76話 特異種少女は魔物作りに微笑んだ
ホテルのラウンジの奥にある個室には、バーバラとシェリーとマノックの3人が入っている。
それぞれの護衛達は、その部屋の外で待機している。
彼ら4人の護衛達はやることもないのでお互いの特技などを披露しあって時間を潰している。
「こういう感じだ」
シェリーの護衛の1人が格闘が得意らしく、その型を見せている。
拳での突きからの回し蹴り、そして2段蹴りと蹴りが中心の格闘技らしい。
技を出す都度に「はっ」という掛け声を発する。
型の演武が終わったところで、それを見ていたヘルマンが嬉しそうに声を掛ける。
「へ~なかなかの腕の様ですね。でも僕の銃剣術はもっとすごいですよ」
ヘルマンが背中に背負っていたライフル銃を肩から降ろして着剣する。そして4㎏はあるライフル銃を軽々しく回して見せる。そして銃剣での突きや銃床での打撃を連続して繰り出す型を披露する。
ひとつひとつの攻撃ごとにビシッと静止する型は、見る者に鋭利な攻撃を印象付ける。
シェリーの護衛の2人からは感嘆の声が漏れる。
その頃、部屋の中の3人は緊迫した話し合いが行われていた。
話はいつしか結婚の話から奇襲攻撃の話になっている。
バーバラによるとシェリーの結婚話の理由というのは、マノックの力が必要だった事に間違いはなかった。
しかし本当の理由とでも言おうか、それは非常に複雑だった。
シェリーの父親であるラッセル伯爵はここ、ロックランドの隣にある街の領主である。といっても陸戦艇で2日かかる場所にある。
街の名は『ラッセニア』という。
ラッセニアはゴブリンの支配地域と隣り合わせで、陸戦艇で1日かからない場所にゴブリン支配地域の街があった。その街は「ガンビア」と言うゴブリンの街であった。
その為、昔からお互いにせめぎ合いが激しく、幾度なく戦闘が繰り広げられていた場所であった。
トレシアとソレリアの街がそうであるようにゴブリンが攻めてきたり、逆にゴブリンの街へと攻めていったりと争いが絶えないのである。
ちなみにそのガンビアからロックランドまで2日の距離であり、バトルシップで攻めて来た部隊もその街軍であった。
つまり早い話が、マノックと婚姻関係を結べば必然と街同士の同盟関係が成り立ち、拮抗していた戦いが有利になると考えたのだろう。
それならば別に婚姻関係でなくても同盟関係を終結すればいいだけの話なのだが、そうもいかない裏事情があった。
ロックランドは現在マノックが住んでいたトレシアとソレリアの街と友好同盟を結んでいる。
しかしラッセニアは昔からトレシアと仲が悪いらしく、そのトレシアの 同盟相手であるロックランドに同盟を申し込むことはありえない。
それゆえ悩んだ挙句、娘を結婚させてしまえばよいとなったらしい。
ラッセル伯爵の娘とマノック男爵が結婚すれば必然と同盟関係と同じ。
ラッセニアが攻められればロックランドは救援を出さないわけにはいかない。
よくある政略結婚というやつだ。
しかしそんな事情を知ったマノックがある提案をする。
「なんだ、そんなことなら話は簡単じゃねえか。一時同盟を結んでガンビアを潰しちまえば一生怯えずに暮らせるだろ。それで終わったら同盟解消すればいいじゃねえか」
バーバラがそれに答える。
「それがそう簡単にはいきませんよ。ガンビアにはバトルシップ1隻に加えて、ヘビークルーザー2隻、その他にも何隻も陸戦艇を保有しています。さらにテイムした魔物を多数保持しています。それだけの戦力に対抗するだけの戦力我々にありますか?」
「そうだな、例えばだ先日のロックランド防衛の時にだ。バトルシップ1隻を中破、ヘビークルーザー1隻を撃沈、その他にもいくつか撃沈したのが我がロックランド軍なんだがな。内訳はな、コルベット2隻にマザーシップ1隻、それと小型艇などによるものだぞ。いけんじゃねえのかなぁ」
それに対して少し考えた様子の後、バーバラが口を開く。
「はい、それならばラッセル様と一度話し合ってみてはいかがでしょうか。」
「そうだな、分った。それじゃあラッセニアに行ってラッセル伯爵に会ってみるか」
「はい! 有り難うございます!」
バーバラは深々と礼をする。
その後すぐシェリーが割って入る。
「すまないですねっ、色々悪口まで言ってしまいましてっ。まあ一件落着ってことで後はお願いねっ」
シェリーは話は終わったとばかりに、スクッと立ち上がりさっさと部屋を出て行ってしまった。
「申し訳ありません、直ぐにラッセニアに戻り報告いたします。ありがとうございました」
バーバラも護衛の2人を引き連れて部屋を後にする。
「ふ~、これでまた戦いが始まることになるな。急いで戦力を集めねえといけねえな。さすがの俺も少し疲れて来たよ」
