損得勘定と正直なメアリー
「ん……ふわぁ……」
エメラダと修練をしたその日の夜。
マグダと交代で、気を失っていたローゼンクイーンの看病に訪れたところ、丁度彼女が目を覚ました。
「おはようございます、ローゼンクイーン様」
「っ! レオンが、どうして私の部屋に……いや、そう言えば私、あなたとの訓練中に……」
あくびを噛み殺し、彼女は顔を赤らめ一瞬こちらを睨んだが、窓の外の夕暮れを見て、今の自分の置かれている状況を把握したようだった。
「私、どのくらい寝てた?」
「約一日丸々寝ていらっしゃいましたよ」
「……そう。迷惑をかけたわね」
ローゼンクイーンにしては素直な謝罪をされて、俺も少し困ってしまう。
叱責されたほうが、俺としては良かったのだが。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした」
俺もローゼンクイーンへ素直に謝罪する。
マグダにローゼンクイーンに助力することを誓っておきながら、いきなりのミスだ。
全面的に自分が悪い。
「……いきなり何よ」
「私の不注意で、ローゼンクイーン様を危険に晒してしまって……」
「ん。いいわ、別に」
「……よろしいので?」
が、彼女も俺に対して怒りを覚えているものだとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
……どういう事だ?
「自分の限界と、目標が分かったもの。私が一日寝込むくらい、安いものだわ」
ローゼンクイーンは少し嬉しそうにそう言った。
彼女の中の損得勘定において、今回の件は自身の中で得なものだったという認識らしい。
嘘を言っているような顔にも見えないから、本心なのだろう。
「でも、一つだけ良くないことがあったわ」
「なんでしょうか?」
「あなた、どうして敬語に戻ってるのよ」
「それは、謝罪に来ましたので……」
約束したとはいえ、失敗した身でありながら主人に常語で話すのは流石に気が引けた。
それに、俺は元々敬語を辞めるのは反対だったから、有耶無耶になってくれないか、という打算的な考えも少しある。
が、ローゼンクイーンにそんな考えは通用しない。
「そんなに、メイド服が着たいのね。いいわ、マグダに用意させるから」
「悪かった、そのマグダさんを呼ぶ手を止めてくれ」
ローゼンクイーンがマグダにそう伝えれば、恐らく半刻もしないほどで俺用のメイド服が支給されるだろう。
……想像しただけで末恐ろしい。
もう、彼女と二人きりの時は敬語を使うことは出来ないだろう。
「それでいいのよ。で、罪滅ぼしだと思って三つほど聞いてもいいかしら?」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「一つ目。私、魔法を打った辺りから記憶がないのだけれど、どうなったのかしら?」
「ローゼンクイーンの魔法が中庭を消し飛ばした。幸い、それ以外の被害は出なかったから良かったが……」
中庭で怒ったことを包み隠さずに伝える。
被害としては軽微なもので、先ほど中庭を見に行った時には既に元通りだった。
流石、オスカルは手を回すのが速い。
「そう、なら良かったわ。じゃあ二つ目。そこの机にあるのって、私のタクトよね。半壊しているようだけど」
「そうだ。ローゼンクイーンの魔力に耐え切れなかったらしい。」
ローゼンクイーンの机にあるのは貴族院から支給されたと思しきタクト型の触媒。
訓練用とはいえ、滅多なことで壊れる者ではないが、今回の件は仕方ないと言える。
だが、触媒が壊れたままでは来週からの授業に差し支えるし、そもそも彼女に合った触媒でないと魔法の修練もおちおち行えない。
「今回の件の詫びと言っては何だが、新しい触媒を作らせてくれないか?」
「作らせてくれ……って、あなた、触媒も作れるの?」
「まぁ、な。このナイフも、俺ともう一人で作製した物だ」
このナイフは俺と師が協力して作った合作ではあるが、俺一人でもある程度の触媒を作製するだけの知識と技術はあるつもりだ。
