32話 エルフはゴッドハンドに酔いしれる
事件は祝賀会開催準備中に起こった。
ブリッジの艇長席に座ってウトウトしていると、緊急警報の甲高い鐘の音がマノックを現実に引き戻す。
「ん? なんだ? どうしたんだ、緊急警報って!」
我に返ったマノックが、キョロキョロとしながらも座席に座りなおす。
「3時方向、距離4000の地点に巨大ワーム複数出現です!」
見張り所から伝声管を通してマノックに連絡が入る。
「巨大ワームだと?! 推定の大きさは?」
「はい、少なくても一番大きいやつで20m級ではないかと思われます。その他に10m級を数匹確認しています」
「20mって、災害級じゃねえか! 奴らはこっちに気が付いている様子か?」
「いえ、今のところそういった兆候は見られません」
「よし、監視を続けろ」
「了解、監視を続けます!」
続いてマノックは伝声管を機関室につなぐ。
「キースいるか」
「はい、マノック艇長なんでしょうか」
「ワームが複数現われたんで、できるだけ砂海に伝わる振動を避けたい。速度を落とさずにできるか?」
「ははは、相変わらず無茶な命令出しますね。でも――ギアを高めで、それとできるだけ砂海から艇底を浮かせて航行すれば少しは違うかと思います」
「よし、じゃあ頼むそ」
「了解しました!」
続いてブリッジ内で舵を操るパットに話しかける。
「パット、すっかり盗賊顔がいたについたな」
「って、流れ的にワームを回避するコースを取れっていう命令でしょ! この状況で俺に突っ込ませないでくださいよ! 盗賊顔ネタ引っ張りすぎですから」
「いや、すまんすまん、その顔見たらどうしても言いたくなっちまってな」
「ったく、で、どうするんですか?」
「取舵30度」
「了解、取舵30度ですね……」
これでなんとか逃げ通せると思ったところで再び見張り台から連絡が入る。
「前方11時方向、距離4000付近にワーム複数出現! これもでかいです!」
「これはまずいな、どうやらこの辺はワームの繁殖地らしいな」
「続いて9時方向、距離2000付近に巨大ワーム出現しました! こちらに複数で向かってきます!」
「くそ、砲戦用意! 目標は9時方向のワームだ。出力最大に上げろ! 追いつかれるなよ」
ブリッジ内が急に慌ただしくなる。
「完全に囲まれちまったじゃねえか。こっちは2隻も曳航して速度がでないってのに」
マノックは座席に座ったまま、右手で顎を支えるような格好で不貞腐れながらつぶやく。
そんな時、慌ただしかったブリッジ内が、水を打った様に急に静まり返る。
ブリッジ内の乗組員は、明らかにある一点の方向から視線を遠ざけているようで、マノックは敢えてその方向へと視線を向ける。
「お、レラーニとミルか、どうした?」
レラーニとミルがブリッジに上がって来たのであった。
そこには『鮮血の雀蜂』がかもし出す、独特の空間があったのだが、かろうじてミルがそれを中和している。
「うむ、私が出撃しようかと思ってな。ちょっとでかいワームなど蹴散らしてやるぞ」
「マノックさん、私もお手伝いします」
そのレラーニとミルの提案に少し考えてからマノックは口を開く。
「現状で考えるとだな、どうしても2隻曳航状態では逃げることも戦う事も不利だ」
「じゃあ、どうするというのだ」
レラーニが腕を組みながらマノックに言い寄る。
腕を組んだことで協調されたレラーニの胸元に、目が釘付けになってしまうマノックだったが、それに気が付いたミルが、機嫌悪そうな表情でマノックの袖をつかむ事によって、慌てて目を逸らしながら答える。
「あ、ああ、ここは諦めて最後尾の輸送艇を切り離す」
その発言にブリッジ内の乗組員が一斉にマノックを見る。
そして最初に口を開いたのは副長のレフだ。
「いいんですか? あれ1隻で物凄いお金が動く代物ですよ。積荷もまだ積んだままですよ」
「皆の命には代えられねえだろ、それともなんかいい方法があるのか」
「ミルに魔物をたくさん召喚してもらう訳にはいかないのかね」
そう答えたのはレフだ。
「召喚はできるんだろうけどな、召喚した魔物が砂海上で行動できるとは限らないからワーム共を倒せるかも分からねえ。時間稼ぎにはなっても、ワームを振り切る速度が今は出せねえ。だからそれが良い案だとは思えねえな」
マノックのその一言で皆は沈黙してしまった。
「ということだ。あまり時間もねえからな、とっとと始めるぞ。まずは輸送艇に乗りこんでいる乗組員達を連絡艇で脱出させて回収。その後ミルは輸送艇の上に魔物を召喚してくれ。その後、俺の合図で輸送艇を切り離してそれをおとりにして全力で逃げる。その間、俺とレラーニでワームが俺の陸戦艇Ⅱに近づかない様に牽制する。いいな。急げ!」
ミルは黙ったままコクリと頷くと、急いでブリッジを下りて行く。
副長のレフも各部署との連絡で大忙しとなる。
「で、牽制? どういうことだ?」
相変わらず腕を組んだまま、レラーニはその場で首を傾げている。
「レラーニ、お前は俺とちょっと砂海をタンデムツーリングだ」
「ん? タンデム? 何を言っている」
「いいから格納庫いくぞ」
マノックは立ち上がっていきなりレラーニの腕を引っ張り、階段の方へと向かう。
「ふぇっ?」
突然のマノックの行動にレラーニは付いていけず、思わず変な声を漏らす。
マノックは階段に差し掛かるところで副長のレフに「あとは任せた」と言うと、レラーニの腕を掴んだまま、さっさとブリッジから甲板へと降りて行くのだった。
