フォルツ商会
「じゃあこれと、これ。あとおすすめの魔石があればそれを買いたいんだが」
「魔石? スフィアじゃなくていいのか?」
「あぁ、自分で精錬するから問題ない。」
「わかった。なら、先日入荷したノルデン産のこの魔石でどうだ」
「助かる。それと――」
ここはセンテルム魔法大学校からほど近くのフォルツ商会本店。
そして俺に応対している恰幅のいいおっさんは、ガータン・フォルツ。
その身一代でここセントリアの一等地に商会の本店を建てるほどの豪商だ。
俺はガータンの、言わばお得意様だ。
彼がここまでの豪商になった件に俺も一枚噛んでいるため、色々と良くしてくれる。
一通り欲しいものの要望を伝え、それをガータンがメモして使用人に渡す。
彼は店の中をじっくりと見て回るソフィアを一瞥すると、俺の耳元に顔を寄せた。
「ところで坊主。あの綺麗な嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「そろそろ坊主は辞めてくれ。彼女は……ソフィーだ。俺の知人、という事にしてくれ」
フォルツ商会は非合法な組織や反社会的な勢力と取り引きを行うことを極端に嫌っているため、「一見さんお断り」と言うシステムを設けている。誰かの紹介でないと、フォルツ商会は利用できない。
今日の彼女は『俺の知り合いで、平民のソフィー』という設定だ。
事前の連絡もなしに貴族の令嬢がいきなり来店でもしたら、ガータンに迷惑がかかるのは間違いない。
「他でもないお前の紹介だから構わんが……お前、フィーネちゃんという子がいながら浮気はマズいんじゃないか?」
「バカ言うな。そもそも、彼女ともフィーネともそんな関係じゃないからな」
「おいおい。それじゃフィーネちゃんが可哀想だろ」
何を勘違いしているんだこのおっさん。
そう言いたいが、彼は昔から俺とフィーネが付き合っていると勘違いしているので今更訂正したところで無意味に問答するだけだろう。ここは話題を変えることにする。
「言ってろ。とりあえず買い物は以上なんだが、何かお勧めの品があったりするか?」
「そうだな。ちょっとまってろ」
そう言うとガータンは店の裏側に向かった。
予定外の買い物が増えてしまいそうだが、最近この店にも来てなかったしまぁいいか。
しかしフィーネと付き合っている、か……。
確かに、フィーネと出会ってからはもう随分経つ。傍から見たら付き合っているようにも見えるかもしれない。
だが、フィーネとはもっと別の関係だ。彼女よりももっと大切で、家族とは違う、特別な関係。
……この関係はなんて呼ぶんだろうな。
などと考えていると、店の中を見て回っていたソフィアが俺のところまでやってきた。
「想像以上に大きい店ですわね。武器や魔道具だけでなく、教材から食材まで取り扱っているだなんて。しかも、それを貴族だけではなく庶民も利用できる店は見たことありませんでした」
「ええ。それがフォルツ商会の強みですから」
この店は『庶民から貴族、一個人から軍隊まで誰でもどこでもお届けに参ります』というモットーを掲げている。
利用者を選ぶ分、使ってくれるお客様には誠心誠意尽くす、と言うのがガータンの考えだ。
実際、セントリア王国内では新参の商会であるにもかかわらず、着実に店舗数を伸ばしており、彼の手腕が伺える。
「むっ。今の私はリヒテンベルク家次女のソフィアではなく、レオンの友人兼後輩、ソフィーですよ。敬語は辞めて下さる?」
改めてガータンの事を腕組みして関心していると、不満げな顔でソフィアが俺の顔を覗き込んでくる。
友人兼後輩、の部分をやけに強調したのは、先ほど俺がガータンに知人という紹介をしたところを聞いていたのだろう。一体どこからどこまで聞いていたのやら。
そして、彼女も俺に敬語を辞めるように言ってきた。友人や後輩に対して敬語で話す人も珍しくないはずだが……
「……あぁ。分かったよソフィー」
まぁ確かに、彼女が貴族であることが露見することは好ましくない。今日一日は彼女と常語で接することにする。
しかし、ローゼンクイーンと言い彼女と言い、一執事である俺が敬語を使うことを辞めさせたがるのは何故なのだろう?
「待たせたな、裏から色々持ってきたぞ」
と、そこでガータンが裏から木箱をいくつか抱えて持ってきた。
商人のくせに荷台も使わずによくもまぁこれだけの木箱を運べるものだ。
「せっかく可愛らしい嬢ちゃんと一緒に来たんだ。プレゼントの一つでも送ってやったらどうだ?」
「まぁ、お上手ですわね♪ おじ様もダンディーでイケてますわよ」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるねぇ! 安くしちゃうよ!」
「……お世辞だぞ、おっさん」
鼻の舌を伸ばしきったおっさんが色々と木箱の中身を見せてくれる。
……出費がかさみそうだ。
*
すっかり上機嫌になったガータンに見送られながら店を出る。
触媒と魔道具の材料だけでなく、服やアクセサリー、ソフィアとエメラダ、アンへのお土産まで買うことになるとは……
まぁ、お嬢様方が喜んでくれるなら安いものだ。
勿論ソフィアも上機嫌で、店に来た時から二割増しの笑顔を浮かべている。
「次はどこへ行きますの?」
「材料は揃ったので、次は工房に行きま……行くぞ」
思わず敬語が出そうになり、口をつぐむ。
危ない危ない。彼女の事だ。ここで敬語で彼女に話そうものなら、メイド服など足元にも及ばない罰を提案してくることだろう。
「レオンさんは工房を構えているのですか?」
「いや、センテルム大学のとある研究室に行くだけだ。必要な道具は全部そこに揃ってるからな」
とある研究室、とはいつものカーツ教官の研究室だ。
人は少ない、実績は上げている研究室なので設備は大学の中でも群を抜いて立派な物が揃っている。
……基本的に家主が掃除をしないので汚いが。
「部外者である私が行っても大丈夫なのでしょうか?」
「全校生徒を全員把握してるような人はいないだろうし、行く予定の研究室も俺を含めて三人しか在籍してないからな。大丈夫だろ」
一応学則で部外者の立ち入りは禁止されているが、俺の関係者なら問題ないだろう。問題があったとしても、学長に新しい論文をチラつかせれば黙認してくれるはずだ。
「少し目を閉じてもらえるか?『起動。空間転移。魔力接続……接続確認。空間転移、実行』」
ソフィアが目を瞑ったことを確認し、ソフィアの手を取り転移魔法を発動する。
行先はもちろん大学寮内の俺の部屋だ。
転移魔法は問題なく起動し、間もなくして俺の部屋に到着する。
「もう目を開けて大丈夫だ」
「んっ、これが、転移魔法ですか……不思議な感覚ですわね」
初めての転移経験を噛みしめるようにソフィアが目を開ける。
転移酔いもしていないようで安心した。
彼女はキョロキョロと珍しい物を見たかのように辺りを見渡している。
そういえば、今の俺の部屋って……
「やけにファンシーな部屋ですけど、ここは?」
「……誠に遺憾ながら、俺の部屋だった物、だ。」
そう。フィーネが自分の趣味丸出しでバリバリに改造された、ファンシーグッズてんこ盛りの部屋だ。
「……誰にだって、言いたくない趣味はありますものね。安心して、レオンさん。この事は誰にも話しませんわ」
「待て。待ってくれ。これは俺の趣味じゃないんだ。隣人が勝手にやったことなんだ……本当だ!」
俺は研究室までの道のりで、ソフィアの誤解を解くために必死に弁明した。