マノックはため息交じりにつぶやくのだった。
そしてその夜、ロックランド首脳陣を集めた緊急会議が行われる事になる。
もちろん会議の内容はラッセニアとの一時的に共闘戦線を張ってのガンビアとの戦いについてだ。
しかしながらガンビアのゴブリン街軍にはバトルシップがあることも分かっている。また、もしかしたらどこかと友好条約を結んでいる街があるかもしれない。
それとロックランド街軍の最大戦力がどのくらいにまでなるのか、それがいつ頃用意できるのかなどが話し合われた。
「そうか、戦力が整うのにやはり3か月はかかるか。だがゴブリン側もこの間の戦いでだいぶ戦力を消耗しているはずだろ。ま、その辺は偵察艇を出して調べる必要があるな」
マノックがまず初めに知りたかったのは、先の戦いで置き去りにされていった敵の陸戦艇を修理して使えないかということ。その修理にどれくらいかかるか。
その質問に資料を見ながらミランダが出した答えが4か月というわけだ。
まずデストイヤー級1隻は半月で出航できるとのこと。しかし2隻目のデストロイヤー級は3か月ほどの期間が必要だという。残念なのは半壊状態のヘビークルーザ―級で、こちらはお金に糸目を付けずに、魔法を駆使して修理しても5カ月はかかる。これは動力部が壊滅的に破損してしまっている為だった。
結論を言えば4か月あればデストロイヤー2隻がロックランド軍に加わることになる。
「よし、分かった。1カ月でデストロイヤー2隻を戦列に加えられるようにしてくれ」
そのマノックの発言にミランダが苛立ち気味に声を上げる。
「はあああ? マノック男爵、先ほどの私の話を聞いておりましたか? 2隻目が3か月かかるといったのですよ、3か月!」
「ああ、聞いてたよ。それを1カ月で終わらせてくれと言ってるんだよ。出来るだけゴブリン側に猶予を与えたくないんでな。向こうは人口だけは多い。だから人海戦術で修理を早められる。こっちはそれに対抗して金は掛かるが魔法で早く仕上げる」
「お言葉ですかマノック男爵、1カ月で仕上げるとなると倍以上の費用が掛かりますよ」
「それがどうした? 金ならあるだろ、反発石で稼いだ分が。出し惜しみなしでいくぞ」
ロックランド領主であるマノックのその言葉を聞いて、どやらミランダは折れたらしい。
「分かりました。街の再生用にと思ってましたがそれを回します……」
「それからミル、今日から毎日強力な魔物を1体づつ召喚してくれるか。今日から毎日召喚すれば、1カ月後には30体近くの召喚魔物部隊が出来上がる。その魔物軍勢でゴブリン街軍に攻め込むから召喚期間は長めで頼むな」
「なるほど、レイさん頭良いですねっ。そんなやり方もあったんですね」
役に立てられることが嬉しいミルはこれまでになく笑顔だ。
マノックはさらに言葉を続ける。
「新しく王都から来た志願者達は、俺の陸戦艇Ⅱで鍛え上げる。1隻目のデストロイヤーが戦列に加わり次第そちらに移してくれ」
こうしてロックランドでは急ピッチで戦闘の準備が整えられていくのだった。
そしてマノックは一時的な同盟を結ぶのと、情報を得るためにミルを連れてラッセニアへと向かうのだった。
ミルを連れて行く理由は魔物を召喚する為。ロックランドで召喚すると魔物軍団を戦場まで移動させるのが大変だからである。
機密性を考えればロックランドで召喚しておいた方がいいのかしれないのだが、大量の魔物を移動する手段がなかったというのが大きな理由でもある。
30匹もの魔物を移動させるには、数隻の輸送艇が必要になる。しかし現在のロックランドには、それだけの魔物を移動できるほどの輸送艇を持っていなかった。
ロックランドとガンビアまでの距離は陸戦艇で2日の距離、魔物に自力で移動させるには数日かかってしまう。
それならば現地に近い場所で召喚した方がいいだろうという事で、ラッセニアの近くの岩山地帯を魔物軍勢集合地点にしようと考えた。
ただ懸念されるのは、ミルの能力を多くの人に知られる事。
しかし、ミルの召喚能力に関しては徐々に広まりつつあることは、誰もが分っていた。あれだけ人前で召喚しまくっているのだからそれも当たり前の事である。
現に砂人の間ではすでにミルの二つ名が囁かれ始めていた。
ミルを見たある砂人が酒場でこんなことを話していた。
――「あいつは召喚士なんかじゃない。あれじゃあ魔力が足りるわけなだろ。あれは召喚なんかじゃない、やつが魔物を作り上げてるに違いない」――
それ以来、ミルは徐々にこう呼ばれ出した。
――『モンスターメーカー』と。
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