「ま、まて。腕を引っ張るな! ふひゃっ」
レラーニは何度も転びそうになりながらも、そのふんわりとした長い金色の髪の毛を空気中に泳がせながら、マノックに階段を引っ張られていく。
一度甲板にでると、その勢いのまま今度は格納庫へと向かう。そして格納庫にあった深紅のサンドスクートに乗るようにレラーニに伝える。
「整備員、レラーニのサンドスクートの整備は大丈夫だよな。乗って行くぞ」
マノックは近くにいた整備員に尋ねる、整備員は慌てて答える。
「あ、まってください。走る分には問題ないですが、後部座席のスピガットモーターは外して整備中ですよ?」
「ああ、かまわんよ。後部座席には俺が乗るからちょうどいい」
マノックが後部座席に乗る事を伝えると、それにレラーニが反応する。
「まて、マノック、私の後ろに乗るつもりか?」
「それがどうした。さっきタンデムするって言っただろう」
「本気で言ってるのか? 振り落とされても知らんぞ?」
「ああ、やれるもんならやってみろ。時間がない、急ぐぞ」
渋々レラーニは愛用の深紅のサンドスクートに跨り、エンジンを起動する。
ボオオ~ンという大きな排気音を出してメーター類の針が動く。
ドッドッドッドという独特の低いエンジン音を格納庫に響き渡らせる。
そこへマノックがドカッと後部座席に跨ると、レラーニがちょっと嫌な顔をする。
「おい、タンデムステップやタンデムバーがねえじゃねえか」
通常あるはずの、後部座席用の足を置くところと手で掴む取っ手が見当たらず、マノックは文句を言ってきたのだ。
「そんな邪魔なものはとっくに取っ払ったに決まってるだろ。文句があるならば降りろ」
「ああ、わかったよ。俺が悪かったよ。じゃあレラーニに掴まらせてもらうからな。ちょっと失礼するよ……」
「ひえっ、まて、はうぅっ、ぬぬぬぬ」
「ん? どうかしたか?」
マノックはレラーニの腰にまわした手を急いで外す。
「す、すまん。ちょ、ちょっと深呼吸させてもらっていいか――心の準備が、と、整ってなゃい――ない!」
なぜか興奮しているレラーニが、大きく深呼吸を繰り返す。
「そういうもんか? 時間がないから急いで頼むぞ」
「……」
一呼吸間を置いたところでレラーニは口を開く。
「よし、覚悟はできた! こいっ!」
「それじゃあ、失礼……」
「おおおっふ、ふへっ、ぐぬぬぬ……しゅ、出発する!」
いきなりエンジン全開で、サンドスクートは格納庫を飛び出す。走り出すと「キュイーン」という甲高い走行音に変わり、車体は徐々に加速する。
輸送艇からは脱出グループが乗った連絡艇がちょうど発進したところで、それを確認したミルが、俺の陸戦艇Ⅱの甲板上から召喚魔法を発動している最中だった。
ちょっと輸送艇には届かなかったようで、まずは護衛艇の甲板上に魔物を召喚して、そこから輸送艇に乗り移らせるようで、今は護衛艇の上に空間の裂け目ができていた。
そんな時に俺の陸戦艇Ⅱの80㎜連装砲が、接近してくるワームに向かって火を噴いた。「ドドンッ」という発射音を響かせて、2発の徹甲雷撃弾が真っすぐにワームへと飛翔する。
陸戦艇の乗組員達は、祈るような気持ちでしばしその弾頭の行く末を見守る。
そしてすぐにそれはワームの体表に大穴をあけて雷撃魔法を発動させると、それを見た乗組員から「わっ」と歓喜の声が上がる。しかも複数いたワームもひとまとめに感電して足止めとなっていた。
レラーニの後部座席でそれを見たマノックは、「やっぱ80㎜連装砲は違うなぁ」とつぶやくのだった。
これだったら容易くここを抜けられんじゃないかと、誰も少し安心したその時、俺の陸戦艇Ⅱのブリッジに見張り台から緊急連絡が入る。
「今の砲撃で気が付かれました! ワームが集まってきます! 新たに7時方向、5時方向にもワーム出現しました。完全に囲まれました!」
その連絡に副長のレフは愕然としてつぶやく。
「どっちへ逃げればいいのかね……マノック艇長」
レフには荷が重かったのか、指示に困ってしまっていた。
マノックは周囲を走り回り、だいたいの状況を把握すると、ミルの傍までサンドスクートを近づけさせる。
ミルが今回召喚した魔物は身の丈4mの『岩トロル』だった。それを見たマノックは(はずれだな)と思うのだが、それは表情には出さずに新たに作戦を伝える。
「ミル、作戦をちょっとだけ変更するぞ。いいか」
「はい、でもどうするんですか?」
「ああ、囲まれちまったからな。こうなったら正面の一点突破しかねえ。それにはできるだけ“俺の陸戦艇Ⅱ”にワームが集まらないように分散させたい。そのためにはワームの捕食対象が多数必要だ。ワームが接近してきたらその都度新たに魔物を召喚してもらいたい。場合によっては護衛艇も切り離して身軽になる。召喚する魔物の数が少し多くなるかもしれないが頼めるかミル?」
「もちろんです! 私がんばりますから!」
ミルはそう言うと、レラーニに視線をちらっと送るのだが、今のレラーニは他人の感情を垣間見る余裕などない。自分の体に触れる男の手が気になって、それどころではなかったからだ。
「それとミル、ブリッジにもそれを伝えてくれ」
マノックはそう言いながら前部座席のレラーニの肩を叩く、すると再び真紅のサンドスクートはミルの返事を待たずに、砂海へと加速していくのだった。
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