襲撃 2/2
「――これで終わらせる。『独奏』」
詠唱とともに二本のナイフの柄同士を連結させ、野盗に投擲する。
三人の野盗の中心に到達すると、ナイフから発せられた風の檻に野盗たちが閉じ込められた。
「! なんだ!?」
「『二重奏』」
檻から出てきたナイフにすかさず転移。
そのナイフに詠唱をしながら再び投擲。
ナイフは炎を纏い、風に炎の魔法が混ざる。
「ぐあっ!」
「『三重奏』」
先ほどと同様に、ナイフの元へと転移し、詠唱しながら投擲。次は地魔法だ。
「『四重奏』」
切り刻む風、燃やし尽くす炎、打ち砕く地。
そこへ突き貫く水を加える。
これで最後だ。
炎、水、地、風、空の五属性を融合させた俺の切り札――
「『魔法五重奏』!」
最後に放たれた空属性魔法がそれぞれの魔法を増幅、暴走させる。
それはナイフに込めた魔力が尽きるまで続き、そこに在ったモノは全て消失した。
共鳴魔法。
通常、異なる術者が異なる魔法を合わせて放つ技だ。
その威力は何倍にもなる代わりに、魔力の波長を極限まで合わせなければ上手くいかず、実用性は薄いとされていた。
が、俺は自分の魔法を同時に五種類制御し、その魔法を同調させて共鳴魔法を実現していた。
地面に落ちたナイフを回収し、連結を解除したところで、俺は膝をついてしまった。
「ハッ、ハッ……」
身体中が悲鳴を上げている。
無理もない。
この魔法は無茶に無茶を重ねているため、行使した後の反動が大きい。
更に屋敷での回復魔法、追跡魔法、移動魔法と魔力を使いすぎて、自分の体力を回復させるのもままならない。
だが、これで――
「そうか。お前が【指揮者】レオンか。死にかけたぞ」
「!」
すると、右腕を失ってはいるもののまだ生きている団長と呼ばれていた男が俺の後ろから現れた。
あの魔法を受けて生きているとは、とても信じられなかった。
「この勝負、預けておく。悪いが、今日は引かせてもらうとするさ」
「待て!」
身体に鞭を打ち、男にナイフを投げつける。
が、男は剣を掲げ、何かの魔法を行使した。
「待てと言われて待つ悪党が、どこに――」
と、捨て台詞の途中で起動する転移魔法陣。
空を切るナイフ。
「……クソッ!」
逃げられた。
男の痕跡を軽く調べるも、転移先の記録はほとんど残っておらず、足取りは掴めなかった。
「いや、今はローゼンクイーンが優先だ」
調べる手を止め、ローゼンクイーンが監禁されていると思われる魔導車へ向かう。
後ろの鍵のかけられた扉を開けると、そこには少し乱れてはいるものの、燃えるような緋髪をした少女、ローゼンクイーンの姿があった。
「お嬢様、無事ですか?」
「……して」
「?」
「どうして、私なんかを助けたの!」
ローゼンクイーンは目を腫らして、泣いていた。
「私なんて放っておいてくれてよかった……! 貴方には酷い態度を……それに、そんなにボロボロになるまで……!」
「そんなことは……」
「マグダだって、オスカルだって、私のせいで傷ついて! 私なんて、いないほうが……!」
……そうか。この少女は、優しいんだ。
他者を寄せ付けない普段の振る舞いは、自分と関わったことで相手が不幸になることを防ぐための鎧。
本当は誰よりも慈悲深くて、温かい心の持ち主なんだろう。
他人のために泣いているその涙が、何よりの証拠だ。
「それは違います、ローゼンクイーン様」
だが、彼女は間違っている。
彼らは決して、ローゼンクイーンのせいで傷ついたわけじゃない。
「彼らは、『いま出来る最善の対応』をしたんです」
そう。執事として、メイドとして
「それは、貴女がいないと成り立ちません」
彼らを動かしたのは、ローゼンクイーンへの忠義心に他ならない。
「だからきっと、彼らはこういうはずです。『貴女が無事で良かった』、と」
「……!」
そこまで言うと、ローゼンクイーンは俺の胸に顔をうずめた。
「お嬢様?」
「……今は、顔を見られたくないの。もう少しだけ、このままでいさせて頂戴」
「……かしこまりました」
そのまま幾ばくかの時間が流れると、彼女の震えは止まった。
「それと……」
「どうされました?」
そして、ローゼンクイーンは顔をこちらに向けないまま、少し照れ臭そうにこう言った。
「……ありがとう」
顔は見えなかったが、その声は普段のローゼンクイーンの声よりも、少しだけ優しかった。
第一章、完です!
次話からは新しい章となります!




