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「...もう少しゆっくり歩いてくださるかしら。
私、こんな距離を歩いた事ありませんの。」
仮にも淑女を乱雑に引っ張りすたすた歩く(罪人だけど)先程馬鹿にしてきた茶髪の兵士にそんなことを言えば、今度は鼻で笑われた。
「流石お貴族サマは違うな。自分が何もしなくても、周りが全てやってくれる。...そのくせそれが当たり前で、感謝の心なんて微塵も持ちあわせちゃいない。」
私は思わず、ぐっと言葉に詰まってしまった。
私はそうではないと思いたいけれど、でも身分至上主義の貴族は多い。...いや、むしろそれが当たり前の考えになってしまっている。平民の間でも、それは言えるだろう。
「...おい、そこら辺にしておけ。仕事中だぞウィル。」
そういって茶髪の兵士...ウィルを止めたのは、城に来たとき私を睨んでいたお父様くらいの年の兵士。
「...スミマセン。」
上司にはしっかりしてるんだなー。
まあしかめっ面で愛想悪いけど。
「...オイ、お前今失礼なこと考えてただろ。」
「...そんなことありませんわ?何を言うの。」
やっぱリーナに習った令嬢スマイルってこういう時に役立つな!流石リーナ!
...実際ここにリーナがいたら、盛大に呆れ返られていただろうけれど。まあそれはそれ、これはこれ。
「さあ、ついたぞ。ここがお前の牢だ。」
「...まあ、立派な牢屋ですこと。」
うわ...分かってたけどボロいなぁ。
石づくりの、如何にも頑丈なだけが取り柄です!みたいな顔した1LDKくらいの牢屋。
ホコリやカビや汚れで満ち満ちていて、ベッドは硬い汚いボロい脆いの四拍子が揃った特別仕様。
あるだけマシなんだけど。
「...別の部屋でお願いしまーー」
ガッチャン。...
「じゃあな。」
うわ素っ気ない!いや私罪人なんだけどね?
分かってるけど!!
足音はどんどん遠のき、辺りが静まりかえった。
「...。」
マジかぁ...これはいかに私が元・庶民でもちょっときつくないか。空気悪いし。上の方にある鉄格子のはまった窓からしか光こないし。
鍵が掛かっていると思うだけで何となく閉塞感がある。...視界の端に、人間の白骨があった気がした。...まあ気のせいだろう。
私は前に一度死んでいるわけで、こうして二度目の生を生きられただけでも十分奇跡だ。
それだけでカミサマとやらに感謝したって良いくらい。...と、頭では分かっているのだ。
だけれども。二度目の生で私が記憶を取り戻したのは、ついこの前。いきなりこの展開って、どんな鬼畜だ。私はそんな潔く出来てない。
「...へーえ?じゃあもう手っ取り早く、今逝っとく?」
「...っ!!?」
突然現れた強烈な殺気。底冷えするような、その声音。
喉元にナイフをあてられた私は、抵抗などする術もなく。
「貴方は...誰。」
突然の事に、声が震えた。体中から汗が噴き出す。頭はそれでも、冷静でいようとする。
少しだけ涙が浮かんだ目で、背後の男を少し見上げた。
「誰って...この状況でそれ聞く?」
すぐに殺す気がなかったのか、青年は私と目があってもナイフを使うような事もなく、可笑しげに笑う。
「...大事な事でしょ。貴方は私を、殺すために来たのよね。」
「...さあ、どうだろう。」
誰の依頼で、とか、そんなことを訊いている場合ではない。
...思い出したのだ。彼は恐らく、小説の中でほんのちょっとだけ、ある一つのシーンにだけ出てきた人物。オーレンがレイラを救おうと躍起になっていたとき、彼がやっとの事で探しだしたある青年。裏の世界に名を馳せる希代の天才、リアン=ウィスタルホード。
と、いうことは。
「っ貴方、魔法使いってこと!?」
あ、...やっちゃった。
リアンの目に一瞬、驚愕と困惑の色が浮かぶ。
そしてそれはすぐ、警戒に変わった。
「なんで君が、そんなこと知ってんのかな?」
これはちょっとヤバい。頭の中が真っ白になる。
私の手を易々と片手で拘束したリアンは、そのまま私を壁に押さえつけるようにして、そんなことを言う。顔は笑っていても、目が一切笑っていなかった。
「...え、えっと...!」
...これ、どうしよ...?