88話 男爵は新しい陸戦艇に心弾んだ
マノックは現在、古びた薄暗い地下の巨大な部屋にいる。
そこはガンビアにある軍の古い倉庫である。
使われなくなった古い武器や乗り物などが保管してあるとの情報を、捕虜のゴブリンから聞いたのだ。
マノックの前方には直径15㎝ほどの光の玉が浮いて、暗い倉庫内を明るく照らしている。雷系の初級魔法の一つでライトと呼ばれるものだ。
「すげえぜ、宝の山じゃねえか……」
そこへ2つの人影が倉庫に入って来る。
「マノック男爵! やっと見つけましたよっ、どこいったかと思えば、まったく」
文句を言いながら近づいて来るのはマノックの護衛役のラル兄弟だ。
「おお、イケメンの2人か。お前らもこれを見てみろよ。すげ~お宝を発見したぞ」
「はい、はい、そうですね。わかりましたから一旦戻ってください。ガンビアの事後処理がまだあるんですから、さ、行きましょう」
若干呆れた様子でマノックを引っ張って行こうとするのは兄の方のハンス・ラルだ。
「ちょっとまて、あれ、見てみろよ。あれ」
「ん? なんですかあれは、でかい砲塔?」
「ふふふ、知らねえのか。あれはな移動砲台ってやつだよ」
「移動砲台、ですか?」
「ああ、そうだ。移動要塞とも言うな。あらかじめあんな感じに要塞を作って置いて、拠点とかに陸戦艇で引っ張って行って設置するんだよ。反発石を装備してるから浮くことはできる。だがな推進装置はないから自分じゃあ動けねえ。その代り容積のほとんどを武装に使えるから強力なんだな。しかも陸戦艇を作るよりも安い。使いようによっちゃあバトルシップも寄せつけねえ防御陣地を作れるぞ」
「へえ~それは凄いですね。でもなんでそんな強力なもん持っているのに使わなかったんですかね」
「そりゃ俺達が奇襲に近い侵攻速度できたからそんな準備できなかったんだろ」
「ああ、なるほど、それもそうですね。それじゃあ戻りますか」
「ああ、もうちょっとだけ、な、な――ああもっと見たいのに~~~」
マノックはラル兄弟に引きずられて行く。
ガンビアの街の領主は現在不在状態である。
統治の事を考えると代官を置かなければならない。
それに関してラッセル伯爵との話し合いの結果、グレネーダーに任せられないかとなった。
グレネーダーは元貴族のゴブリンキング種だし、ガンビアの領主と一騎打ちで勝利しているので、ガンビアのゴブリン達からも一目置かれている。
これほどの適任者はいないということで、マノックとラッセル伯爵の意見は一致した。
現在は戒厳令が布かれており、ガンビアの街はラッセニアとロックランドの統治下にあり、街中では治安部隊のラッセニア兵がちらほら見受けられる。
中心部にあった大きな建物を接収して、そこを占領軍の本部としている。
その一室には呼び出したグレネーダーとマノックが対面している。
「という訳なんだがな、グレネーダー。いや、ラク・シェナンゴが本名か、この街の代官をやってもらう事になった」
「いきなりだな、マノック男爵。しかも決定なのか」
「ああ、拒否するとは考えてなかったからな。え、まさか拒否するのか?」
「いや、拒否などしない。むしろ光栄だな。ぜひやらせてもらおう」
「よし、それじゃあこれから頼むぞ。それからガンビアの反体制派だったゴブリン達を主要な役職に就けるんで、分らないことはそいつらを頼ってくれ」
「それはいいのだがな、男爵、一つ頼みがある」
「ん、なんだ?」
「元は敵国なわけだから身の回りの警備もかねて俺専用の忠実な部隊を設立したいんだがいいか」
「それは構わんが、伝手でもあるのか?」
「ああ、元貴族だった時の親衛隊の生き残りが何人かいる」
「ふ~ん、いいじゃないのか。一応は治安部隊なんかはラッセニアの兵士を使うことになってるんだがな。それでも心配ならば親衛隊を作って構わんぞ」
「そうか、すまない男爵よ」
「それからな、このガンビアの街はラッセニア伯領に属することになる」
