8話 スコーピオンマンの下半身はカッチカチだった
陸戦艇の乗組員達が、岩ネズミ釣りで大盛り上がりをしている時、舵を握るマノックは前方に船影を見つける。
「ん、船影が見えるぞ。パッド、楽しんでるとこ悪いんだけど操舵を頼んでいいか」
「はい、いいですよ、今行きますぜ」
マノックは舵をパットに代わると見張り台に登って、備え付けの望遠鏡を覗きだした。
「おお?…レフ、追跡装置を起動させて輸送艇の位置を確かめてもらっていいか?」
「どうしたんです?何かあったんですかね」
ただ事ではない雰囲気を醸し出すマノックを見て、レフは疑問を投げかける。
「ああ、それがな、前方に船影がみえるんだがな、俺には追跡している小型輸送艇に見えるんだよな。だからちょっと位置を確認してほしくてさ」
「ブリックが見えるのかね?」
「距離があるんではっきりしないが、それらしいのが見える」
「夕方以降に追いつく予定だったのに…なんかあったのかもね。とりあえず追跡装置で調べてみますよ」
レフは急いで追跡装置を起動する。
一回起動するごとに小さい魔石を1個消費するこの装置は、この装置自体の値段だけでなく、使う都度にも金がかかるのだ。
「えええっと、マノック艇長、前方に見えるのが例の小型輸送艇みたいですね」
レフが追跡装置を慎重に見つめながら答える。
「くそ、止まってやがったのか! 総員配置に着け、前方に小型輸送艇発見、岩ネズミなんかほっとけ!全員戦闘準備だ」
岩ネズミで大盛り上がりだった乗組員達は、大慌てで配置につき始める。
機関手のキースなどは、今まさに大物の岩ネズミを船に引き上げようとしている矢先の緊急事態だったのだが、泣く泣くロープから手を放すのだった。
「マックス、散弾を装填しろ、なるべく船体は傷つけないようにする、いいな」
「了解、散弾込めます」
「パッド、相手は33型の小型輸送艇だから大した武装は持ってない、被弾覚悟で距離1000まで近づいてくれ、頼むぞ」
「了解、距離1000だな、まかせろ!」
「レフ!右舷のカタパルトランチャーに振動弾を装填しておいてくれ」
「はいよ、振動弾準備ね」
「キース、エンジンパワーを少し絞って温存しておいてくれ、緊急出力にまわすかもしれない」
「了解しました、エンジン出力落とします」
「マノック艇長、まだ小型輸送艇は停止してるみたいですぜ?」
向こうもこっちの存在を確認している距離なのだが、反応がないのはおかしいとパットが疑問を訴えてくる。
「おかしいな、とっくに気が付いているはずなんだがな。戦闘態勢のまま接近を続ける。パット、距離1000で輸送艇の周りを周回してくれ。カタパルトランチャーと37㎜砲はすぐ撃てるようにしておけ。油断するなよ!」
「「「「了解」」」」
「距離2000、くそ、どうしちまったんだ。なんで何もしてこねえんだよ」
イラつくマノックだったが次の瞬間、凍り付いた様な表情をする。
「な、なんだありゃ、魔物か?…」
目に入ったのは3mほどもある大きなサソリなのだが、頭がある部分から人型の胴体が伸びている、つまりは上半身が人間で下半身がサソリだった。
そのサソリ人間が輸送艇を襲っていたのだ。
「皆気を付けろよ、魔物みたいだ。積み荷の魔物が脱走したのか? 積み荷に船が襲われるとはな…ああひでぇ、乗員を食ってやがる…」
マノックは望遠鏡を覗きながら見える光景を説明する。
船倉の扉が開いているので、積み荷の魔物に襲われたと判断したのだった。
「マノック艇長、このまま接近しますか?」
「ああ、最初の手筈通り距離1000ままで近づいて、右周りに周回移動だ」
「了解、距離1000まで接近します」
陸戦艇は徐々に小型輸送艇に近づいていくと、肉眼でも魔物が分かるようになる。
しかしスコーピオンマンなど誰も知らない魔物であった。
「マックス、射撃準備はいいか」
「はい、いつでも撃てます、散弾発射準備完了してます!」
(マックスめ、撃ちたくてウズウズしてやがるな)
そう考えるマノックも、実は自分で撃ちたくてウズウズしていたりする。
「距離1000、右回りの周回に入ります」
「食べるのに夢中みたいだな、さらに距離500まで接近!」
「了解、距離500まで接近します」
陸戦艇は小型輸送艇の周りを周回しながら、徐々にその周回の輪を狭めていく。
「よし、撃てっ!」
ドンッ!
