20話 蟻塚は消えない
直ぐにでも逃げようとする大の大人のマノックとは反対に全く逃げようともせず、それどころか怖がる素振りも見せなかったのは少女のミルだった。
ミルは愛用の肩掛け鞄から文様の書かれた紙を取り出し、それを天高く掲げるて魔力を流す。すると紙に書かれた文様がハッキリと分かる魔法陣となって青白く光り、そして手の中で青く燃え尽きる。
それと同時に女王蟻との間の空中に亀裂が入り、その亀裂の中から太い手が出て来て亀裂を自分で広げながら強引に魔物が這い出してきた。
身長5mはある一つ目の巨人、『サイクロプス』といわれる魔物を召喚したのであった。
青みがかかった肌の筋肉もりもりの体をしていて、頭には小さな角が1つ生えていた。簡単な革の腰巻とベルトの様なものをしており、そのベルトに吊り下げていた巨大なこん棒が武器の様だ。
「ミル、そんな便利な紙があるんならさ、初めから教えておいてくれよ」
「すいません、前に銃を買う時に言おうとしたらその、流されてしまったんで……」
「まあ、いいや。サイクロプスVS女王蟻の試合でも見ますか」
「はい!」
2人は呑気に、近くの岩に腰を下ろして戦いを観戦し始める。
最初に攻撃を仕掛けたのは女王蟻の方であった。
サイクロプスが亀裂から這い出てきてすぐに、女王蟻はその鋭い顎でサイクロプスの太い脚に噛みついた。
「ぐがあぁぁぁぁ!」
サイクロプスが悲鳴ともとれる声で叫ぶ。
そして怒りをに狂ったサイクロプスは、脚に噛みついたままの女王蟻の頭を殴りつけ、『ガヅンッ』という重い衝撃音が響かせるのだが、女王蟻の顎が脚から離れる事はなかった。いや、むしろ殴った衝撃が顎をとおして自分の脚へと響き、傷口を広げてしまっていた。
殴ってもダメだとやっと悟ったサイクロプスは、腰のベルトに吊り下げていた巨大なこん棒を手に持つと、それを頭上まで大きく振り上げて、そのまま女王蟻の頭へと叩き落した。
その威力は物凄く、己の脚の肉ごと女王蟻を地面に叩きつけた。
「ぐおおおおおおおぉぉ!」
自分で殴ったその結果、己の脚の傷を広げてしまうことになり、悲鳴さえ上げているサイクロプスを見て、マノックがぼそりと呟く。
「こいつ結構バカだな……」
「うん、頭の中は単純構造みたい。だから召喚しやすいの」
「ふ~ん、そんなもんなのか」
「マノックさん、あっち」
マノックはなんだとばかりにミルが指さす方向を見ると、陸戦艇がこちらに向かってきていた。街の巡視艇か警備艇だろう。
蟻の巣岩は街から近い、そんなところで魔物が暴れているとなると監視塔からも丸見えで、そうなると巡視艇か警備艇がお出ましになるのは想像がつく。
「やっかいなのが来ちまいやがったな。さっさと倒しちまわねえと魔物素材横取りされちまうぞ」
「サイクロプスさん、頑張って!」
「俺の轟雷魔法はもう魔力切れで使えねえしな。しょうがねえ、勿体ねえけどあれを使うか」
マノックはバックから棒状の何かを取り出す。
30㎝ほどの長さの木の棒の先に大きな円筒型の黒い金属がついたもの、『柄付手榴弾』と呼ばれるもので、円筒型の金属の中にはエクスプロージョンのポーションが詰まっている。それを対象物になげつけることにより、約4秒ほどの遅延魔法の作用を経てエクスプロージョンの魔法が発動する。
ただし今マノックが取り出した柄付手榴弾の円筒部分には炎の絵が描かれていた。つまりこれがエクスプロージョンなどの爆発系ではなく、炎系のポーションが封じ込められている事を意味する。
マノックはその柄付火砕弾を、勿体なさそうにしながらも女王蟻へと投げつけた。クルクルと回転しながら宙を飛び、女王蟻の大きなおしり部分にぶつかり『カンッ』と上空に跳ね返ったところで魔法が発動した。
すると一瞬で女王蟻は炎に包まれる。
傍にいたサイクロプスにまで被害が及び、その燃え滾る炎で傷ついていた脚をさらに悪化させてしまった。
しかしサイクロプスは、自分の脚が燃えているのもお構いなしに、火の移った燃えるこん棒で女王蟻の大きなおしり部分を何度も叩きつける。
こん棒を叩き続けるたびに徐々におしり部分がへこんでいき、しまいには燃えながらにして女王蟻は動かなくなった。
すると役目は終えたとばかりにサイクロプスは召喚から解放され、元の世界へと帰って行った。
ミルにクリエイトウォーターの魔法で燃える女王蟻を消火をしてもらい、素材を急いで回収しようとしている時に警備艇は彼らのすぐ横に停船した。
「やはりマノックおまえか、あまり騒ぎを起こさないでくれよな」
巡視艇からマノックを見下ろすように顔を向ける人、おそらくこの巡視艇の艇長なのであろう。どうやらマノックとは顔見知りらしく、口ぶりからもこんな騒ぎは1回や2回ではないのであろう。マノックの悪ガキおっさんぶりが想像できてしまう。
「いつもすまねえな、だがもう大丈夫だ。すべて終わったよ」
