6話 ハーレム艇で妖艶な依頼を受けた
『魔物だまりの岩山』に到着したのは真夜中であった。
交代で夜番をしつつ、岩山からかなり離れた辺りをゆっくりと探索することにする。
夜明けまで待ちたいところではあるのだが、この場所で一か所に留まるのはあまりにも危険が大きかったからだ。
『魔物だまりの岩山』と言われるこの場所は、その名の通り多数の魔物が集まる場所。
大きな岩山が彼方此方にあり、そのところどころからはわずかではあるが水が湧き出しているからだった。
水源があるならばそれを独占しようとする者が出てきそうなのだが、この水には飲めない理由があった。
それは魔力であった。
この辺り一帯は魔力だまりでもあり、他の場所に比べて異常に魔力が高い。
ここで生まれる生き物はその魔力の影響によって魔物へと変貌し、さらには魔力をたっぷりと含んだ水を飲んで成長し、強力な魔物が育つと言う訳だ。
かつて街を上げての総攻撃で魔物を撃滅したことがあったのだが、相当な損害をだして叩いたにもかかわらず、1週間もすると普通に魔物が湧き出していた。
その時からこの辺りへは砂人さえ中々近づかなくなった。
ほっとけば魔物どうしで食らい合い、大きく増えることはないからだ。
ただ、ここへ来れば必ず魔物が存在する。
そうなるとやはり危険をかえりみず、魔物目当てにこの場所を訪れる砂人は後を絶たない。
そのためか、魔物に倒された人々の装備や壊された陸戦艇などの『お宝』が、ここにはたくさん眠っているといわれるのであった。
岩山に近づきすぎると陸戦艇は座礁してしまう上に魔物に襲われるので、かなりの距離を開けて遠巻きにマノック達は巡回していた。
魔石燃料の消費がかなり痛いのだが、魔物に襲われるリスクを考えて、常に動き回る作戦だ。
夜番は2人一組で交代で行うのだが、マノックはいつも決まって最後に1人で夜番をする。ちょうど朝方の日が昇るまでの時間帯だ。
艇長自らが夜番をすることはないと何度も言われているのだが、どうせこの時間には目が覚めてしまうので、夜番するのと一緒とばかりに譲らなかった。マノックは1人でいるこの時間帯が好きだったのかもしれない。
今はそのマノックが1人で夜番をしている時間帯であった。
遠くの地平線が徐々に明るくなり始める。
砂と空との境がまるで線を引いたようにオレンジ色に染まりだす。
マノックはその光景を眠気覚ましの濃いハーブティーを飲みながら眺めていた。
その眺めていた地平線に船影を発見する。
思わず舵をほったらかして急いで監視台に登り望遠鏡を覗くと、徐々に近づいて来るその船影にマノックは見覚えがあった。
遠くからでもわかる派手な装飾の陸戦艇といったらアイツしかいなかった。近づくにつれてその陸戦艇の姿はハッキリしてくる。
赤色で縁どられた船体には大きく蜂の絵が描かれていて、高く掲げた識別旗にも同様の絵が描かれていた。船体の各所には意味の分からない蜂のキャラクターの絵が描かれている。
「ハニークイーン号か…」
マノックは苦々しくつぶやく。
ハニークイーン号とは先日酒場で出会った赤毛のエルフ、エリスの所有する陸戦艇だったからだ。
エリス・マッカーデン、貴族の出身の令嬢だったりする。
南方にあるマッカーデンの街、そこの領主の令嬢にしてコルベットクラスである「ハニークイーン号」のオーナーであり、クラン「ハニービー」の代表でもあった。
「まあ、やっかいな船にあっちまったな。ぜって~通り過ぎはしね~だろうなぁ」
マノックは半ば諦めて、総員を起こす鐘を鳴らし始める。
「おーい、起きろ、非常呼集だ!」
「ふあぁぁぁぁ~~、非常呼集って魔物ですか?」
「非常呼集の割には艇長落ち着いてるじゃないですか」
乗組員は眠い目をこすりつつ、ブツブツと文句を言いながら船倉から出てくる。
「艇長、非常呼集とはどうしたん…あれですかね?」
長老のレフが8時方向に見える船影に気が付いて親指で示す。
「高確率であいつは俺の邪魔をしにくるんだよな」
「まだ邪魔をするとは決まってないよ。様子をみようじゃないかね」
マノックはレフに愚痴るが、さすがは長老であった。
納得して様子を見ようと思ってしまうマノックだった。
非常呼集だったので朝の食事はハーブティーに、クッキーと言われる硬いパンであった。各々が自分の持ち場につき、味もそっけもないパンをかじっていると派手な陸戦艇が徐々に近づいてくる。何度も見て見慣れてはいるのだが、近くで見るとやはりでかい。
コルベットクラスともなれば当たり前なのだが、マノック達が乗る陸戦艇の近くまで来られると大きさが際立ってしまうのだった。
