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執事とお嬢様の魔法五重奏《マジカルクインテット》  作者: 幻馬
第二章 セントリア魔法貴族院
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無は有より生じる

「『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、断ち切れ』」

「浮いてる……浮いてるです!」


詠唱し、手に持ったボールに魔力を込める。

ボールは俺の手を離れ、宙に浮く。


「まだ謎の多い魔法ではありますが……私はこの魔法を『制約を打ち破る魔法』だと解釈しています。一時的にではありますが、世の理を破る力を持っています」

「それって……凄いことです」


詳細は省くが、空魔法を付与した物体からは色々な力が失われる。

ボールが落下しないのもその影響らしい。


「まずは、今お見せした魔法を会得していただきます。」

「わかったです、どうすればいいですか?」


エメラダに俺が持っているボールと同じものを投げて渡す。

特に変哲のない、一般的なボールだ。


「このボールを浮かせてもらいます。私の詠唱に続いてください。『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、断ち切れ』」

「『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、断ち切れ』……うわっ!」


エメラダのボールが弾けるようなスピードで上昇を始める。

魔力を込めすぎだ。


「落ち着いてください。まずは心を静めて、落ち着いてください」

「落ち着いて……落ち着いて……」

「そして、ボール全体に、そして均等に魔力を回すイメージです」


焦っているエメラダに指示を出す。


「くぬぬぬぬ……あっ!」


が、時すでに遅し。

ボールに纏った魔力が霧散し、そのまま地面に落下する。


「もう一度、です。『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、断ち切れ』」


諦めず、エメラダが再び魔法を詠唱する。

集中しているのか、目を閉じて魔法に専念している。


そのせいか、ボールは先ほどの勢いのまま、あらぬ方向に飛び回っている。


「おっと」


ボールが俺に向かって来たので、頭を倒して避ける。


「ぬぬぬ……!」


が、その避けたボールはカーブし、再び俺に向かってくる。

それを避けるも、ボールはさらに軌道を変えて俺を襲う。


「お、お嬢様!」

「黙ってろ、です! しゅ、集中。集中……」


速度も更に増し、その威力はエメラダが普段行使している魔法の威力を上回るほどだ。

こちらを見ていないはずなのに、エメラダの操るボールは的確に俺へと向かってくる。


……わざとやってるんじゃないだろうな!


「あだっ!」


避け続けていたが、俺の側頭部から襲ってきたボールに当たってしまった。

ただの属性魔法であれば、俺に当たったところでかすり傷さえ負わないだろうが、高速で放たれたボールが当たったらそりゃ痛い。


俺に当たってきたボールは勢いを弱めることなく、宙を舞い続ける。

そして、その軌道は再び俺を襲うであろうコースだった。


これ以上ボールに当たるのは御免だ!


「『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、打ち消せ』!」


スペルインターセプトを用い、エメラダの魔法を強制的に終了させる。

……上手くいってよかった。


「な、何するですか!」


魔法を強制終了させられたことに気づいたエメラダが怒り心頭な様子で近づいてくる。


「こっちのセリフです! 殺す気ですか!」

「わざとじゃないですよ! それに、あの程度が当たってもお前は死なないです!」


俺の抗議も、理不尽な主張に一蹴されてしまった。

……当たり所が悪ければ一般人を卒倒させるだけの威力はあったように思えるが。


「……分かりました。一緒に制御いたしましょう。お手を」


以前アンに対して行った魔力制御を行うことにする。


「ま、またアレをやるですか? こ、心の準備が……」


以前エメラダに行った魔力測定とは違うものだが……まぁ、似たようなものか。


「それでは参ります。私に続いて詠唱してください。『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、断ち切れ』」

「きょ、『虚無の魔力よ、繋ぎ止める力を、断ち切れ』」


エメラダの魔法に自分の魔力を交わす。

出力を安定させ、その感覚を覚えさせることが重要だ。


「魔力の放出は一定に……そう、その調子です。魔力にムラがあります。下部は薄く、上部を濃く」

「こ、こうですか?」

「そうです。そのままです」


そっとエメラダから手を放す。

エメラダは集中しているようで、俺が手を離したことに気づいていないようだ。


「深呼吸してください……水面をイメージして、その水面を荒立てず、穏やかに」


この魔法を制御するコツは、とにかく心を落ち着けることだ。

この感覚はほかの魔法では会得できず、このように実践して体得するしかない。


「スゥー……フゥ……」

「……良い感触ですね」


俺はボールを浮かし続けるエメラダを、ただ見守った。


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