「え、でもラッセニア街軍は何にもしてないじゃないか、ロックランド街軍がほとんどの戦いを制したんじゃないのか」
「だけど俺は男爵で彼は伯爵なんでこういう結果は致し方ない。彼をたてるのが貴族の礼儀らしいからな。だけどラッセル伯爵もそれでは申し訳ないと言ってな、色々と話し合った結果、街の造船所はロックランドが経営することになった。それと古い倉庫の中身も全部もらった、ふふふ」
「まあ、それで男爵が納得いくなら問題ない」
「ま、話は以上だ。俺はやらなければいけないことが一杯あるんでな。そうだ、ひとつ気になったんだが、ゴブリンにも女性がいるんだな、初めて見たよ。あれって生まれてくるのはキング種なのか?」
「ああ、そうだ。キング種やホブゴブリンはゴブリンの女性からしか生まれてこないからな。それさえも確率は低い。太古の昔の先祖が神を怒らせて呪いをかけられたと言われている。それ以来、生まれてくる子のほとんどはゴブリンになったと伝えられている」
「あ、それともう一つ。街のはずれに魔物牧場があったんだがな、魔物が少し増えたらロックランドにも回してほしんだがいいか」
「男爵、そんなのいいに決まってるだろう。優先的にそちらに送る」
「助かる。ちょいちょい連絡はいれるんでよろしくな」
そう言うと、マノックは早足で部屋を後にした。
その後ロックランド街軍は1週間ほど滞在したのち、造船所に兵士を何人か残して早々にロックランドに戻って行った。
◇ ◇ ◇
マノック達がロックランドに到着すると、港に見慣れない陸戦艇が停泊していた。
「おい、おい、あの真新しい陸戦艇はどこから来たんだ?」
気になってしょうがないマノックは、到着するとすぐにミランダ女史のところに行って真っ先に尋ねた。
「ふぅ、挨拶もなしで報告もなしでいきなりですか。ま、いつものことですけどね」
「いやぁ、すまん、すまん。ガンビアに関してはレフから聞いてくれよ。で、どこの陸戦艇なんだ?」
「あれは昨日、王都から到着したばかりの陸戦艇ですよ」
「ん、王都から来たのか? 誰が来てるんだいったい」
「違いますよ。王都からの使者はあの陸戦艇を届けに来ただけですから。あれは王様からマノック男爵へ送られた物ですよ。約束されましたでしょ?」
「えっ! ま、まさか! あれが俺の為に造ってくれた陸戦艇なのかっ!」
「はい、そのようですね。ガンビア戦に間に合うように急がせたといってましたけど間に合いませんでしたね。竣工式も簡易的に済ませてくれたそうですよ。陸戦艇協会にも登録済みです」
「協会に登録ってことは艇名は勝手に決められちまったってことか……」
「はい、そういうことですね」
「でその名称ってのは何ていうんだ……」
「はい、“俺の陸戦艇Ⅲ”だそうです」
「よっしっっ! わかってらっしゃるじゃねえか。早速見てくる、ひゃっほ~~!」
まるで子供のように大はしゃぎで港に向かうマノックだった。
港には整備中の俺の陸戦艇Ⅲが鎮座していた。
主砲は15㎝単装砲が2門、その他に12㎝単装砲が4門に25㎜連装機関砲が2基装備されている。
マノックがリクエストしたように、連装の45㎝低進弾発射管も片舷3門ずつの両舷で6門装備されている。
これは同一目標に対して6発もの45㎝低進弾を一斉発射できる事を意味する。
他の陸戦艇では決して装備していない武装である。
速度や小回りはデストロイヤー並みであるのだが、防御力はクルーザー並みである。他では珍しい低進弾発射管など搭載していている分、砲の数はやや少なめであるが、種別的にはライトクルーザーにあたる。
マノックはあらかた見回した後、動かしたくてしょうがなくなり、早速乗員を確保するためにあちこち回り始めるのだった。
その情熱たるやすさまじいものがあり、3日後には試運転もかねて出航の準備が整ってしまうほどであった。
読んで頂きありがとうござました。
来週はさらに仕事が過酷になりそうで、2回の投稿も危ぶまれてきました……
今後ともよろしくお願いします!!




