2話 巨大ワームは大金に変わった
タイトルに少し言葉を付け足しました。
「マノック艇長、レタシアの街が見えてきました。速度落とします」
「そうか、なんとか魔石燃料は持ちこたえたな。よし、上陸準備しておけ」
「了解」
「おーい、聞いたか、上陸準備だ。キースとマックスはワーム素材を頼むよ。パットはいつものように港への係留作業頼むね」
マノック艇長がだまっていても、テキパキと支持を出してくれるのは航法士のレフだ。
年齢50歳とこの船で一番の年長者で、しかも13歳で乗り始めたという陸戦艇歴37年の大ベテラン。
それゆえに『長老』と呼ばれているのだが本人はその呼び名が嫌いであった。
気持ちはまだ若いつもりらしい。
見渡す限り砂が続く地ではあるが、いくつかオアシスが点在する。
オアシスでは水が溢れ、木々が生い茂り、そこには人々が集まり街が作られている。
街の周りには城壁が張り巡らされており、魔物の襲撃に対する防備を固めていた。
港に接岸すると荷物の積みおろしを大急ぎで行う。
今回はワームという『生肉』を大量に積んでいるため、肉が傷む前に業者に納品したいからだ。
大抵こうした港にはそういった専門の引き取り業者がいて、船が着くなり声を掛けてくる来る者がたくさんいる。
特に今回は大物が所狭しと甲板上にまで山積みとあっては、港にいた業者が殺到した。
しかしマノックはそんな怪しい業者には目もくれず、店舗を構えている馴染みの取引業者へ一直線で進む。
しばらく歩いて着いた先にはお世辞にも上手とは言えない字で書かれた『ボール商会』、という大きな看板を掲げた店がひっそりと営業していた。
マノックはその店へと躊躇なく入って行く。
店には商品は全く置いていない。
メニューと書いた冊子が棚にいくつか置いてあり、あとは大きなカウンターがあるだけだった。
そのカウンターの向こう側には、暇そうに煙草をプカプカしている店主らしい人物がいた。
「よお、ジョージ、景気はどうだ」
誰も客がいない店でマノックが店主に声を掛ける。
「なんだレイか、また冷やかしに来たのか」
ジョージと呼ばれた男は顎鬚が特徴的なうさんくさい雰囲気を漂わせるこの店のオーナーであり店主であった。
お互いを名前で呼び合うほどの2人からは、かなり仲がいい事がわかる。
「おいおい、冷やかし扱いはないだろう。折角ワームを狩って持ってきたってのによお」
腰に手を当てて偉そうにしゃべるマノックの言葉に、驚いた様子でレイ・マノックを見る『ボール商会』のジョージ・ボールだった。
2人とも同じ位の年齢らしく、30歳前半の中年おっさんだ。
「本当か!? からかってんなら本気で怒るぞ?」
「ふはははは! 嘘ついてどうするよ、ワームを仕留めてきたぜ、しかも丸々1頭持ってきたぜ」
「やったじゃねか! それと丸々1頭ってことは単独で仕留めやがったのか!?」
「どうだ! 見直しただろう」
「見直したかどうかは置いといてだ、早速商談の話をしようじゃねえかレイ」
「ふん、いいだろう。高い値をつけろよな。今現物を裏の倉庫に運ばせるから待ってろよ。見て腰抜かすなよ、予想以上にでけえぞ」
そう言うとマノックは店を出て巨大ワームを運ぶ手伝いをしに行く。
港に再び戻ってくると、いくつもの大きさに分断された巨大ワームはレンタルしてきた大きなカート3台分に山積みされた状態だった。
「これを業者まで運ぶだけでも金が飛ぶんだよなぁ、まさかカート3台分とはなねぇ、まいったよ」
マノックは頭の中で金勘定をしながら呆れてしまう反面、その獲物の量に改めて驚くのだった。
「陸戦艇の方は大丈夫なのか?」
マノックが留守番を気にして長老のレフに尋ねたのだ。
「ああ、抜かりはないよ。いつもの警備を雇ってあるんで大丈夫だ。代金は前払いしたから後でカート代金と一緒に清算頼むよ」
誰よりもいつも先に手をまわしてくれる、さすがは長老レフだと感心して頷くと、この肉の塊が山積みの大カートを運ぶように促す。
「じゃぁ、運ぶとするか。お前ら全員ちゃんと押せよな。サボってたり力抜いてやがったら手当て金減らすからな」
一応カートにはそれぞれ砂蜥蜴が1匹づついるのだが、荷物の量があまりにも許容積載量を超えているので、人力の補助が必要だったのだ。
もっと多くのカートをレンタルしろよっ! て話は誰も口にしないのが暗黙のルールだ。
港から『ボール商会』までは歩いても5分くらいの距離なのだが、その距離は非常に長く感じた面々だった。
というのは街の住人はもとより、道を行き交う業者達、魔物ハンター達、そして商店の店主などは店から顔を出してまで、この奇異な光景を不思議そうに眺めているからだった。
大抵は獲物を捕ってくると、港に出入りする業者と売買するのが普通だ。
わざわざ港から獲物を移動してまでして売買する暇人はいないのだ。
そのため、街中を巨大ワームの切り身を満載したカートが連なるなんてのは物珍しいのだ。
「いや~大漁だったなぁ、大漁、大漁」
などとわざわざ、『砂海でちゃんと俺達が漁で捕ってきましたよ』とアピールしながら恥ずかしさを紛らわしていた。
そう、こう見えても彼らは小心者だった…
「やっとついたか、俺はずっと足元しか見てなかったよ」
そう言うのは機関手のキースだ。
