夜食はホットドッグ
その夜。
俺は自室で、昔研究していた空魔法に関する記録スフィアを読んでいた。
エメラダに教えることになった時のための予習だ。
「そうか、単純に詠唱だけをさせるんじゃなくて、触媒に記述魔法を使ってある程度の補助術式を書いておけば……」
そうすれば、負担も減るし、使いやすくなる。
教える順番を少し考える必要があるな。それに触媒の用意も……
そこまで考えたところで、背筋が痛くなってきたので、身体を伸ばすために立ち上がった。
「っと、もうこんな時間か。流石に、少し疲れたな」
時計を見ると、もう十一時を過ぎる頃だった。
夕食を取るのもすっかり忘れていた。
「厨房で軽食でも作るか……」
メイドを呼べばこの時間でも何か用意してくれるだろうが、息抜きがてら料理をしたい気分だったので、厨房へ向かうことにした。
*
この時間だと起きているのはオスカルと夜番のメイドくらいなものだろう。
……ここ数日は中庭で魔法の訓練をしている人もいるようだが。
「…………にもないです。全く、少しくらい……」
と、厨房の前まで来たところで、中に先客がいることに気づいた。
……こんな時間に誰だ?
ガチャッ
「あっ」
蛍光スフィアの付いた室内で、翡翠の瞳と目が合う。
「……こんな時間に何してるんですか、エメラダ様」
中にいたのはワンピース型のパジャマに身を包んだエメラダだった。
「別に、何だっていいです」
ふいっと顔を背けるエメラダ。
夜更けに厨房を訪れる理由は、執事でもお嬢様でも、大体一緒だろう。
「確かに、そうですね。時にエメラダ様。私、実は夕食がまだでして。今から簡単に何か作ろうと思うのですが……ご一緒に如何ですか?」
「……乗ってやるです」
食材が減っていても、これで俺とエメラダは共犯。
俺だけだったら明日の料理担当に小言を言われるところだったが、怒られる事も無くなったわけだ。
*
「いただきます」
「……神に祈りを」
厨房の一角でお互いに簡単に食前の挨拶を済ませ、軽食を食べ始める。
焼いたコッペパンに切り込みを入れ、洗った野菜とパンと一緒に焼いたソーセージを挟み込む。
味付けはシンプルに、保存用のトマトソースだけ。
今日の献立はホットドッグだ。
「はむっ。……うん、美味い」
いつも食べている繊細な料理もいいが、こう言う大雑把な料理も捨てがたい。
「……お前、こういう料理が得意なんでしたね」
そう言いながらもホットドッグを頬張るエメラダ。
……食べるのに手馴れているように見えるのは気のせいだろうか?
「美味しい、です」
「ありがとうございます」
味には満足してもらえたようだ。
セントリア産のソーセージは美味しいからな。シンプルな料理によく映える。
冷めやらぬ内に食べ終わり、食後の紅茶を二人分入れる。
「ホットドッグなんて久しぶりに食べたですよ。褒めて遣わす、です」
「恐悦至極にございます」
エメラダがやけに演技臭い仕草を取るので、おれも演技臭い仕草で返す。
お互いに、似合っていない。
「ところで、久しぶりと言うと昔に食べたことがお有りで?」
「……まぁ、そうですね」
何かを思案するように顔を伏せるエメラダ。
飲みかけの紅茶の湯気が見えなくなるころ、エメラダは話を切り出した。
「お前、貴族じゃないですよね?」
「まぁ、貴い血は流れていませんよ」
これは嘘じゃない。
……嘘では、無いんだが。
「いい機会です。お前になら、話してやってもいいです」
「何を聞かせていただけるのですか?」
「つまらない、つまらない。力のない一人の平民の物語ですよ」