ブリッジ前に砲塔が1番、2番と2つあり、ブリッジの後ろにも3番砲塔がある。どうせすべて有名メーカーの75㎜クラスなのであろう。
さらに20㎜連装機関砲が両舷についている。
まあ贅沢な船で、言ってみれば軍が持つような陸戦艇なのだ。
そんな豪華で贅沢でそして派手な陸戦艇の甲板から見下ろすようにマノックに声をかけてくる人物がいた。
「あらぁ、レイ・マノックじゃないのぉお。こんなところ何してるのかしら」
「見ての通りだよエリス・マッカーデン、絶賛朝の食事中だよ」
左手に持ったビスケットをエリスに振って見せる。
「あらぁ、それが食事なのかしら? 岩かと思ったわぁ」
「確かに岩みたいに硬いけどな、俺たちにとっちゃ食い物だよ。で、何の用なんだいったい」
「ちょっとねぇ、探し物してるのよぉ。それで見かけなかったかなぁって思ってねえ~」
「探し物っていったい何を探しているんだよ?」
「それがねぇ…マノック、ここじゃなくて私の船で話さないかしらぁ? ここじゃいろいろと聞かれるとまずい話もあるのよね~。いい?」
「ったく、俺は今見ての通り食事中、ハニークイーンで食事の続きってことでもいいのか?」
「ええ、もちろんよお、それじゃぁこっちへ上がってらっしゃい」
ハニークイーンから俺の陸戦艇に梯子がかけられ、マノックはレフに説明した後、それを渡ってエリスの船へと乗り移る。
初めてハニークイーン号に乗ったマノックだが、最初に驚いたのが乗組員は女しかいないことだった。
「なあ、エリス、この船って男は乗ってないのか?」
「当り前じゃないの、男が乗ってる様に見えるかしら?」
「いや、そう言う問題じゃあねえんだけどな……まぁいいや」
船長室に連れていかれるらしいのだが、どうも視線が厳しい。女しかいないこの船におっさんが急に乗り込んできたのだ。当然「なんだこいつは」的にジロジロと視線の集中砲火を浴びることとなる。
マノックはなるべく誰とも視線を合わさないようにと、常に下を見ながら歩く小心者だった。
「入って、ここよ」
中に通されるとそこは想像の斜め上を行く世界だった。
壁には沢山の銃がかけられており、そこだけ見るとハードボイルドなのだが、すぐ隣には子供が欲しがる様なぬいぐるみが多数飾ってあったり、その隣には珍しいであろう魔道具の数々が並べてあったりと、見てはいけない物を見てしまったような、もしかしたら生きて帰れないのではと心配するマノックだった。
「どうぞ、座ってぇ。時機に食事が運ばれてくるからぁ。あなたの船の乗組員にも食事を配っておくわねえ。それとあそこにあるワインは好きに飲んでいいわよ~」
「すまないなエリス、それで話ってなんだ。他に聞かれるとまずい事ってなんだ」
早速マノックは高そうなボトルを選び、グラスに並々とワインを注ぐと、嬉しそうに一気にそれを飲み干す。
「実はね~、私のクランで今度新しい事業を始めたのよぉ。そこで最初の商品を出荷しようと思ったら輸送艇ごと盗まれちゃったのよ。まさか私から盗みを働く馬鹿がいるとは思わなかったから油断しちゃったのよねぇ。ハァァ……それでその輸送艇を追ってここまで来たんだけど見失っちゃったのよぉ、そんな時にちょうどマノック、あなたがいたのよ~」
「輸送艇? もしかしてT33型の小型輸送艇か?」
「そうよ~、T33の小型ブリック艇よぉ」
「ああ、それなら昨日の昼過ぎに盗賊艇に追われているのを助けたんだがな、礼もなしに消えちまいやがったよ」
「ねぇマノック、その輸送艇を探して荷物を取り返してもらえないかしら~」
エリスはテーブルに両腕をついて乗り出すように顔を近づけると、その豊満な胸が協調され、マノックは目のやり場に困り動揺しはじめる。
「じ、自分でやったらどうだ? わざわざ俺に頼まなくてもこんなに立派な胸――いや、立派なコルベットあるんだからな」
「ふっ、私も伊達にクラン代表なんてやってるじゃないのぉ、そんなに自由に動き回れないのよぉ、だからお願いぃ! レ・イ」
「う~ん、報償しだいだな。それと積み荷ってなんだ?」
「そうねぇ、報奨金は前金で5万、積み荷と輸送艇の返却で15万でどうかしらぁ? 積み荷の内容は契約成立したら教えるわよぉ」
「よし、いいだろうそれで契約だ。それで積み荷はなんだ?」
「絶対に内緒よぉ、約束してくれるぅ?」
「ああ、依頼主の秘密は守るさ」
「積み荷は魔物よっ」
それを聞いた瞬間マノックは、3杯目のワインを注ごうと手にしたボトルを握ったまま、固まってしまうのであった。
読んでいただきありがとうございました。
週に3~4話投稿を目指します。
今後ともお付き合いのほどどうぞよろしくお願いします。