22話 落日の出撃
その後、今わかっている情報の他に、今回の作戦の概略をテーブルに広げられた大きな地図を使って説明された。
それによるとソレリアとトレシアの合同艦隊を主力として、この主力部隊は正面から敵艦隊に対応し、それ以外にソレリアから迂回部隊が奇を突いて側面攻撃を仕掛けるというもの。マノックと緊急招集された他の3人はというとトレシア側からの遊撃部隊として出航し、大きく迂回して後方の輸送艇を叩くというものだった。
全部で3部隊に分かれての戦闘となるのだが、マノック達の部隊にもちゃんと軍人が指揮官として付き、その指揮下に入ることになった。
時間があまりないことからも会議はすぐに終わり、早々に各自が持ち場へと戻って行った。マノックはというと、いわゆる急造の混成部隊に配備されたわけで、お互いの面識がほとんどないこともあって、とりあえず集まっての自己紹介をしていた。
皆がそれぞれの改造した中型の陸戦艇を所持しており、砲撃戦にも十分対抗できる戦力なのに対して、砲撃戦に対抗できる射程をもった武器を一斉持たないのは、マノックが所持する小型の『俺の陸戦艇』だけであった。
このマノック達の遊撃部隊は、カール・ルッツ男爵が指揮を執ることになっており、彼の乗る艇はデストロイヤー級の中型陸戦艇であり、この遊撃部隊では一番の戦力となる陸戦艇である。
マノックが自己紹介の番では、マノックだけがあれこれと質問を受けることになる。どういった戦い方を小型艇でするのか、轟雷と呼ばれるのは何故かなど、いちいち面倒だと思いながらも手短に説明して終わらせると、逃げるようにして自分の陸戦艇まで戻って来た。
港に係留中の陸戦艇に戻ってみると、ちょうど港の整備員が帰るところだった。その整備員の1人が『砂上バイク』に跨り、港から発進しようかというところでマノックが到着した。
「あのよ、それしばらく借りていいか?」
マノックがまず発した言葉はそれだった。
その後なにやら交渉をしたらしく、渋々ではあるが整備員は砂上バイクを置いて、歩いて陸地を帰って行った。
その一部始終を俺の陸戦艇の甲板上から見ていた乗組員から、マノックに声がかかる。
「この緊急時にどうするんです、そんなもの?」
声をかけて来たのは砲手のマックスだった。
「お、マックスじゃねえか、いつの間に湧いて出てきやがったんだよ」
「虫じゃないんですから、湧くとかやめてくださいよ。俺達も緊急招集されてここまで運ばれてきたんですから」
そこにはせっせと船の整備をしている『俺の陸戦艇』の慣れ親しんだ乗組員達がいた。ミルは特にやることもないのか、甲板上でボーと皆の仕事ぶりを見ているだけだったが。
マノックは陸戦艇に上がると、乗組員を集めて話を始める。
「皆、ある程度話は聞いてると思うけどな、俺からも説明しておく。かなりやっかいなことになってるんだな、これが」
そう前置きをしてからゴブリンとオークが攻めてくることや、自分達もその戦いに参加することになったことなど説明する。
「まあ、そういうことになったんだ。すまねえがちょいとひと暴れに付き合ってほしいんだよ」
「はいはい、いつものことだよね。謝ることはないよ。自分達の街や家族を守る為だしね」
レフが真っ先に口火を切ってくれる。それに追随するように他の乗組員も同意してくれる。マノックは良い仲間に巡り合えたと改めて思うのだった。
「日が沈む頃には出撃するんで、それまでみんな艇から離れない様に頼む」
マノックはそう言うと、港の整備員が補充してくれた弾薬や物品のチェックを始めながら、船倉に急いで積み込んでいく。それぞれがそれぞれの仕事に取り掛かる中、ミルだけは甲板上に紙を並べて特殊なペンを使ってしきりに何かを描いていた。だが、大きな戦いを前にした乗組員達は誰ひとりとして、それにかまう者はいなかった。
◇ ◇ ◇
大きく迂回して、敵艦隊の後方の輸送艇団を襲う任務のマノック達の部隊は、主力部隊よりも早い、陽が沈むのと同じくしてトレシアの街を出撃となった。
「皆、今からこの陸戦艇の艇長として、お前ら全員に絶対命令をする、いいかよく聞いておけよ! 絶対に死ぬな、以上だ!」
「またいつもの命令ですよね。でも大丈夫ですよ、俺らは死にませんって」
操舵手のパットがまた始まったとばかりにいつものように返す。
「大丈夫ですよ、私が絶対にそんなことさせませんから、皆は私が守ります!」
ミルが見張り台に登る途中の梯子で止まり、皆を見下ろすようにしてさらに話を続ける。
