66話 女王様は興奮した
マノックの詠唱は聞き覚えのある詠唱であった。
それはいつもの轟雷魔法の詠唱である。
ただ、いつもの魔法詠唱とは違うところ、それは詠唱が終り魔法を発動する時であった。
通常は魔法陣が目標物の上空に現れるのだが、今回は詠唱した本人であるマノックの上、つまりは装甲多脚機の真上に現れた。
そして魔法を発動するキーワードの「轟雷」という言葉を口にしたすぐ後、マノックが突如叫んだ。
「レベッカ、今だ! 頼むぞ!」
その合図にレベッカが20㎜砲の引き金を引いた。
するといつもの様に長い砲身を通って20㎜砲弾が発射される。
その発射した瞬間に上空の魔法陣から稲妻が装甲多脚機に落ちたように見える。
その稲妻は多脚機ではなく、20㎜砲弾にピンポイントで落雷したのだった。
しかし20㎜砲弾は通常通り砲口から放たれていく。違ったところと言えば20㎜砲弾が電気のようなものを帯びていた。
「すごい……本当に稲妻を帯びた砲弾になったのですね。轟雷砲……」
マノックは20㎜砲弾に轟雷魔法を掛けたのだ。それは呪符魔法のように魔法を封じ込めたのではなく、20㎜砲弾を使って轟雷魔法を飛ばしたというのが一番近い説明かもしれない。
轟雷魔法を帯びた20㎜砲弾はヘビークルーザ―の船尾の排風口に直撃した。
網目状の金属で防護されてはいるのだが、20㎜砲弾であればそれくらいいともなく貫徹する。
そしてさらに内部へと侵入する。
ダクトの様に曲がりくねった形状をしているのだが、さすがはヘビークルーザ―であって、ダクト装甲も軟ではない。20㎜砲弾くらいではビクともしない。
という事は、内部へ入った20㎜砲弾はダクト内を跳ね回りながら終着点の動力部へと行き着く。魔道エンジンと呼ばれる艇の心臓部分だ。
ダクトを跳ね回って威力を失った20㎜砲弾が、やっとのことで魔道エンジンまでたどり着くのだが、その過程ではダクトにぶつかるたびに轟雷の魔法が少しづつ解放される。
そして終着点で20㎜砲弾が魔道エンジンに少し食い込んだところで、残りの轟雷魔法すべてが解き放たれた。
その攻撃により、ヘビークルーザ―の魔道エンジンの一機が煙を上げる。
それにより速度が一気に落ちる。
速度は落ちてはいるが、まだ補助のエンジンをフル稼働してなんとか低速移動はしていた。
「あれ? 魔力暴走は起きなかったか。失敗だなくそっ」
マノックはぼやくのだが、それに対してレベッカがフォローする。
「轟雷殿、それでも敵主力艇はこれでほとんど使い物にならないはずですよ。あの速度では狙い打ちして下さいってなもんですからね」
続いて姉のソニアが追従する。
「そうでよ。マノック士爵は十分な仕事をしましたわよ。あんな大きな物のケツに雷撃の塊を突っ込むなんてすばらしいですわよ」
「ソニア、なんか嫌な言い方な気がするんだが……」
そんな話をしている最中の時だった。
突如大きな爆発音が装甲多脚機を揺るがした。
「おおおおお、どうしたってんだ?」
マノックが慌てて外の様子を見ようと体を捻る。すると妙な声が聞こえる。
「はうぅぅぅ――ご、轟雷殿、そ、そこを責めて来るとは、あふぅう~」
声を上げたのはマノックの後ろの、やや上にいるレベッカだ。
「なんて声出してんだよ、レベッカ」
「だって、轟雷殿。そ、その肘は……あふう」
マノックが体を捻った時に無意識で出した腕の肘部分がレベッカの……。
「おおぉぉぉっと、こりゃす、すまんっっ! 本当にすまんっ!!」
マノックは大慌てだ。
「マノック士爵、相変わらず妹ばかりに手を出すんですね。しかもいきなりそこですか」
「やややや、まて――あ、あ、そうだ爆発音はどうなってるんだソニア? 報告してくれないか」
「ふうう、ええっとですね、ヘビークルーザーが急に大爆発を起こしました。船尾が吹き飛んでしまっていますね」
「俺の轟雷の威力なのか!」
「いえ、違うようですね――どういうことでしょうか。ずっと動かなかったライトクルーザーが動き出していますね。しかも手当たり次第にまわりに砲撃をくらわしています。おそらくその14㎝砲がヘビークルーザーの船尾のエンジン部分に命中したんではないでしょうか」
「おおお、ミルが召喚したちっさいおっさんがやってくれたか!」
「どういうことでしょうか、マノック士爵?」
「ああ、ミルがちっこいおっさんを召喚したんだよ。それが見ただけで相手の精神を狂わす魔物なんだよ。ちょっと前にそれが敵ライトクルーザーに乗り込んで行ったんだよ。つまりライトクルーザーの乗組員のほとんどは精神がおかしくなっちまって、砲撃手が辺りかまわず撃ちまくってるんだろうなきっと」