マノックが返答すると、声をかけた艇長が軽く手を振って、巡視艇はまた元来た街方向へと艇を走らせて行ってしまった。一応騒ぎが起きたので、形式上来ただけなのかもしれない。
「やあ、知ってる奴でよかったよ。中には素材や魔石をかすめていく奴もいるからな。危ねえ、危ねえ」
ナイフというよりも剣に近い大きさの刃物で、黒焦げになってしまった女王蟻の素材を剥ぎ取りながら、マノックは巡視艇の人が知り合いだったのだとミルに話した。
「マノックさんって結構顔が広いですね。あっちこっちに知り合いがいて羨ましい」
「この商売をやってりゃあな、あっちこっちで顔も知られるってもんだよ。知り合いってだけでな、友人と呼べる奴はほとんどいないけどな」
「あの、わ、私って、マノックさんにとってなんですか……ね」
その質問をした途端、マノックの手が止まる。
ミルも質問をしておいて、聞くんじゃなったと後悔してうつむいてしまう。
気まずい沈黙が続き、やっとのことでマノックが口を開く。
「ミル、おまえはな、俺にとって……『ズザザザザッ!』、なんだ!?」
女王蟻の死骸の下、元あった蟻の巣のところから、顎が以上に発達した俗にいう兵隊蟻が埋まった穴から這い出してきたのだった。
「やっべ! 今度こそ逃げるぞ!」
マノックはキョトンとしているミルを小脇に抱えて、一目散で街へと走り出すのであった。
「はあ、はあ、はあ、こういうのは引き際が大切なんだよ。あのまま続けてたら『無限地獄』ってやつにハマってるところだぞ」
追って来ないことを確認して、小脇に抱えていたミルを下ろすと、息を切らしながら説明する。
ミルはいくらでも魔物召喚して、いくらでも倒せる自信はあったのだが、そうなると今度は本格的に巡視艇が来て、面倒くさい事になるということに気が付き、大人の世界の余計なしがらみというものを知る機会となった。ましてやマノックといることによって忘れかけていたのだが、自分が特異種という特別な立場だった事を思い出す。
(特異種と言うことは出来るだけ隠そう。マノックさんに迷惑かかる)
ミルはそう心の中で思うのだった。
街に着くと、早速素材を売りさばきに行く。女王蟻と言えども所詮は蟻なので、大した金にはならないとは思うのだが、魔石は別格だ。そこそこの大きさの魔石だったので少しくらい金になるだろうと思い、買い取り商の買い取りカウンターに品物を並べる。
「どうだおやじ、いくらになるよ?」
「ちょっとまってくれ、今調べるから」
お店の規模は比較的小さい、買い取り専門なのだから買取用のカウンターと、倉庫さえあれば商売が成り立つからだ。右から左へと商品を流して手数料を取る商売は、一見簡単そうに見えるのだが、だからこそこの手の商売の同業者は多い。そうなると高く買ってくれる店に、素材は集まるので買取値段の設定も死活問題となるわけだ。結局高く仕入れて、安く売ることになり、儲けは思った以上少ない。
「女王蟻の素材に魔石ってことは、先ほどの騒ぎはお前さんの仕業だね」
「もう噂が広がってやがるのか、まいったな」
マノックが困った顔で頭をかく。
「この値段でどうだ?」
掲示された金額は、素材と魔石を合わせて5千シエルという値段だった。
決して高い買取金額ではないのだが、ミルと一緒にいる以上余り目立ちたくはないという気持ちもあってその金額で取引を成立させた。
しかし、元々は射撃練習のつもりだったのが、討伐という形になっての臨時収入と考えれば悪くはない。
「臨時収入だぞ、ミル。何か欲しい物あるか?」
「えっと、チョコレートっていうのを食べてみたいです!」
欲しい物が食べ物とあってミルが頬を赤らめる。
「何赤くなってんだ? チョコレートか、俺もさすがに聞いたことしかないなあ。うまいのか、それ?」
「わ、私も聞いたことしかなくて、一度食べてみたかったんです」
動揺してしまい、少しだけ声が上擦るミル。
「確かこの街でも扱ってる店があったって聞いたぞ、行ってみるか」
「はい、ぜひ!」
マノック達はこの街の中央通りにある有名店へと向かうのだった、
この世界では植物は極端に少なく、その為野菜などは非常に値段が高い。
その逆に肉の方が圧倒的に値段は安い。
コーヒーやカカオや紅茶などは高級品であって庶民に手が出る品ではなく、庶民が飲めるのは魔物を煎じたハーブティーもどきがいいとこだ。
南の方の魔物が少ない土地へ行くと、各所に広大な土地に多くの植物を育てているが、この辺の土地ではそう言ったの所はあまり見かけず、殆どが輸入に頼っている状態だ。
その代わり魔物の素材や肉や魔石の取引でうまく成り立っていた。
マノックとミルはお目当ての有名店に到着していざ突撃と店の前に立つのだが、店の雰囲気に圧倒されてしまい突撃に躊躇していたのであった。
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