貴族院学長 クリストフ
朝。
豪華な貴族院の中でも一際大きな部屋で、朝の例会が開かれていた。
規律の保たれた少しピリピリとした雰囲気の中、連絡事項が淡々と報告、共有されていく。
その会の最後。厳つい顔をした男が一枚の紙を持って立ち上がった。
「最後に学長。面会希望が来ておりますが」
「面会? 今日はそんな予定なかったよね」
「ええ、つい先ほど来たものでして。今すぐに会いたいとのことです」
その言葉に学長と呼ばれた男は顔をしかめた。
普通であれば、面会希望は最低でも三日以上前に出すものだ。
それを当日、しかもすぐに会いたいなどと言うのは以ての外だ。
「貴族的じゃないねぇ。一体どこのボンクラからだい?」
「は。それがどこかの家の執事の様でして……」
「ふぅん。大方、裏口入学の頼み込みとか、成績に文句を言いに来たとか……」
「なんでも、『カーツ教官の弟子といえば分かるはず』とのことですが」
「……なんだって?」
*
連絡を取り次いでから一刻ほど。
俺は貴族院内の応接室に案内されていた。
「ご無沙汰してます、クリストフ学長」
「久しぶりだねぇレオン君。不逞の弟子が迷惑をかけていないかい?」
髪は白髪なものの、若々しい顔に言動と姿勢。
纏っているローブに付けられた勲章は彼のこれまでの実績を物語っている。
この人はクリストフ。
貴族院の学長にして、あのカーツ教官の師匠だ。
言わば俺はこの人の又弟子にあたる。
……まぁ、俺は教官の弟子になったつもりはないのだが。
「フィーネが嘆いていますよ。『カーツ教官が仕事しない!』って」
「ハハッ、彼はいつも研究から逃げていたからねぇ……その癖成果だけは出すから腹立たしかったけど」
「全くです」
二人で笑いあう。この人もカーツ教官には悩まされていたようだ。
「それで、今日はそんな恰好で急にどうしたんだい?」
そんな恰好、とは俺が今着ている執事服のことだろう。
「実は先日から、リヒテンベルク家に仕えることになりまして」
「ほう! それは凄いね! 確かに君はかなりの魔法の腕だったしね。あのリヒテンベルク家に登用されるのも納得というものだよ!」
まるで自分のことのように喜んでくれる。
ここまで喜んでもらえると、俺も嬉しい。
「全く、あのカーツにこんなに有能な研究生がフィーネ君も合わせて二人も付いてるだなんてズルいよね! 君たちがあの時頷いてくれれば即直属の……おっと、話が脱線しちゃったね。それで、君がリヒテンベルク家の執事になったってところからだっけ?」
凄い勢いで話しかけられる。
口数があまり多くないカーツ教官とは全く違うタイプの研究者だ。
「ええ。それで、リヒテンベルク家の公女がこの学院に在籍しているのはご存じですか?」
「勿論だとも! ローゼンクイーン君にソフィア君、それにエメラダ君だろう? 特にソフィア君は教官の間でも話題だよ! 『この学校始まって以来の才女』とか!」
あの年で二重詠唱を使える魔法使いは希少だからな。
それだけの評価も納得がいく。
「ええ。それで先日、当家に賊が入りまして」
「……ほぅ? それは初耳だね」
「少々情報規制していまして。結果、ローゼンクイーン様は誘拐未遂。犯人達は私が一人を除いて殲滅する形で終わりました」
「流石レオン君。それで?」
「今当家は警戒態勢を敷いていまして。もし可能でしたら当家の三人を警護する許可を頂けたらと」
「……なるほどね。事情は分かったよ」
クリストフは顎に手を当てて考えている。
が、数秒ほどで考え終わったようだ。
「うん、許可しよう」
「ありがとうございます。では――」
「でも、ひとつだけ条件を」
彼は人差し指を立てて、そう言ってくる。
こういった事はギブアンドテイクが基本なので、当然だ。
「私にできることなら何でも言ってください」
「心強いねぇ。条件は、ローゼンクイーン君、ソフィア君、エメラダ君の学年に対して一回ずつ講義を行うこと。それでどうだい?」
「……私が講義を?」
それは意外な提案だった。
てっきり研究成果の受け渡しとか、そういう物を要求されるかと思った。
「うん。同じ講師陣から講義を受けていても新しさがないからね。生徒にはもっといろいろな視点を持ってもらいたいんだよ」
「つまり、貴族の観点外な授業を行え、と?」
「そういうこと。期待しているよ? 『指揮者』殿?」
「……その呼び方は勘弁してください」
『指揮者』。
大学に入ってから初めての魔法舞踏会で少しやりすぎてしまったことで俺に付いた二つ名。
個人としては不満しかないのだが……定着したものを払しょくするのは難しい。
一体誰が広めたのやら。
「でも、そう呼び始めたのは僕だしねぇ」
「アンタかい!」




