ローゼンクイーンの危機
「……ぉぉぉおおおっ!」
ほどなくして、リヒテンベルク邸が見えてきた。
速度を落とすために、魔力をセーブする。
が、魔法で加速している俺の身体はそう簡単に止まらない。
そして、速度が収まるまで待つほど時間の猶予はない。
「仕方ない。『大地よ、祝福をもたらせ』……耐えてくれよっ!」
土魔法で身体能力を強化し、袖口のナイフを地面に投げつける。
そして、投げたナイフに空魔法を使い転移する。
俺の身体が地面に引っ張られ、ドゴォォォン、という轟音とともに地面に激突した。
庭には小さなクレーターとも呼べる穴が出来上がり、周囲の草木は風の衝撃で酷い有様になってしまった。
「……右腕の骨が折れたな。服もヨゴれだらけだ。まぁ、それだけで済んだのは僥倖か」
制御できない精霊魔法を無理やり解除したのだから、これくらいは必要経費だ。
「さて、屋敷の様子は……」
痛みをこらえながら、意識を集中させて屋敷の中の魔力を探知する。
「これは……薄い魔力が散布されてる。水か風の魔法だな。若干の土属性も感じる。随分高度な魔法だな……そして魔力が停滞している箇所がチラホラと。これは人が倒れてるのか、隠れてるのか……」
どちらにせよ、何かあったのかは間違いない。
近くの窓を割って侵入を試みる。
「うぉっ!」
割った窓から薄ピンク色の煙が漏れ出してきた。
「これは……ガスか!」
毒となる物をを風魔法に混ぜ込み、人に害をなす強力な魔法だ。
一般には教えられない、禁じられた魔法の一つでもある。
「『風よ、我に纏え』」
風を纏って、ガスが口に入らないようにし、廊下から改めて屋敷に入る。
「酷いな……」
廊下を走りながら、誰かいないか探索する。
が、ここまでガスが散布されているのに、屋敷自体は荒らされていない様子だった。
更に襲撃者の姿もなく、屋敷は静かなものだった。
階段を駆け上がったところで、一人、メイドが倒れているのを発見した。
「エレンっ!」
エレンの傍には料理を運ぶ台車と、食器類が散乱していることを見ると、給仕のために料理を運ぼうとしていた最中に倒れてしまったようだ。
右腕の痛みを我慢しながら、エレンの身体を起こす。
「すぅ……すぅ……」
「魔力の流れは問題なし。脈拍も安定してる。安らかな寝息。と、言うことは……寝てるだけか?」
すると、このガスの正体は睡眠ガスか。
命に関わるような物じゃなくてすこし安心した。
「『炎よ、熱き力を灯せ』……エレンさん、起きれるか?」
「んっ……れ、オン……?」
火属性の体力回復魔法で起床を促すと、エレンは眠そうにしながらもゆっくりと瞼を開けた。
「簡単でいい。何があった?」
「えっと……急に眠くなって……いや、ローゼンクイーン様に昼食を……」
意識が朦朧とするのだろう。
若干言葉が怪しいが、重要なワードを聞いた。
「ローゼンクイーン様? 今日は学校のはずじゃ?」
「馬車が壊れて、お戻りに……」
怪しい魔導車、馬車の破損、この状況。
「狙いはローゼンクイーン様か!」
「狙い……?」
「エレン、悪いが急ぎだ。ちょっとだけ我慢していてくれ」
エレンに自分と同じ風魔法をかけて立ち上がる。
「大丈夫、もう起き上がるくらいなら」
「無理はするな。だけど、他のメイドの様子を見てもらえると助かる」
「わかった。ローゼンクイーン様は自室にいるはずだから、気を付けて」
エレンと別れてローゼンクイーンの部屋までの道を駆ける。
途中、二人ほどメイドに火魔法と風魔法をかけてからほどなくしてローゼンクイーンの部屋に辿り着いた。が、カギがかかっていて開かない。
「緊急事態なんでな!『大地よ』!」
地属性魔法で足を硬化をして、バン、とドアを蹴り破る。
「……遅かったか!」
中には横たわるマグダとオスカル、そして無残に割れてしまった窓。
ローゼンクイーンの姿は、そこにはなかった。




