5話 盗賊は夕日に沈んだ
レタシアの街が見えなくなって2日が経過したが、獲物はまるっきりなし。
影も形も見つけられなかった。
『魔物だまりの岩山』まであと1日の行程なのだが、2日もの間獲物なしは幸先が悪い。
現在マノックは甲板に背もたれ椅子を出して、昼間からエールを飲みながら休憩中である。
艇長の特権とでも言おうか、この陸戦艇では日常的な光景らしく、他の乗組員は文句を言わないどころか全く嫌な顔さえしていない。
それは苦境の時に一番体を張って動くのがマノックであって、乗組員の誰もがそれを知っていて、そんな彼は皆から信頼されていたからだ。
現在見張り台には航法士のレフが立っている。
「しかしほんっとに何も出くわさないなあ。せめてサンドランナーでもいないかねぇ」
エールを飲み干すとやることもないので、ぼやき始めるマノックだった。
「マノック艇長、9時方向に並走する陸戦艇らしき船影が見えますよ……2隻? 砂塵が2隻分見えますねぇ」
「盗賊艇じゃないだろうな、一応警戒しておいてくれ」
「艇長、どうやら小型輸送艇が追われているようですねぇ。相手は盗賊艇のようですよ。どうします、助けますか?」
「あああ、面倒くせぇがしょうがないか。エンジン出力全開、速度上げ、総員戦闘準備!」
「「「「了解!」」」」
「マックス、初弾は榴弾を装填しておけ。レフは左舷カタパルトランチャーについて煙幕弾の準備を頼む」
「榴弾装填します!」
「はいよ、煙幕弾の準備するよ」
「パット、進路を10時方にに向けろ」
マノックは各部署に支持を出すと、座っていた椅子を片付けて見張り台に登り、備え付けの望遠鏡をのぞく。
「ああ、あの小型輸送艇を追っているのは完全に盗賊艇だな。船名が隠されている上に識別旗が揚げられてない、確定だ。これで心置きなく攻撃できるぞ!」
「それなら遠慮なくこのアレシア製の37㎜砲の威力を発揮できますね!マノック艇長!」
ついに新しい武器を撃てるとあって、マックスのテンションは大いに上がっている。
「遠距離砲撃戦は不利だ、距離1000まで接近したら盗賊艇と並行して近距離砲撃戦に移る」
アリシア製の37㎜砲は速射砲であって、近距離での射撃性能に特化にしているため遠方での砲撃戦は避けなければいけなかった。
早い話、魔物戦に特化している艇なので艦船同士の戦いは苦手なので、通常は盗賊艇に遭遇した場合は逃走するのが常だった。
しかし今回は勝手が違い、自ら戦闘を挑むわけなのでそれ相応の覚悟が必要だった。
「盗賊艇から砲撃煙見えます!」
「くそっ!取り舵いっぱ~い!! 当たるなよぉ!!」
偶然なのか、回避した瞬間に砲撃が着弾、回避しなかったら直撃だった。
「あっぶね~~~! マノック艇長どうしますか」
冷や汗を掻きながら操舵手のパッドが次の行動を聞いてくる。
「奴らの照準は正確だぞっ! 慎重にいくぞ。パッド、船首を盗賊艇に向けろっ!突っ込むぞっっ!」
「どこが慎重ですか! ははは、突っ込みますか艇長。盗賊艇に進路向けます!」
「エンジン出力全開保て、速力まだ上げられるかキース、エンジンはいけそうか?」
「任せてください!まだいけます!」
「よし。マックス、合図したら砲塔を狙え、無傷で拿捕しようなんて思うなよ! かましてやれっ」
「了解しました、1ッ発で仕留めますよ! 見ててください」
「俺は船尾の砲塔に入って接近したら15㎜重機関銃で甲板上を掃射する。盗賊艇の小口径の武器にも気を付けろよ。皆、絶対に死ぬなよ、これは艇長命令だ!」
「はいはい、艇長殿、全員無傷ですね」
聞きなれた艇長命令にまたかといつもの返事を返すパットだった。
「距離2000を切ります、第2射来ます!」
「面舵いっぱ~い」
「ヨーソロー!」
盗賊艇から閃光と砲煙が上がり、左舷前方に着弾して砂塵が舞う。
「奴ら欲を掻きすぎだな。徹甲弾を撃ってやがる。なるべく無傷でこの艇も拿捕したいんだな。榴弾だったら破片でだいぶ被害がでているところなのにな。少し遠いが狙えるかマックス」
「はい、いつでもいけます!」
「よし、てっ!!」
ドンッ!
