詰み
五月蠅い。耳障りだ。
『貴女は――の恥――!』
五月蠅い五月蠅い。
『――なのよ!貴女さえ――』
五月蠅い五月蠅い五月蠅い。
私は好きでこうなったんじゃない。
私は自由でありたかったのに。
私はどうしてこうなったのか。
私は――
*
「起きたかい? お嬢さん?」
髪を引っ張られる感覚で目が覚めるといつもの部屋ではなく、どこか薄暗い部屋の一室だった。
部屋の中には私に声をかけた中年の男と、比較的若い男が三人いた。
他には天井から吊り下げられている古い蛍光スフィアと、小さな窓くらいしかなく、その窓の先にも男が一人いるようだった。
「……ええ。最悪の目覚めだわ」
手と足には錠がつけられており、身動きが封じられている。
更に、錠の中央にはスフィアが取り付けられており、恐らく魔法を封じるなにかだと推測できた。
だが、封じたところで……
「そりゃ何より。大したもてなしも出来なくて悪いが、お嬢さんにはちょっと付き合ってもらうぜ?」
部屋、とは言ったがガタガタと揺れていることと男の言葉を顧みるに、ここは車の内部のようだ。
「要するに、私は攫われてるのね。何が目的? お金?」
「状況の呑み込みが早いこって。俺たちはお嬢さんを連れてくるように命じられただけだ。どう言う意図があるのかは知らん」
「そう。随分と飼い主に従順な犬なのね」
内心は今にも叫びたがっていたが、虚勢を張って自分を律する。
「悪いが、それくらいしか取り柄が無いもんでね」
私の皮肉にも目の前の中年は飄々とした態度を崩さない。
余裕たっぷり、と言ったところだ。
「団長! こんなガキに言わせておいて良いんですか!」
だが、若い男はそうもいかなかったようで、私の挑発で頭に血がのぼっているようだ。
その調子で余計な情報を喋ってくれれば御の字なのだが。
「抑えろ。こいつに何かあったら俺たちの首があぶねぇ」
「ですが!」
団長、と呼ばれていた男が若い男を諫める。
だが、若い男はそれで収まらず抗議を続けていた。
「ですがもにっちさっちも無いんだよ。分かれよヘルゲ?」
「……は、い」
空気が変わった。
団長は表情を崩さず、ヘルゲの方を向いている。
だが団長からは威圧的な何かが発せられており、それがヘルゲを圧迫しているのだ。
「悪いな。変なもの見せて」
「いいえ。悪いと思うなら、私を開放したらどう?」
「それだけは出来ねぇなぁ……代わりに、俺が面白い話でも聞かせてやろうか?」
「結構。これ以上気分を害されるのは嫌だもの」
なるべく表情を表に出さないように冷徹に振る舞う。
恐らくこの団長という男には見抜かれているのだろうが、せめてもの抵抗だ。
「手厳しいねぇ……おい! あとどのくらいだ!」
「はい! 一時間弱かと!」
「だ、そうだ。暇だとは思うが、まぁ勘弁してくれ」
あと一時間。
残念ながら私にはその時間でどこまでの場所に連れていかれるかを把握するだけの能力はない。
もし仮に拘束を外せたとしても、私はこの眼前の男たちに勝てない。
助けに来る可能性のある人は恐らく私を連れ去るときに全員……
「……そう、わかったわ」
これは詰みだ。
いつの日かこうなることは分かっていた。
国に蔑まれ、親から見放され、居場所のなかった私はこうなる運命だったのだ。
「ところで、私の髪を引っ張っている不届き物はどなたかしら? ご挨拶したいのだけれど」
「ん? 今お前に触っている奴はいないはずだが」
それは妙だ。
私は髪を引かれる感覚で目を覚ました。
その感覚は今も続いている。
だが、今私の髪を触っている奴はいないらしい。
じゃあ、この感覚はなんなの?
そんなことを考えていると、それは飛来した。