ちょうどスコーピオンマンの背後に回った瞬間に散弾は発射された。
37㎜の砲口からでた弾丸は即座に20個の粒弾に分かれ、徐々に放射状に散らばり始める。
そしてスコーピオンマンに到達する頃には、1.5mほどの範囲まで広がって着弾した。
そのうちの10粒ほどがスコーピオンマンに命中する。
「ガアアアアアァァァァッ!」
スコーピオンマンは悲痛な叫び声を上げた。
「ああ?まだ生きてやがるのか!、下半身の着弾は跳ね返しやがったみたいだな。マックス!次弾は徹甲弾を装填しろ、急げ!」
「了解、徹甲弾装填します!」
下半身のサソリ部分は皮が厚いようで、37㎜の散弾では跳ね返されてしまっていたが、上半身の人間の部分はそれほど分厚くないらしく、何発かの粒弾が胴体に食い込んでいた。
上半身から血を流しながらもスコーピオンマンは、小型輸送艇から降りてこちらに向かってくる。
「くるぞ! レフ、振動弾射出!」
「了解、振動弾射出するよ!」
ボンッ!
円柱形の弾がカタパルトランチャーから射出されると、放物線を描きながら小型輸送艇へと飛んでいき、それが見事スコーピオンマンの顔面に着弾する。
着弾と同時にアースシェイクの魔法が発動し、スコーピオンマンが激しく振動を始める。
「レフ! すげぇぜ、カタパルトランチャーで魔物に命中させるなんて初めて見たぜ!」
マノックだけでなく、乗組員全員が驚愕する。
ただ、当てようとして敢えて狙って射出したわけではなく、たまたま魔物に直撃しただけであって、当の本人のレフが一番驚いていた。
「今だ! マックス撃てるか」
「はい、撃ちます!」
ドンッ!
カツンッ!
「あ、跳ね返した…」
37㎜徹甲弾は下半身に直撃したのだが、まるで金属装甲に当たったように跳ね返されてしまった。
「下半身はだめだ、跳ね返される。上半身を狙え。次弾も徹甲弾でいくぞ、装填急げ!」
「了解!徹甲弾装填急ぎます!」
マノックは見張り台から降りながら命令すると、船尾砲塔へと向かい、15㎜重機関銃の銃座に滑り込む。
「マックス、俺が援護するから上半身を狙え、狙って当たるもんじゃねえのは分かるが下半身に当てても効かねぇからな、お前の腕を信じる。そろそろアースシェイクの魔法から立ち直ってくるぞ」
「はい、了解です、上半身狙います……」
マックスは自分への期待と、陸戦艇の命運のプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、徹甲弾の装填を完了させる。そして射撃スコープを覗きつつ、陸戦艇の動きを考慮しながら慎重に狙いを定める。
「アースシェイクからの立ち直りが思った以上に早いな、くそ」
マノックはボルトハンドルを引いて初弾の装填準備を終えると、スコーピオンマンに狙いを定める。
「これでも喰らえっ」
ドッドッドッドッドッドッドッドッ!
発射した15㎜弾が、痺れた状態から立ち直ったばかりのスコーピオンマンに吸い込まれる。
下半身に命中した弾はすべて弾き返されるが、上半身に命中した弾はその人間型の体に突き刺さって鮮血を飛び散らせ、スコーピオンマンの進行を遅らせる。
しかしなおも強引にスコーピオンマンは小型輸送艇から飛び降りると、予想以上の速さで砂海の上を走り出す。
「向かってくるぞ! 急速離脱、エンジンフルパワー、最大船速、急げ!」
「距離100まで接近してきたよ、こりゃまずいよ」
長老のレフでさえ慌てるほどの緊張が走る。
陸戦艇は緊急出力により一気に船速があがり、後方に砂塵を巻き上がらせる。
「勝負にでるぞ、レフ、右舷カタパルトランチャーに振動弾を再装填。パット、俺の合図でスコーピオンマンに右舷を向けろ、この陸戦艇の全力射撃を加える。準備急げ!」
「「「了解」」」
「キースッ! もっと速度上げろ! 追いつかれぞ」
「は、はい、やってますがこれが限界です…」
「距離50、限界距離だよこれは」
レフの悲痛な叫びが響く。
「よし。今だ、パット頼むぞ!」
「よ~そろ~っ」
陸戦艇が急激な方向転換をし始めると、船体が軋み始め、傾き始める。
そして船体が横滑りを始めると、右舷正面にスコーピオンマンを捕らえた。
「レフ、振動弾発射だ」
「発射するよっ」
ボンッ!
至近距離からのカタパルトランチャー射出なので、すぐさまスコーピオンマンの手前で着弾。
アースシェイクの魔法が発動する。
「今だ、全力射撃開始っ」
マノックの合図とともに船首砲塔からは37㎜砲の徹甲弾を発射する。
船尾砲塔からは15㎜重機関銃がマノックの手によって発射される。
すさまじいい砲火と轟音がこの静かな砂海を支配する。
マックスは次弾装填するとすぐに射撃する、そしてまた次弾装填。
砲煙で視界が見えなくなるほどだった。
「射撃中止っ、射撃止めっ」
「パット、離れるぞ!」
「了解」
砲煙と砂塵で視界が悪くなったこの域を一旦離れる。
「スコーピオンマンはどうなってる? 見える奴はいないか?」
視界がまだ悪く、少し離れた場所から砲煙と砂塵が収まるのを待つのだった。
読んで頂き有難うございました。
週に3回投稿を目標にしていますので、今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。