ローゼンクイーンの秘密 2/2
「勘違いすんじゃないよ。ヴィルフリート様もローゼマリアもローゼンクイーンの事は愛していた。決して捨てられたとかそういう目であの子を見るんじゃないよ」
「では、どうしてローゼンクイーン様は王宮から離れたのですか?」
「これは、ローゼマリアの遺言なのさ。お家騒動なんかに巻き込まれず、穏やかに過ごしてほしい……」
マグダが目を伏せた。
嫌な記憶を思い出した。そんな表情だった。
「……ローゼンクイーン様本人は、どこまで知っているのですか?」
「もちろん、全部さね。あの子は、全部受け止めたうえで、この家で暮らしている」
……そうだったのか。
彼女は自身が王族であることを鼻にもかけず、そして自分を卑下することもなく高潔に努めている。
もしかしたら、ローゼンクイーンが誘拐されたのは彼女の出自に由来しているのかもしれない。
そこでふと、マグダの「あの子」という言い方が気になった。
自身の仕えている主に対して「あの子」とは呼ばないだろう。
そこに、何か主以上の感情があるのだろうと読み取れた。
「そのローゼマリアという方は、もしかして……」
「……私の、実の娘さね」
「そう、でしたか」
ローゼマリアはマグダの娘、そしてローゼンクイーンはローゼマリアの娘。
つまり、ローゼンクイーンはマグダの孫娘?
「話したくないことを話させてすみません」
「いいよ、こんな物は年寄りの昔話さね。さて、私の話はこれで終わりだよ。ここまで話したんだ。アンタの話を聞かせてもらおうじゃないか?」
ここまでの話をマグダは包み隠さず話してくれた。
なら、次は俺の番だ。
「……納得が行きました。ローゼンクイーン様の出自。学院での魔法の挙動。これらを顧みるに……」
学院での魔法の挙動はある意味正しかったんだ。
その魔法は確かに炎の側面も持ち得る。が、故に中途半端な形で現出していた。
炎成らざる焔。聖なる力を携えた、この国の王になるべくして天から授かった魔法。高位四属性の一つ。
それは――
「失われし王の魔法。聖属性魔法が、彼女に宿っている可能性があります。」
「なんと、それは……」
*
昔々あるところに、天使の住む天界、悪魔の住む魔界、そして人間の住む人間界がありました。
あるとき、悪魔達は人間界を征服するために、侵略戦争を起こしました。
悪魔の力はすさまじく、人間界のほとんどは瞬く間に征服されてしまいました。
しかし、ある時一人の人間が立ち上がります。
聖女アグネス。
彼女は天からの啓示を受け、普通の人間には扱えない聖属性魔法を携え、人間を率いて悪魔に対抗しました。
勢いを盛り返した人間は征服された地を開放し、次々と悪魔を打ち滅ぼしました。
そして、最後には聖女の祈りによって人間界に顕現した女神様の力で、人間は世界を取り戻しました。
悪魔に勝った人間たちは最も苛烈な戦場となったセントリアに王都を立て、聖女を主とする国を建国しました。
その後も、聖魔法は子孫に受け継がれていき、受け継いだ子孫は立派な王になり、世界を導いたと言います。
この国の建国を物語った、よくある昔話だ。
後世の人間の手で脚色はされているだろうが、重要なのはその一部分。
『聖魔法は受け継がれていった』というこの部分。
事実、既に亡くなられた四代前の国王陛下は聖魔法を扱っていたそうだ。
記述の残っている範囲でも、聖魔法を操ったとされる王は複数人存在する。
だが、聖魔法の担い手がいなくなると、また新しい担い手が現れるはずなのだが、現国王陛下。そしてそのご子息にも聖魔法は受け継がれていない。
数年前に起こった政変もあって、このことに疑問を呈したアグネス教などは反王政活動を行っていたりもするが、それはまた別の話。
「つまり、アンタはローゼンクイーン様が聖属性を継承していて、次の王になるべきだ、とでも言うつもりかい?」
「いいえ。そうとまでは言いません。ただ、この事実が流布されるのだけは避けなければなりません」
このことが大衆に知れ渡れば大変なことになる。
聖女アグネスの魔法を受け継ぐ者こそが真の王である、などと活動しているアグネス教に担ぎ出されるかもしれなければ、虎視眈々と王族の座を狙う一部貴族に狙われてしまう可能性もある。
更に、王宮内でのパワーバランスも大きく変わってしまうだろう。
「協力していただけますか?」
だが、このことに気づいているのは幸いにも俺だけだ。
ローゼンクイーンに近しいマグダと協力することができれば、情報が流布することは避けられるはずだ。
「……いいよ、それに協力しない理由はないからね」
マグダはそこに、でもね、と付け加えて、
「ローゼンクイーン様に会ってからまだ間もないアンタがどうして聖属性を持っていることに気づいたんだい?」
俺の話の中で一番の疑問点であることを聞いてきた。
確かにそうだ。
まず、聖属性魔法を見たことがある人間なんて通常であれば存在しない。
そして、そのなり損ないを見たところでそれが聖属性魔法である、などと看過するだけの鑑識眼を持っているのはおかしい。
が、これにも事情がある。俺がなぜ聖属性魔法に詳しいのか。それは――
「それは……言えません」
――まだ、言えない。
これは約束であり、保身であり、俺達の根幹に関わる部分だからだ。
「ですが、ローゼンクイーン様の平穏を守りたい気持ちは本当です」
俺を訝しむマグダの目をまっすぐに見つめる。
「信じて、いただけませんか?」
「……わかったよ。アンタのことは今は聞かないで置いたげる」
ハァ、と諦めたかのようにため息をつくマグダ。
今日はひとまず不問になったようだ。
だが、そう遠くない未来、俺は俺自身のことを話さないといけなくなるのだろう。
そんな気がした。
「ただ、これだけは約束してほしい。ローゼンクイーン様を裏切るような真似だけは、やめとくれ」
その願いに、俺は勿論です、と頷いて心に誓った。
今回は中々難産でした。
よろしくお願いします。