陸戦艇ではいつもあのオンボロエンジンに張り付いていてくれるので、手は常に油で真っ黒だ。
陸戦艇に乗っている時はタオルで顔を拭くのだが、今は持ってきていないのでその真っ黒な手で額の汗を拭うこととなり、徐々に顔も油まみれで黒くなっている。
「クックックッ、キースよ、なんでおまえ油まみれの顔してんだよ。ここは陸地だっていうのによぉ、ふははは」
キースの姿を見て笑い出すのは操舵手のパットだ。
見た目はまるで盗賊だが…見た目通り怒らすと怖かったりする。
「よおし、倉庫に運び込むぞ。荷物を下ろしたらマックスはカートをレンタル屋に返しに戻ってくれ、マノック艇長は値段交渉お願いしますよ。他は荷物を倉庫に積み上げていくぞ」
ここでもレフがすべて仕切ってくれていた。
「うん、あとは頼みます。できるだけ高く買ってもらって飲み代捻出しますよ」
そういってレフに後のことをお願いすると、マノックは事務所の扉を開けるのだった。
「ジョージ、山のような荷物を持ってきたぜ。まぁ見てくれよ」
そう言って、事務所の扉を全開にして倉庫の奥まで見えるようにする。
椅子から立ち上がり、倉庫へと続く扉から顔を覗かせるジョージの顔に、驚きと笑顔が混じった複雑な表情が現れる。
「こ、こいつはすげ~な…俺が予想してた獲物よりもでけ~じゃね~か。よくもまぁ単独でしかもあんなオンボロ艇で仕留めたよな。陸戦艇の名前は『僕の陸戦艇』っていったけか」
「ジョージ、『俺の陸戦艇』が正式名称だよ。いい加減覚えろよな」
そう、彼らが乗る陸戦艇の船首側面部分にはちゃんと赤字で『俺の陸戦艇』と書かれていて、協会に申請した書類での名義もしっかりとそう書いてあった。
「もう何回もいうけどな、そんな名称つけるバカはレイ、お前位だからな」
「まあな、俺もそれ位は理解してるんだけどな、その辺の話はまた今度な。それよりも幾らで引き取ってくれるんだ?」
「ふん、俺も頑張って良い値を付けたいけどな、今日飲み行くんだろ?」
「わかった、わかった、おまえも奢るから来いよ。だから高値で頼むよ。あっと、それからこれも査定してくれるか」
そう言ってマノックは背中に背負っていた大きな袋を床に下ろし、巨大な紫色の石を取り出す。
巨大ワームの魔石だ。
「おおおお、すげ~な。でけえ、この大きさのワームの魔石となるとやっぱりこんなにでっけえんだな。ちょっとヒビが入ってるのがもったいないな」
「で、これら全部お前に託すぞ、幾らで引き取るんだ」
「そうだな全部ひっくるめて――50万シエルでどうだ」
「そ、そんなにいいのか! 5万じゃなくて50万シエルだよな!」
「ああ、その代りなんだが、現金ですぐ揃えられるのは30万シエルなんで残り20万シエルは来週でいいか……さすがに俺の店ではすぐには払いきれん」
「ああ、それならこちらも条件を出していいか」
「ああ、できる範囲で頼むよ」
「陸戦艇の修繕を安く頼みたい、それから後部の空いた砲座に武器を着けたいんだがそれも安く済ませたい、どうだ?」
「レイ、お前も交渉がうまくなってきやがったな、ふふふ、いいだろう。じゃあその費用をひっくるめて20万シエルにしとくってのでどうだ?」
「交渉成立だ」
2人は笑いながら固い握手を交わした。
こうして現金で30万シエルという大金を手にしたマノック一向は、笑顔で夜の飲み屋通りへと消えていくのだった。
「「「「「かんぱ~~~いっ!」」」」」
ここ『砂の息吹亭』の最奥の大テーブルではマノック達5人が陣取っており、テーブルの上には所狭しと豪華な料理が並んでいる。
この料理を見ただけで誰もが「こいつら一儲けしやがった」ことがあからさまだ。
周りの他の客達は、羨ましそうに彼らを見るのだった。
しばらくすると入口から1人の商人風の恰好をした男が入ってくる。
店に入るなりきょろきょろしたかと思うと、マノック達のテーブルを発見しツカツカと早足で近づいて来た。
そしてテーブルまで来ると突然しゃべりだした。
「マノック! すげ~よあの魔石、普通の魔石じゃないぜ!」
興奮した様子のこの男はボール商会のジョージ・ボールだ。
仕事を終えて合流しようと駆けつけてきたのだった。
「おいおいおい、ジョージ、まずは座って落ち着けって。ほら、とりあえず1杯飲めよ」
マノックはコップにワインを並々と注いでジョージに渡す。
「おお、すまんな…ングングング、ぷは~うめえなやっぱりってそれどころじゃないんだよ!」
「そうかそうか、わかったわかった、んじゃあ乾杯するか?」
「ちゃんと聞けって。あの巨大ワームなんだけどイレギュラー種らしくて、特にあの巨大な魔石はヒビが入っているにもかかわらず、破格の値段が付いたんだよ。今までいろいろ取引してきたけど、こんなの初めてだぜ」
「そ、そうなのか? で、いくらで売ったんだ? 大分儲けしたんだろ?」
「まあな、儲けさせてもらったよ。いくらで売ったかは内緒だがな。まあ礼ぐらいはさせてもらうよ。陸戦艇の修繕と後部砲塔の武器、期待しててくれよ」
こうして総勢6人の男ばかりの飲み会なのだが、大いに盛り上がってお店が閉店するまで飲み続け、支払いの段階になってその金額に驚愕するマノックだった。
読んでいただきありがとうございました。
せめて週一は更新をします、場合によってはもっと更新しますのでどうぞよろしくお願い致します。