作業が終わり、椅子にもたれかかり身体を伸ばす。

この短時間で触媒二つに魔道具二つを作るのは流石に堪えた。


「あぁぁ……疲れた」


久しぶりだから、少し興が乗ってしまった。

窓の外はもう日が沈みかけていて、研究室の中を見渡すと、ソフィアとフィーネの姿がなかった。


「二人なら買い物に行く、とか言って半刻ほど前に出て行ったぞ。そろそろ帰ってくるんじゃないか?」


そんな俺の視線に気づいたのか、本を読んでいるカーツが俺の疑問に答えてくれる。

珍しく真面目な事をしている……と思いきや、読んでいるのは大衆向けの娯楽小説だ。

タイトルは……『転移先の世界で俺がエリートになるための』?


「教官……娯楽小説ではなく、机の上にある報告書や論文は読まなくて良いんですか?」

「今は気分じゃない。そのうち読むさ」


そうは言うが教官が実際に読む論文は少なく、多くは流し読みをするか、フィーネや俺が代読をするかが大半を占めていた。


「……あまりフィーネの仕事を増やさないでくださいよ?」

「分かってる、まぁそのうちな」


あぁ、これは読まないやつだ。……すまん、フィーネ。


「本日二度目のただいま!」

「ただいま戻りました」


と、俺がフィーネに対して懺悔していると、当の本人とソフィアが紙袋を下げて外から帰ってきた。


「二人ともおかえり。どこに行ってたんだ?」

「それは二人だけの秘密、という奴だよ。ね、ソフィーちゃん」

「ええ。フィーネさんにとっても良くして頂きました」


フィーネが芝居がかった口調で俺にどや顔を向けてくる。

ソフィアも笑みを浮かべているし、深く聞くのは邪推か。


「悪かったな、相手をしてもらって」

「ううん、すっごく楽しかったから! 最近、こういう事してなかったし」

「今度来るときはお前の好きなケーキでも買ってくるよ」

「ホント! じゃあ明日来て!」

「……明日は普通に屋敷で執務だよ」


虫のいい奴だ。


「じゃあ片付けて帰るとするか。もうこんな時間だしな」

「ええ。手伝いますわ」


フィーネとソフィアに手伝ってもらって作業台を片付ける。


五分とかからずその作業も終わり、帰り支度も済んだ。


「それじゃあ教官、お騒がせしました」

「次は仕事が溜まってるときに来いよ。フィーネの期限が悪くなるから」

「教官が仕事をすれば済む話ですよ! ソフィーちゃんもまたね!」

「はい。機会があれば、是非」


ソフィアが一礼をして研究室を出て行く。


「そうだ、レオン。ちょっといい?」

「どうした?」


俺もそれに続いて出ようとしたところでフィーネに話しかけられた。

まだ何かあるのだろうか?


「ソフィーちゃん、いい子だね。大切にしてあげて?」

「それは勿論だ。それだけか?」

「いやー、うーん。そうだなぁ……」


フィーネが煮え切らない表情をしている。何かの判断をしかねているようだった。


「怒らないで聞いて欲しいんだけど」

「それは聞かないことには分からんが……なんだ?」


数秒の思考の後、彼女はそう切り出した。

フィーネがそこまで言うのは珍しいな。


「ソフィーちゃん、少しだけ、レオンと同じ感じがしたの」

「俺と?」

「うん。内側(・・)に、何かがある気がする」


俺と同じ?

内側に何か、と言うのは……


「……本当か?」

「気のせいかもしれないんだけど……一応ね?」


恐らく、この警告は彼女の直感だろう。

他の人間から言われたことなら気にも留めないが、フィーネの直感は、間違いなく当たる。

あまり信じたくはないが……


「フィーネの言う事だ。心に留めておくよ」

「うん、ありがと。じゃあね、またそのうち」

「あぁ。また来るよ」


それ以上彼女は何も言わず、普段のように別れた。

少し心配ではあるが、そこまで切羽詰まった様子ではなかったから、あくまで気に留めておく程度で大丈夫なはずだ。


部屋を出ると、ソフィアが待っていた。


「良い方達ですね」

「そうだな。俺の大切な人だよ」



転移魔法で先日屋敷の前に書いたばかりの魔法陣に転移する。

無事に転移出来て何よりだ。


「今日は付き合ってくれてありがとう、レオン」

「いえ、私の方こそ色々とすみませんでした」

「そんなことは無いわ。とても楽しかったもの」


屋敷に戻ってきた以上、もう彼女はソフィーではなく、ソフィアだ。

敬語は辞めて、いつも通りの主従関係に戻らなくてはいけない。


だが、まだ彼女には渡したいものがあった。

従者としてはなく……そうだな、一人の友人として。


「良ければ、ソフィア様にこちらを」

「これは……蝶の髪飾り?」

「ええ。髪飾り型の魔道具です」


これは、今日作製したばかりのソフィア専用魔道具だ。

とは言っても、飾りの部分は既製品で、宝石の部分をスフィアに置き換えているから、完全に自作と言うわけでは無いが。


「付けているだけで魔力消費の軽減、多重詠唱時の補助、水属性魔法の強化という三つの効果が付与されます。是非活用してください」

「ありがとうございます、レオンさん。とても、とても嬉しいです」


従者が主に対してこう言った装飾品を送るのは一般的ではないはずだが、彼女は喜んでくれた。


「良ければ、付けてもらってもいいかしら」

「喜んで」


膝をついたソフィアに髪飾りを付ける。

魔道具の中心に付けられた青いスフィアが夕日に輝いて、彼女の美しさがより一層増したような気がした。


「どうかしら?」

「良くお似合いでいらっしゃいます」

「ふふっ、毎日つけようかしら」


そう言ってくれると、製作者冥利に尽きる。


「また今日みたいなデートをしましょうね、レオンさん」

「ええ。いずれ、また」


たまには、こんな日があっても良いかもしれない。

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