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執事とお嬢様の魔法五重奏《マジカルクインテット》  作者: 幻馬
第一章 リヒテンベルクの人々
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報告、そして疑念


「失礼します」

「ノックくらいしろ……ってレオンか。戻って来たんだな」

「ええ。家令の人から暇をいただきまして」

「結構なことだ。俺も休みが欲しいわ」

「教官は年の八割休んでるでしょ!」

「なんだフィーネもいたのか。レオンの部屋掃除しに行ったんじゃなかったか」

「終わりました! その仕事押し付けたのも教官ですけどね!」

「あー聞こえない聞こえない」


日頃のうっ憤を晴らすが如くまくし立てるフィーネ。

こんなやり取りを聞くのも久しぶりだな。


「……丁度、そこに新しくできたカフェの一日百個限定ケーキが三個あるので、お茶にでもしませんか?」

「さすがレオン! せっかくだから、そこの棚の二段目の一番右奥の木箱の中の二重底の下に教官秘蔵の紅茶があるからいれるね!」

「おい待てフィーネ。どうしてお前がそのことを知ってる」


フィーネが備え付けのポットでお湯を沸かす。

やろうと思えば魔法で作れなくもないが、フィーネはこだわるタイプなので魔法で紅茶を淹れようとはしない。


「で、だ。簡単に報告してもらっていいか?」

「ええ」


紅茶が入るまでの間、カーツ教官にこれまでの事をかいつまんで話す。

仕事のこと。姉妹のこと。環境のこと。

まだ使えるべき主の半数に認められていないこと。


「なるほどな。お前らしいと言えばお前らしいやり方だ」

「ですが、もっといいやり方があったように思います」

「研究者ならつゆ知らず、教育者と執事としてのお前はまだまだ初心者だ。これからやり方を見つければいいさ」

「ありがとうございます。それで、領主にまだ直接屋敷で会ったことがないのですが……」

「あー……あの人も多忙だからな。それに、大まかなことはその家令の人が伝えてるだろ」

「それもそうですね。それと……」

「お茶が入ったよ!」


と、そこでフィーネからの横やり。

まぁ急ぐ話でもない。一息入れよう。


「ありがとな」

「まったく。俺のとっておきを……お、上手いなこのケーキ」

「秋の新作だそうですよ。ベリーがどうとか」

「う~ん美味しい! レオン、よく買えたね。いつも開店直後になくなっちゃうのに」

「まぁ、ちょっとな」


実は屋敷で領主特権で取り寄せた品なんだが、そのことは黙っておく。


「でもさー。レオンがちゃんと働いてるなんて不思議だな」

「なんでだ?」

「だってレオン、あんなに仕事蹴ってたじゃない」

「騎士団はともかく、魔法書院なんかは確かに魅力的な仕事だったさ」


これは事実だ。一瞬だけスカウトを受けようかとも思った。


「じゃあ、どうして蹴ったんだ?」


カーツ教官も聞いてくる。

今の仕事を紹介してもらった以上、答えないわけにもいかない。


「権力闘争は、もうゴメンなんです」

「……そっか。もう今は”レオン”だもんね」

「そんなことだろうとは思ったぞ。上層部はドロドロだしな」


カーツ教官はこの学校の初等部からの付き合いだし、フィーネはもっと前からの付き合いだ。

俺の過去も知っている。


「ええ。そして、出来ればお嬢様方にも関わって欲しくない」

「驚いた。レオンからそんなセリフが聞けるなんて」


まだ二週間程度の付き合いだが、ローゼンクイーンもソフィアもエメラダもアンもいい意味で貴族らしくない。出来れば、このまま何事もなく好きなことをやってもらいたい。


「俺にも色々あったんだよ。そういえば、この後何か用事あるか?」

「ううん。カーツ教官に押し付けられた仕事以外は特にないよ?」

「押し付けたわけじゃないぞ? 手が空いてそうな人間に仕事を振っただけだ」

「教官……」


教官は相変わらず教官なようだ。


「用事が無いなら、ちょっと買い物に付き合ってくれないか? 日用品を買い足したいんだが」

「いいよ! レオンと買い物に行くのも久しぶりだしね」

「助かる。それじゃ早速――」



――見落とすな。



突如頭の中に声が響いた。

この感覚には覚えがある。

アイツだ。

つまり、ここが分岐点だ。


「『■■■の権能。我が目に宿りてその道を示せ』」

「きゅ、急にどうしたのレオン?」


裏技を使って自分の感覚を研ぎ澄ます。

視野が急激に広がり、情報が一気に脳内に入ってくる。

感覚と情報をすり合わせて目標物を探す。

本棚――違う。散らかった机――違う。窓の外――違う。ゴミ箱――これか。

魔法を切って、ゴミ箱に近寄る。

中には紙屑、袋ゴミ、ホコリ、そして、


「これは、新聞か?」

「昨日の夕刊だな。特別目立ったニュースは無かった気もするが……」


記事を流し読みしていくうちに、目的の記事を見つけた。


「『弊社の魔動車が盗まれました。見かけた方は、クラウス園芸店まで……』」

「あ! それ知ってるよ! 確か大型の魔動車が盗まれて、まだ見つかってないんだよね」

「園芸店の……大型魔動車……」


つい最近、そんなものを見た記憶がある。

写真が小さく見辛いが、恐らく同タイプのものだ。

猛烈に嫌な予感がする。


「……フィーネ、その大型魔動車は普及してるのか?」

「ううん。まだ出たばかりだし、値段も高いし、そんなに数を見るタイプじゃないかな」

「なるほど分かった。すまんが急用が出来た。またな」


それだけ言ってドアを蹴破り、魔法で速力を増幅させてリヒテンベルク邸に戻る。

杞憂だといいんだが……


「ちょ、ちょっと待ってよレオン!『風よ!』」


後ろからフィーネが追いかけてくる気配がする。

丁度いい。万が一に備えて付き合ってもらうか。


「……どうしてお前らはドアを閉めていかないんだ」


カーツのぼやきは、誰の耳にも届かなかった。

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