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執事とお嬢様の魔法五重奏《マジカルクインテット》  作者: 幻馬
第二章 セントリア魔法貴族院
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力なき平民の追憶

その女の子は、農家の生まれでした。

父と母、それに姉に囲まれて、みんなで畑を耕して平和に暮らしてたです。


もちろん、裕福じゃなかったです。

一つの部屋で家族全員が寝てました。

料理だって、同じ皿に乗った料理を仲良く分けて食べてたです。


その時はなんとも思ってなかったですが、今思えば幸せだったんですよ。

変わらない毎日。でも皆笑顔でした。


……でも、そんな毎日は終わってしまったんです。


ある日。その家を魔獣が襲ったんです。

理由は分かりませんが、きっとお腹でも空いていたんです。


まともな武器もなければ、魔法も使えない。

そんなただの平民が、魔獣の群れに勝てるわけがないです。


だから、父さんと母さんは女の子とその姉を逃がしたです。

自分たちが、囮になって。



姉妹は走ったです。領地を守る、貴族の家まで走ったですよ。

名前は覚えてない……いや、覚える価値すらないやつでした。


その姉妹は、その領主に助けを求めたです。

『父と母が魔獣に襲われた。助けてほしい』って。

領主なら、きっと魔法で父と母を助けてくれる、って信じてたです。


でも、命からがら逃げてきた姉妹に対して、そいつ、何て言ったと思うですか?


『良く逃げてきた。今から行っても手遅れだろう。そこの年上の女は使い道がありそうだ。我が家で面倒を見てやる。年下の女は……どこにでも行けばいいだろう』


その貴族は女の子に少しばかりの金を渡すと、抵抗する姉を無理やり屋敷の中に連れ去りました。

一人、取り残された女の子は呆然としました。

悲しみと、怒りと、失望と。色々な感情でぐちゃぐちゃになったです。


そのあとの事は……よく覚えてないです。

ただただ、歩いたです。


どこか、遠い所へ。

それだけ考えていたです。


気づいたら、ある孤児院の前で倒れていたです。

もう一歩も歩けなかったです。ここで、死ぬのかと。そう思いました。

そんな女の子を、そこの院長さんは快く助けてくれました。


空腹だったその子に、院長さんがくれたラザニアは、言葉にできないくらい美味しかったです。


孤児院での生活も、悪くなかったです。

家族を亡くして塞ぎこんでいた女の子に対して、元々いた子達は、みんな優しかったです。

特に、ちょっと乱暴だけど面倒見のいいお兄さんと、そんなお兄さんにいつも怒られていたお姉さんの二人はよく覚えてます。


……その二人は、一緒にどこかの里親に引き取られていったですけどね。


そんな孤児院での生活から……二年くらいたった頃です。

近くの街で、収穫祭があったです。


一年に一度のお祭りです。

私たちは院長さんに連れられて、お祭りに遊びに行ったです。


そこで、催し物があったです。

『葡萄酒の飲み当て』。

そこは、葡萄酒の名産地だったです。

そこの領主もブドウ好きで、各地から葡萄酒を集めていたんです。


勝つと賞金が出るそうでした。そのお金で、貧乏な孤児院を少しでも助けようと考えました。

それに、昔から舌には自信があったです。

その飲み比べに、女の子も参加しました。


……参加しちゃったんです。

今思えば、参加なんてするべきじゃなかったんです。


結果、その女の子は全てのワインの産地を当てたです。

女の子は、喜びました。これで院長さんに恩返しができる。そう思いました。


賞金を貰って喜ぶ女の子に、一人の見慣れない貴族が声をかけてきました。

『我が家に来ないか。来るなら、孤児院に資金援助をしてやろう』、と。


貴族(・・)は嫌いでした。半分、家族の仇みたいなものです。

でも、孤児院を助けてくれるなら。

私を助けてくれた院長さんと仲良くしてくれたみんなに恩返しができるなら、とその女の子はその貴族の養女になりました。



……そこからは、地獄のような日々でした。

貴族としての、半ば拷問のような教育。

舌を洗練させる、とかいう下らない目的での絶食。

水しか飲ませてもらえない日もありました。


そして、一月ほどが経つと、毎日ひたすら料理の味見をさせられました。

具体的な味の感想を言えないと、鞭で叩かれる味見がどこにあるですか?


そして――女の子の味見で洗練された料理を食べるのは、その子を引き取ったバカ貴族でした。

その男は、ただ美食のためだけにその子を養女にしたです。

必要だったのはその子じゃなくて、その子の舌だったんです。


学びたくもない貴族としての常識。

それと並行して行われる料理の味見。


料理が喉を通らなくても、どんなにマズくても。その味を見て、その感想を言わなければならない。

酷い毎日でした。


後に、女の子は『神の舌』とか呼ばれるようになりました。

くっだらないバカ貴族が、自身の家の名声を美食で高めた結果でした。


その噂は国王陛下にも伝わって、陛下との晩餐会に呼ばれるほどでした。

……そこから、そのバカ貴族は更にバカになりました。


『お前を拾ってやったのは俺だ。その名声も、『神の舌も』、俺が用意したものだ。もっと俺に感謝しろ。もっと、もっとだ』


バカ貴族の欲望は留まることを知りませんでした。

国中から色々な材料を運び入れ、料理人も金の力でそろえて。

多い時で……あいつは一日に六食くらい食べてたです。


食べていないときの方が珍しかったです。

何かに、取りつかれたかのように食事をしていたです。

ブクブク太って……見るに堪えなかったです。


料理人達の負担も増えて……中には逃げようとした人もいたです。

でも、そのバカ貴族は許さなかった。

逃げようとした料理人を魔法で縛り付けて、ずっと料理を作らせ続けた。


バカですよ。自分の事しか考えない、バカな貴族です。



そして、そのバカ貴族はコロっと死にました。

料理人が、料理に毒を混ぜたんです。

味見役の人もグルでした。

バカ貴族は、誰からも信用されず、自分の欲望に潰されて死んだんです。


女の子は、そのバカ貴族が死んで当然だと考えていました。

当り前じゃないですか。自分勝手で、他人に見向きもしない。

貴族の典型です。


バカ貴族が死んだあと、屋敷には何も残りませんでした。

料理人たちへの慰謝料に食材を買うためにした借金の返済。その他諸々。屋敷ごと売る以外になかったんです。


女の子を心配してくれる人なんて、屋敷にいませんでした。

曲がりなりにも、その子は貴族の養女です。

自分たちを苦しめた貴族の養女にかける情けを持った人なんか、いるわけないじゃないですか。


家具も、人も、金も無くなった屋敷に、一人の男がやってきたです。


男は、アレキサンダーと名乗りました。

……そいつもまた、貴族です。


女の子は以前にもまして貴族のことを信用してなかったです。

その男の事も、当然信用していませんでした。


男は、そんな女の子に向かってこう言いました。


『俺の家に来い。俺は何も強制しない。全てはお前の自由だ』


行く当てもなかったですし、女の子はそいつについて行ったです。

……別に、どうなっても構わなかったですから。

その日から、その女の子は『エメラダ・フォン・リヒテンベルク』になったです。


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