古き慣習
「今日の実習はここまでですかね」
「つ、強い……」
実習を開始してからおよそ四半刻ほど。
生徒たちは魔力切れを起こして戦意喪失していた。
魔力切れ――魔法使いにとっては切っても切れない現象。
走り続けるとスタミナが切れてしまうように、魔法を使い続けると体内で生成された魔力が一時的に枯渇してしまう。
更に、魔法を扱うことが出来なくなり、気分が悪くなるなどの体調不良を引き起こす。
ただし、少し休憩すれば一定まではすぐに回復するのでその間に簡単な講義をしよう。
「さて、まずは反省会と行きましょう。そこの……金髪に碧い眼の貴方、名前は?」
「び、ビスコッティ・ジョゼ・ザールラントと申しますわ」
ビスコッティと名乗った女生徒は、その場で背筋を伸ばして優雅に一礼をした。
そういえば、先ほど講堂でジスト達を注意していた生徒だな。
扱っていた魔法は確か……土属性の魔法だったか。
「それではビスコッティさん。今日、私に魔法が一度も当たらなかったのは、なぜだと思いますか?」
「その、レオン先生が強いから、としか」
「それだけでしょうか?」
「え? ええっと、その……すみません、わかりません」
ビスコッティは申し訳なさそうに首を垂れる。
確かにそれも理由ではあるが……
「理由は概ね三つ。まず一つ目は、連携が取れていないことですが……これは中等部で教わる内容ではないので、仕方のないことです」
連携についての講義は高等部の内容だった記憶がある。
なので、この理由は大したことではない。
「二つ目の理由は、全力で、と言ったのに加減して魔法を扱ってしまっていること」
これもまだ十代半ばの生徒には少し厳しい話かもしれないが、人を傷つけてしまうという事に抵抗があり、自身の全力を出せていない生徒が多かった。
……その点、ジスト達からの魔法は手加減を感じなかったから、全力を出すという点においては優秀なのだが。
「そして最後。皆さんはどうして同じ魔法しか使わないのでしょうか?」
「それは……」
ここで言う同じ魔法、とは『その力を示せ』で終わる射出系の魔法のことだ。
この系統の魔法の特徴は基礎的な魔法であり、加えて扱いが容易。
そして、貴族が好んで用いる魔法という事だ。
シンプルなだけに自信の魔力量が威力に直結することから、貴族的だとか、美的だとか貴族には持てはやされている。
……俺からしたら、実戦では役に立たない練習用の魔法でしか無いのだが。
「当然だろ! 俺たちは貴族だぞ!」
と、そこで地面に突っ伏して倒れていたジストが勢いよく立ち上がった。
魔力の回復が済んだのだろう。
「貴族の魔法ってのはそう言うものだ! 違うか!」
「間違っている、とまでは言いません。しかし、それも正しくはありません」
確かに貴族の魔法と言うのはそう言うものだ。
だが、その考えは古く、そのままだとこれからの先進的な魔法にはどうやっても追いつけない。
その見解はクリストフとも一致していた。故に、クリストフは貴族の観点外な授業を望んだのだろう。
「魔法とは、もっと自由であるべきです。『魔法とは、型に囚われず、常識を打ち破る、人類の英知』……と私はある方に教わりました」
俺がその人から魔法を教わったのは七年ほど前の話。
正直、二度とあの人の下で魔法を教わりたくはないが、内容は素晴らしいものばかりだった。
「ですから、決して一つの魔法に拘らないでください。多くの魔法を覚える権利が、皆さんにはありますから」
「だったら……だったら!」
と、ジストがタクトを振りかざす。まだ俺に魔法を当てることを諦めていないようだ。
「この魔法ならどうだ! 『大地よ! 強大な岩となり――」
ジストが大量の魔力を込めているのがわかる。恐らく、回復した全ての魔力を注ぎ込んでいる。
確かに、その魔法からは凄い力を感じる。先ほどまでの魔法とは一線を画す威力なのだろう。
……だが、俺には分かる。その魔法が、何を起こすのか。分析して、理解して、構築する。
即座に左袖からもう一本のナイフを引き抜き、魔力を込めて魔法を行使する。
――スペルインターセプト。
「『その力を打ち消せ』!」
その言葉とともに俺の魔法が発動し、集まった力が霧散した。
「なっ、どうして……」
ジストが再びの魔力切れで地面に突っ伏す。
……元気な奴だな。
「使ってくる魔法がどのような物か分かると、このような事もできるのです」
そう。この魔法を使うために必要なことは、相手の魔法を看過する事。
相手が使おうとした魔法に対して自身の魔力を使ってその魔法に強制介入。
呪文の発動を阻害して、魔法そのものを消し去ってしまうと言う強力な魔法。
だが、相手の魔法が分からなければ使えない上、一節詠唱で唱えられたら介入の隙も無い。
使いどころの難しい魔法でもある。
「皆さん、そんな顔をしないでください。私が今日ここに来たのは、その為なのですから」
生徒たちは今の光景を見て、意気消沈してしまったようだった。
ジストという生徒。態度が大きいだけではなく、それに見合った実力も持っていた事はこの実習でよくわかった。
そんなクラスでもトップレベルの魔法使いが手も足も出なかった、と言う事実は確かに堪えるのかもしれない。
「私が講義を任されたのは一週間。その時間を使って、皆さんには多くの魔法に触れてもらいたいと考えています」
さて、この一週間でどれだけの事を教えられるだろうか。
解説パートです、流し読みでも大丈夫です。
この章はちょっと解説パート多いかも。