重い発射音が響き、盗賊艇に向かってついにアレシア製37㎜砲が発射された。
マノックは望遠鏡で着弾を観測する。
遠くで疾走する盗賊艇が回避行動にでるが、すでに遅く我が37㎜砲弾は狙い違わず船首砲塔に見事命中し、爆裂魔法が発動した。
その爆発音はマノック達の耳にまで届く。
「よっし!初弾命中!」
マノックのその言葉に艇内は大喜びで歓声が上がる。
マックスに関しては嬉しすぎて泣きそうであった。
「くそ、だめか。マックス、遅延榴弾に急いで切り替えろ! 思った以上に装甲が厚いぞ!レフ、煙幕弾続けて3発投射!」
歓声が上がるほど浮足立った乗組員たちだったが、装甲が厚くて弾が抜けなかった事で一瞬の内に不穏な雰囲気になってしまった。
唯一変わらないのは長老のレフだけで、陽気にカタパルトランチャーから煙幕弾を射出するのだった。
「はいよぉ、煙幕弾射出しますよ」
ボンッ!
ボンッ!
ボンッ!
投射された筒からは黒い煙幕が立ち昇り始め、あっという間にその黒い煙幕の中に我らが陸戦艇は隠れてしまう。
相手からは見えなくなったのだが、こちらからも盗賊艇が視認できなくなってしまった。
「パット、エンジン出力落とせ、微速前進。取り舵一杯、船首9時に向けろ。マックス、遅延榴弾を装填しておけ。俺が合図したら撃て、いいな!」
「はい、艇長の合図で撃ちます!」
「この辺でエンジン停止、皆、音を立てるなよ。シ~……まだだぞ、まだだ」
煙幕で視界がない中、遠くからエンジン音が聞こえてくる。
そのエンジン音は徐々にマノック達の乗る陸戦艇の後方から近づいてくる。
そしてその音が今度は徐々に左舷を通り、とうとうこの陸戦艇を追い越して船首方向へと抜けていく。
「今だ、エンジン出力上げ、全速前進!マックス、目標が見えなくても5秒以内で撃ちこめ! いいな」
「でも全く見えませんよ!」
「今だ! いいから音のするところへぶち込め!」
「りょ、了解です。ぶち込みます!」
ドンッ!
ガッ…
ボンッ!!!
キュルキュルキュル…
「この音、やばい! エンジンに直撃しちまったようだ! 面舵いっぱ~~~い、エンジン出力最大にしろ、緊急退避だ、爆発するぞ、巻き込まれるな!」
今だ真っ暗な煙幕の中、艇内ではドタバタと大混乱であった。
しばらくして盗賊艇らしい船が大爆発を起こす。
エンジンを貫いて遅延爆発した37㎜弾は魔石燃料のエネルギーを一気に解放してしまったのだ。
まさに急所に一撃をくらわしたのだった。
「マノック艇長、派手にやりすぎですよ。これじゃあ何にも回収できないじゃないですか…」
「あ、いやすまん。でもやらないとやられていたからな。勘弁してくれ」
「まあ、こっちはほぼ無傷だしね、いいんじゃないの」
さすがはレフで、いつもマノックのフォローに入ってくれる。
長老のレフが収めると、まあ誰も文句は言えなくなるのだった。
「そういえば輸送艇はどこへ行ったんだ? 折角助けてやったんだからしっかりと礼はもらうぞ」
煙幕の外にでるとそこには盗賊艇の無残な残骸が散らばっているだけで、輸送艇などこにもいなくなっていた。
通常は盗賊艇に襲われている艇を助けた場合は助けられた方が、その艇の価値にあった金額を支払うのが砂海での常識であった。
マノックもそれに期待したのだが、どうやら逃げられたようだった。
逃げれば支払わなくて済むのだから、当たり前と言えばそれまでなのだが、命がけだったことを考えると納得できるものでもなかった。
「誰か輸送艇の船名か何か見なかったか?」
「さっき皆に同じ質問したんだけどね、誰も知らないって」
長老のレフが残念そうに答える。
「骨折り損だったな…時間も無駄にした。出発するぞ!」
こうして再び当初の目的の場所である、『魔物だまりの岩山』へと進路を向ける。
夕暮れ迫る中、マノックは意味もなく汽笛を鳴らすと、それは砂海に物悲しい響きを奏でるのだった。
そして今日も砂海に夕日は沈んでいく。
読んでいただき有難うございました。
今後ともよろしくお願いします。