……散々叩き込まれたからな。仮に忘れていたとしても身体が覚えているだろう。
「ちょっと見せてもらっていい?」
「気をつけろよ」
ローゼンクイーンに片方のナイフを渡す。
彼女はまじまじとそのナイフを見ると、感心したかのようにため息をついた。
「……よく分からないけど、凄いわねこれ。色々と機能が付いているみたいね」
「即座に使える記述魔法が二十余。魔力増幅、照準補正、敵対魔法の自動感知とか、まぁ色々だ」
内包している機能を全て列挙したらキリがないため、代表的な機能だけを挙げる。
当時の俺たちが持てる技術の全てをつぎ込んだ、この世に二つとない代物だ。
「……私にも、これと同等の物を用意してくれるの?」
「ん? そうだな……流石に同等、とまでは行かないが遜色ないものを作ろうとは思ってる」
これを作ったのも今から四年ほど前だ。技術が進んだ今なら、当時無かった色々な機能を付与することもできるだろう。
最近作ってなかったからな……軽く燃える。
「そ、そう。それは有難いわね」
「何か要望はないか? 形状とか、色とか……」
「そうね……私以上にレオンは私の魔法を理解しているようだし、あなたに任せるわ」
「そうか。なら、形状は腕輪状……いや、それだと狙いを付けづらいから、タクトはそのままに、制御に使うスフィアを増やして……」
彼女用の触媒に思いをはせる。どんな機能を付けようか、と考えているだけで楽しい。
そうだ。エメラダの為の触媒も一緒に作ろう。
彼女の魔法もまた、型を外れた物だ。支給されているタクトで行使するには難しいし、何より俺の頭の中にある物を実現したい、という欲もある。
丁度明日明後日は学院も休みだ。どちらか休みを貰って、二人のための触媒作りをしよう。
「ところで、最後の質問って何だったんだ?」
「ん? 質問しなくても分かったから、いいわ」
……何だったのだろうか。そう言われると逆に気になるが、聞き返すのも憚られるので止めておこう。
*
思い立ったが吉日。オスカルに頼んで休日を貰った。
特筆すべき予定もないから、と快く休みを許可してくれたオスカルには頭が上がらない。
さて、まずは材料の買い出しだ。
屋敷を出て……
「どこへ行くのですか、レオンさん?」
「ソ、ソフィア様……」
私服に着替えて、さぁ行こう、と門をくぐると、そこには普段の貴族服ではなく、平服に近い衣装を身に纏ったソフィアが待ち構えていた。
「先日、休日は私のために時間を取ってくれる、と約束したばかりではありませんか?」
「……昨日の今日ですよね?」
確かに約束はしたが、何時何処でという話を全くしていない今日にその約束を果たせ、と言われるのは想像していなかった。
「聞けば、随分とローゼンクイーン姉様やエメラダと仲良くしていらっしゃるようですし?」
毒のある言い方でソフィアがそう告げる。
恐らく、ローゼンクイーンやエメラダとマンツーマンで魔法の修練をしていることを既に知っているのだろう
……どこでそれを知ったんだ。
「壁に耳がある正直なメアリーに聞きましたわ」
考えが顔に出ていたのか、その答えを教えてくれる。
……それを言うなら『壁に耳あり障子に目あり』、だろう。
だとしても、リュウゲツのことわざをなぜ彼女が知っているのか。
が、その事をソフィアに聞くことは今はできない。
「それに比べて私は随分とおざなりな対応じゃありませんこと?」
「……否定はできません」
ソフィアは二人に比べて格段に魔法が上手い。
が、故に簡単なアドバイスはしていたが、マンツーマンでの指導は行ってこなかった。
それを彼女への指導を怠っていた、と言われても当然のことだ。
「まぁ、レオンさんにも予定があるのは分かります。しかし、私にも不満があります。ですので、折衷案を提示いたしますわ」
ソフィアは軽く手をポン、と叩くと、小悪魔のような笑顔を向け、俺にその折衷案を提示した。
「今日のご予定に私が同行する権利を下さらない?」