そう言っているそばからライトクルーザーは撃ちまくりながら、ゴブリン軍の艦隊の中へと突っ込んで行った。
その頃になってやっとロックランドからハニークイーン号が出撃してきた。
マノックは狭い機内からなんとか這い出して、装甲多脚機の砲塔の上に風を受けながら座り込み、胸の前に吊るしてあった双眼鏡を覗きながらつぶやく。
「お、やっとエリスも重い腰を動かしたな。これで味方は3隻、敵は5隻か。だがこっちには凶暴エルフが3ビッチいるからな」
その時急に多脚機の砲塔のハッチが開き、レベッカが顔だしてしゃべりだす。
「なんか今、腹立たしい言葉が聞こえた様な気がしたんですが、轟雷殿は聞こえませんでしたか?」
「へ、いや、なんも聞こえなかったぞ。戦闘中で気が高ぶってんだろ」
「そうですか。気のせいでしたか……」
納得いかない表情でレベッカは再び砲塔の中へと身を沈めて行った。
しかし敵はデストロイヤー3隻にマザーシップ2隻である。それに対して味方はコルベット2隻にマザーシップが1隻である。しかもマザーシップは攻撃する砲を装備していない上に、搭載していたイエロースパイダーは負傷により発進不能だ。
「この戦力でどう戦えってんだよな」
マノックは腕を組んで悩む。
そうしている内に陸戦艇どうしの砲撃が始まる。
射程の長いゴブリン軍のデストロイヤー3隻から、一斉射撃が始まりだった。
幸いにもゴブリン軍は練度が低いのか、砲弾は明後日の方向へと飛んでいく。
その隙に俺の陸戦艇Ⅱとハニークイーン号は距離を詰めていき、直接照準で砲撃を加える。
そしてその中をライトクルーザーが行ったり来たりして14㎝砲を乱射する。
マノック側はこれに関してはまず命中はないだろうと判断する。命中するときはまぐれあたりだろうと。
俺の陸戦艇ブリッジでは、初の艇同士の戦いの指揮にあたふたするパットがいた。
「ああもう、当らねえ! マノック艇長のようにはいかねえなあ、くそ。じれったい!」
パットはなかなか命中しない砲撃にイライラしていた。
一方ハニークイーン号では、性能の良い射撃装置と戦闘な馴れした乗組員のおかげで、初弾から敵デストロイヤーの片舷ど真ん中に76㎜砲弾を命中させていた。
砲撃を繰り返すうちに練度の違いを悟ったのか、奥の手とばかりにゴブリン軍のマザーシップ艇から魔物が一斉に飛び出してきた。
ゴブリン軍の定番魔物であるイエロースパイダーが2個小隊、6匹が重武装で出撃してきた。
イエロースパイダーの背中には戦闘室を呼ばれる箱がのせてあり、そこには37㎜の短砲身砲が積まれゴブリンが3人乗っている。
短砲身砲なので装甲貫徹力は低いのだが、マノック側のコルベットにとっては37㎜砲であっても十分に脅威であった。
コルベットでは装甲にまわすほどのスペースや重量を確保できず、商業用の陸戦艇とほとんど防御は変わらない。
当たれば即被害を被る。
しかし敵デストロイヤーもそこはあまり変わらない。
装甲という防御に関しては、デストロイヤーもコルベットもあまり変わらない。
ただ、船体が大きい分デストロイヤーの方が耐久力がある。
「あらあ、気色の悪いクモがきたわねぇ。機関砲で迎撃しなさいぃ」
ブリッジで艇長席に座り、ハーブティーを飲みながら指示を出すのはエリス・マッカーデン、通称「女王様」だ。
左舷にある20㎜連装機関砲が射撃を始める。
ハニークイーン号には3匹1個小隊のイエロースパイダーが接近していた。
射撃手はこれまた熟練者なのか、初撃の1連射で早くも1匹のイエロースパイダーを捉えた。
20㎜弾が3~4発も命中すると、魔物は搭乗者のゴブリンごと粉々になってしまった。
76㎜砲は敵陸戦艇へ砲撃を続け、イエロースパイダーの迎撃には一切加わらないようだ。よほど20㎜連装機関砲に信頼を寄せているらしい。
さらに20㎜連装機関砲の連射は続き、2匹目も粉々に砂海上で葬る。
あっという間に2匹を撃破されてしまい、残りの1匹はさすがに危険を感じたらしく、進行方向を変えて逃走にはいった。
「あらあらぁ、逃げるのかしらぁ。そうはさせないと思うわよぉ」
エリスがポツリと言ったように、逃げるイエロースパイダーに向かって、20㎜連装機関砲が火を噴こうと銃座を旋回している時だった。
爆発音が響き渡り激しい振動がヘニークイーン号の船体を揺らした。
砲弾が直撃したのだ。
「どうしたのおっ! 報告をちょうだいぃ!」
珍しくエリスが慌てた様子だ。
砲撃は敵デストロイヤーが放った12㎝砲であった。
着弾したのは左舷ブリッジ下の甲板付近。ちょうど20㎜連装機関砲があったところだった。
遂に砲撃戦始まりました。
今後とも宜しくお願い致します。




