馬車にて~ソフィア編~
翌日。
俺はソフィアの乗る馬車に乗って学院へと向かっていた。
「ふふっ、普段は億劫な通学もレオンと一緒なら格別な者になりますわね」
「またご冗談を……」
「あら、冗談だとお思いですの?」
意地の悪い質問をしてくるソフィア。間違いなく彼女は俺が彼女にどう思われてるか分かったうえでこの質問をしている。
悪魔か? とは口には出せない。
「それはそうとソフィア様。私に聞きたいことがあったのでは?」
「またそうやってはぐらかして……まぁいいですわ。聞きたいことが四つほどあるの」
「ええ。答えられる範囲でしたら、どうぞ」
四つか……一体何を聞かれるやら。
「まずは一つ目から。昨晩、マグダと何を話していたの?」
「……どうしてそれを?」
いきなりこれだ。
どこで見ていたのかは分からないが……そもそも、何故それを知りたがるのだろうか。
「質問をしているのはこちらですわ、レオンさん」
「……ローゼンクイーン様の事について聞いていました。まず――」
ローゼンクイーンの魔法を公にするわけにはいかない。
主人を欺くのは気が進まないが、肝心な部分の情報は伏せて伝える。
ある程度のことを伝えると、ソフィアはひとまず納得してくれたようだった。
「まぁ、いいでしょう。二つ目は本日、学院で何をするのかを教えて下さらない?」
次は普通の質問か。助かる。
「今日はエメラダ様達、中等部の学生に講義を行おうかと思っています」
今考えている内容は魔法の形態変化に関する講義だ。
高等部には魔法の同時制御、大学部には魔法の詠唱破棄について講義しようかと考えている。
軽く講義の内容について語ると、
「そうですか、それはエメも喜ぶでしょう」
と、ソフィアは笑みを浮かべた。
その笑みは一人の姉としてとても柔らかいものだった。
「ちなみに、高等部にはいつ来ますの?」
「早ければ……そうですね、来週には行けるかと」
「お待ちしておりますわ♪」
先ほどの笑みとは打って変わって喜びの感情が溢れた笑みを向けるソフィア。
この笑みが最近少し怖い。
「それでは三つ目ですけど……レオンさん、オリエント領はご存じで?」
先ほどとは系統の違う質問だ。
頭の中に、セントリアから東の国に存在する小領地が思い浮かぶ。
「ええ、まぁ」
「では、過去にそこに長期滞在したことはございませんか?」
「過去に、ですか」
自身の記憶を遡る。
そう、俺は確かにあの時、草原で――
いや、あの時とはいつだったか。
記憶にノイズが走る。
ノイズが走る、と言うことは俺はオリエント領に行ったことがあるのかもしれない。
ただ、そこで何をしたのか。誰と会ったのか。
意図的に記憶を切り取られた、いや、抜き取られている俺には分からなかった。
「……申し訳ございません。実は……」
俺は自身の記憶喪失についてソフィアに告げる。
そう。俺は記憶の一部が無い。
「……そうでしたの」
だが、その失った記憶を取り戻そうとしたことは一度もなかった。
どうしてかは分からないが、取り戻す気にならないのだ。
恐らく俺が――記憶を無くす前の俺が、望んでそうしたのではないか、と思うからだ。
だから、今は何もしない。
「……なら、覚えていなくても仕方ありませんか」
ソフィアは悲しいような、諦めたような、少し嬉しいような、そんな顔をしていた。
「申し訳、ございません」
「ええ。ですがまぁ、一つ疑念が解消したので良しとします」
「その寛大なお心に感謝申し上げます」
納得できる答えは用意できなかったが……もし、用意出来たら彼女に話す機会はあるのだろうか。
「では最後の質問ですが……」
と、ようやく最後の質問か。
まだ学院への道の半分も進んでいないことに少し驚きながら、身構える。
そんなソフィアが目を輝かせながらした質問は、
「先日の賊と相対した時のことを詳しく話してくださる?」
という、好奇心十割な物だった。
……戦闘事となるとキャラが変わるな、ホントに。




