エメラダとラザニアと 1/2
お待たせしました。
ようやく私事が落ち着いたのでぼちぼち投稿を再開していきます。
「ほら、早く作るですよ」
「エメラダ様、今は他のメイドが夕餉の支度をしている最中なのですが……」
キッチン内ではエレンをはじめとしたキッチンメイドたちが世話しなく動いていた。
「なんですか。主人の命令が聞けないですか?」
鋭い目つきで俺を睨んでくるエメラダ。
これは俺が折れるしかないか。
「……かしこまりました。作らせていただきます」
「それでいいです」
「ただし、一つだけ条件があります」
「条件、ですか?」
「私が夕餉の支度を手伝うことをお許しください」
流石にこの状況でお菓子を作るのでコンロを貸してください、などと言えるわけがない。
「……いいですよ。お前の実力を測ってやるです」
「ありがとうございます」
エメラダの許可は得たので、エレンのところに行って指示を貰うことにする。
「エレンさん、手伝いを……」
「(ちょっとレオンさん! どういうことなの!)」
グイっとエレンに袖を引っ張られ、可能な限り大きな声で問いただされる。
「(すみません。どうにも厄介事を引き込んでしまったようです)」
「(エメラダ様は料理の事となると非常に手厳しいお方なんだよ! 味について言われるならまだしも、エメラダ様に見られながら調理だなんて無茶だよ!)」
今にもうがー! と暴走しそうなエレン。
「(……そんなに手厳しいお方なのですか?)」
エメラダが料理に対して厳しい、というのは少し聞いていた。
「(少しでも料理に粗があったら「焼きが甘いです」「煮詰めすぎです」「葉に火が通り過ぎです」みたいに細かく指摘してくるんだよ! 作ってる側からしたらヒヤヒヤものだよ!)」
確かに、自分の主人が「この料理はマズい」と言ってきたらクビを覚悟するだろう。
「(わかりました。自分の厄介事は自分で片づけます。少しだけスペースを貸してもらってもいいですか?)」
「(……まさか自分で調理するつもり?)」
「(はい。それなら、エレンさんたちに迷惑も掛からないでしょう)」
「(無茶だって! 料理長の料理でさえ満足したことのないエメラダ様だよ!)……ってレオンさん!」
そうと決まれば早速調理に取り掛からねば。
今からコース料理を細かく仕上げている時間はない。
と、すると一品料理か……。
*
変わったヤツです。
料理を作る執事なんて聞いたことが無いです。
料理をするのはメイドの仕事。
貴族社会の常識です。
そもそもアイツはなんなんですか?
突然屋敷にやってきて、いきなり執事だなんて。
それも教育係。
前の教育係も、その前の教育係もロクなヤツじゃなかったです。
『貴族には庶民を導く義務があるのですヨ!』
だの、
『貴族たるもの、一流の魔法を身につけねばなりません!』
だの。ウンザリです。
貴族だからなんなんですか。
高貴な血がなんなんですか。
貴族は嫌いです。
自分の事ばかり考えて、弱い人に手を貸そうともしない。
ソフィア姉様も、ロゼ姉様も、アイツもきっとそんな考えに違いないです。
それにしてもキッチンなんて久しぶりに入ったです。
昔は、もっと……
「さぁ出来ましたよ、エメラダ様」
*
「……なんですか、これ」
完成した料理をエメラダの前に運ぶ。
周りのメイドがザワザワとこちらを見ている。
焼き色の着いたベシャメルソース。
平たいパスタの上にかかった芳ばしい香りのミートソースと程よくとろけたチーズ。
「ラザニアです。どうぞお召し上がりください」
「そんなこと知ってるですよ! 問題は……」
まぁ有名な料理だしな。ただし……
「……こんなの、ただの家庭料理じゃねぇですか! お前、私を誰だと思ってるですか!」
有名な家庭料理だ。
間違っても貴族に出すような料理ではない。
だが、今出来る最善の料理なはずだ。
「いえ、このラザニアはエメラダ様だからこそ作った料理ですよ」
「わたしが! 庶民だとでも言いたのですか!」
「そうではありません」
「じゃあどうして!」
怒気をこれでもかとぶつけるエメラダ。
それだけ屈辱だと感じているのだろう。
「食べていただければ分かるかと。もしも満足していただけなかったら、私を好きなようにして構いませんので」
「そこまで言うだけの価値が、この料理にあるとでも?」
「ええ。少なくとも私はそう信じています」
「……わかったです。そこまで言うなら食べてやるです」
神に祈りを、と言葉を紡いでからエメラダがラザニアをスプーンですくって、一口。
「お前、これは……?」
補足・この世界のコンロは発火スフィアを使ったものを指します