「あの、そ、その代わりマノックさんは、わ、私を守って――」
『ブボオオオオオオ~~~~オオオ~~』
先頭を走っていたルッツ男爵が乗るデストロイヤー級陸戦艇から汽笛が鳴り響いた。出撃の合図でもあり、兵士たちへの高揚の為でもあった。
「ううう」
その汽笛の音にミルの言葉はかき消されてしまい、ムッとした表情で少し唸ってルッツ艇をひと睨みすると、再び梯子を登って見張り台へと立つのだった。
街の港にある防壁門を出てると、徐々に速度を上げて街を離れていく。敵艦隊は接近しつつあるので、燃費を考えてゆっくりと航行していくわけにはいかない。あっという間に街は地平線の彼方に消えていく。
しかし今の『俺の陸戦艇』ではこの速度でついて行くのがやっとだった。
「キース、この速度で走り続けてエンジンは持ちそうか?」
前にオーバーホールしたとはいえ、さすがにオンボロエンジンが心配になったマノックは、機関手のキースに確認する。
「マノック艇長、今のところはなんとか持っていますけど、この先は保証できませんよ。もうエンジンが悲鳴を上げてますから」
「そうか、すまねえがここで置いてけぼりを食う訳にはいかねんだ、なんとか持たせてくれ」
「分かりました、なんとかエンジンをだましだまし――」
キュルッ、キュルッ、キュルッ
ガッ、ガッ、ガッ、ガッ
「うわっ、言ってるそばからこれだ! すいませんマノック艇長! 機関緊急停止します!」
キースが慌てて機関を非常停止させる
止めたにもかかわらず、機関からは煙がモウモウと上がっていた。
その煙がこもった機関室からキースが顔を覘かせると、マノックに告げる。
「すいません、エンジン故障です。すぐ修理に当たります!」
「こんな砂海のど真ん中でエンジン故障とはな……レフ! エンジン故障のため先に行ってもらう様に発光信号でルッツ艇に知らせてもらえるか」
「はいよ、発光信号で連絡するよ」
レフは信号用のライトを持ち出すと、ルッツ艇に発光信号を送り戦列から遅れることを伝える。するとその後すぐに『了解 修理完了次第追従セヨ 場合ニヨッテハ街マデ転進セヨ 判断ハ任セル』と返信がきた。
それを聞いたマノックは落胆する。
「そりゃそうだよな、曳航なんかしてくれんよな。あたりまえだな」
「マノック艇長、こんなところでグズグズしてたら良い鴨ですぜ」
マノックのボヤキを操舵手のパットがバッサリと切り捨てる。
「分かっちゃいるんだがな。キース、エンジンは直りそうか?」
マノックは機関室を覗き込みながら、修理に悪戦苦闘しているキースに尋ねるのだが、そう簡単には直らないことくらいは理解していた。
「マノック艇長、すいません。すぐには無理そうです」
「どれくらいかかるかわかるか?」
「はい、そうですね――早くても2時間ってところですかね」
「わかった、全力で当たってくれ。頼むぞ」
「了解です!」
◇ ◇ ◇
全力で修理に当たるも、結局修理完了までに3時間以上が経過していた。
「なんとか直りましたが出力60%ってとこです。それ以上は危険です」
それが修理完了したキースの報告だった。
それを聞いたマノックは全員を集めて話し合いを始める。
「皆も聞いた通りだ。現状エンジン出力は60%しか出ない。ここで俺達は選択をしなければならない。今から追いかけてこの陸戦艇で戦列に加わるか、諦めて転進して街に戻るかだ。多数決で決めるぞ。いいか?」
皆が黙って頷く。
「よし、それじゃあこのまま追いかけて戦列に加わると方がいいと思う者、挙手してくれ」
すると全員の手が上がる。
「ふふ、ふははは! おまえらやっぱ馬鹿だな。まあ予想はしていたがな」
「マノック艇長、馬鹿はお互い様ですよね。エンジン修理中にずっと武器の整備してたの知ってますよ。転進する気なんてなかったですよね?」
砲手のマックスにまで言われてしまいさらに笑い出すマノックに、他の乗組員にまで笑いが伝染する。
「ははははは! それじゃあ馬鹿ども、改めて出撃だ!」
エンジンに火が灯りマノックの号令の元、再び砂海を進み始める『俺の陸戦艇』だった。
しかしその頃、前を行っていたルッツ艇を旗艦とする遊撃部隊は、思わぬ敵と会敵しており早くも激戦を繰り広げていたのだが、そんなこととは知らずにマノック達は、当初予定していた集合地点へと急ぐのだった。
読んで頂き有り難うございました。
徐々にクライマックスへと話は進みます。
でもまだまだ続きますよ!
今後とも宜しくお願い致します。




