お説教
「あら、もうこんな時間ですか」
時間を忘れて復習に没頭していたので、すっかり日も落ちてしまった。
「間もなく夕食の時間ですし、戻りましょうか」
「そうしましょう。レオンさんはこれからどうするのですか?」
「そうですね……お嬢様方の給仕をするのは確かです」
「ふふっ。なら、私のところに来てくださるんですね?」
「それはまだ何とも……」
と、終始ソフィアのペースで会話をしながら、屋敷のホールまで戻ってきた。
「さてと。大変有意義な時間でしたよ、レオン」
「この身に余る光栄にございます」
どうやら、さん付けタイムは終了したようだ。
どんな基準があるのやら。
「それでは失礼しますね」
スカートの裾を摘まんで優雅にお辞儀をすると、階段を上がって去ってしまった。
随分と機嫌が良かったな。
他の姉妹もアレくらい機嫌が良ければな……
「何を廊下で立ち尽くしているのですか?」
「あなたは……マグダさん?」
「おや、覚えておいででしたか」
通りかかったのは長女、ローゼンクイーンの専属メイド、マグダだった。
「これは失礼しました。少々考え事をしていたもので」
「いえ、別に迷惑だった訳ではありません」
「ありがとうございます。ところで、マグダさんはどちらに向かわれるので?」
「私ですか? これからお嬢様が夕食をお取りになるので、その給仕の準備をしているのです」
なるほど。しかし、一人分とはいえ、それを準備するのは大変ではないだろうか。
「もし良ければ、給仕を手伝わさせて頂けませんか?」
あわよくば、ローゼンクイーンに取り次いでもらえるかもしれない。
そんな打算的な私情も兼ての提案だ。
「お断りします」
……バッサリだ。
「理由を聞いても?」
「ええ。まずはお嬢様の信用。来たばかりの貴方ではまるで足りません」
それはその通りだ。
まともに挨拶も出来ていない人間を信用するわけもない。
寧ろ、ソフィアが初日であそこまで好意的なのは何故なのだろうか。
「次に、貴方のお嬢様に対する知識。お嬢様の好きな紅茶の銘柄は? 趣味は? わかりますか?」
……これもその通りだ。
執事たるもの、ベターな行動ではなくベストな行動を取らなければいけない。
エメラダにハーブティーを出した時も、喜んでくれたから良かったものの、もしもハーブティーが嫌いだったらどうしたのだろう。
「そして最後に、この屋敷についてです」
最後は屋敷全体、と来たか。
「貴方はこの屋敷が複雑な事情で成り立っていることはご存知ですか?」
「少し、ですが」
オスカルの表情やソフィアから聞いている範疇でしか知らない。
「少しでは駄目です。しっかりと理解したうえで、お嬢様方々の給仕をしてください。しないのなら、貴方の何気ない言動がお嬢様を傷つけるのかもしれないのですよ?」
「……おっしゃる通りです」
「わかればよろしい。では、私はこれで」
そう言うと、マグダは老齢ながらスキ一つない流麗なお辞儀でこの場を去っていった。




