19話 思い出は蟻と共に
「そうだミル、上の展望台行ってみるか。ちょうどいい時間帯だぞ」
マノックは付いて来いとばかりに、展望台へと階段を駆け上がる。
展望台は街を囲んだ防御壁よりも高い位置にあり、そこからは街の外の砂海が見渡せた。
その地平線の彼方にゆっくりと沈んでいく夕日が砂海をオレンジ色に染め上げて、幻想的な雰囲気を醸し出す。
そのあまりに美しい光景に、ミルは言葉を詰まらせる。
「いつもはな、この夕日をバックに射撃練習するんだがな」
この一言で、せっかくの崇高な時間が台無しなったと厳しい視線をマノックに送るミルなのだが、出掛かった言葉はなんとか飲み込んだ。
そう思ったのも束の間で、マノックがまじめな話をぽつりぽつりと語りだす。
「俺はな、夜になるといつもここに椅子とテーブルをだしてな、ワインを飲みながら星空を眺めるんだよ。そうするといつも思うんだけどよ、俺はなんの為に生きてるんだろうなって思うんだよ。それでドリュアスにお前は何の為に生きてるか聞いたんだよ。そしたらなんていったと思う?」
「精霊様ですからねぇ、考え方が人とは違いそうですよね」
「ドリュアスはな、『木の精霊は樹木に宿るので樹木の為に生きて、樹木と共に死んでいく、それが定めだ』って言うんだよな。それなら人ってどうなんだって聞いたらさ、『人は定めに生きて運命で死んでいく』って言うんだよ。じゃあ俺の定めってなんだよって聞くと『我々と違い、人は様々定めと運命で出来ているから、それは本人にしか分からない』って言うんだよ。それから『だから人は羨ましい』っていったんだよ。人は定めや運命は変えられる、だからドリュアスは羨ましいって言ったんだな」
それを聞いてミルは、特異種という自分の人生も変えられるって事なのかと思う。
ミルはマノックがそれを言いたくてこの話をしたんだと気付く。
精霊様という説得力のある言葉を使って。
「ありがとうマノックさん、やさしいんですね」
「おお、そ、そろそろ夕食にでもするか」
マノックは照れた顔を隠すように背を受けると、夕食の準備という口実で階段を下りていく……ガラガラッダッダン!
「痛ってぇ~」
どうやら階段を踏み外したらしい。
その音を聞いてミルは口に手を当てて、笑いを堪えるのであった。
◇
◇
翌朝、ミルが目を覚ましてベットから出ると、すでにマノックが寝ているはずのハンモックが空になっていた。どこへ行ったんだろうと思っていたところで3階の展望台からマノックが下りて来た。
「お目覚めだなミル、展望台に朝食の用意ができているから上がってきな」
ミルが階段を上がって行くと、まだ日が昇りきらないため辺りは薄暗く、少し肌寒いくらいだった。ミルが階段を登りきるとそこには、小さなテーブルと椅子が2つ置かれており、テーブルの上にはマノックが作ったであろう朝食が用意されていた。パンにスープにスクランブルエッグと簡単なものではあるが、この世界の常識から言うと豪勢な朝食だった。
「この時間帯の早朝がまたすがすがしくてな、いい感じなんだよね。もうすぐ日が昇るんだけどその瞬間もいい。でも日が昇っちまうと急に暑っ苦しくなって不快になるんだけどな」
マノックは食事をしながら思いに耽る。
「マノックさんって子供の様な大人ですよね」
「ああ、少年の心を持つおっさんだよ」
地平線から太陽が這い出してきて、砂海を熱く照らし始める時間になると、マノックはミルに出かける準備をするように言ってきた。
「どこか連れてってくれるんですか!?」
その言葉を聞いたミルは両手を胸の前で握り、目をキラキラと輝かせながらマノックに詰め寄る。
「ああ、蟻の巣岩だよ」
何を言い出すのかこの人はと、キョトンとした目でマノックを見つめる。
「蟻の巣岩って?」
ミルが首を傾げる。
「港から30分くらいのところに小さな岩場があってな、そこに蟻の巣あるんだけどさ、ガキの頃からよくいくところでな、良い射撃練習になるんだよ。30㎝ほどの赤蟻だから弱っちいし、素材も魔石も取れないから誰も近づかないんだが、唯一ガキどもが、新人ハンターの修練の場としていくところなんだけどな。でも最近のガキどもはそこへもいかなくなったって聞くんだよなあ」
マノックが子供の頃によく行った場所なんだろう、腕を組んで懐かしそうな表情をしている。
「分かりました……すぐ準備します」
ミルは変に期待した自分を戒めて、昨日買った装備を着けていく。
(なんか怒らせたかな?)
乙女心など全く鈍感なマノックは、ミルの様子の変化にドキマギしながら準備をすすめるのであった。
2人は大きな荷物を背負い、早朝の街中を歩いて港へと進む。
朝早くから街のあちこちでは店の準備やら、仕事で行きかう人々がたくさんいて、さすがに大きな街なんだなとミルは感じていた。
港に着くとマノックは『俺の陸戦艇』には乗らず、持ってきた砂上靴をミルに渡して、自分もそれを履き始める。
「歩いて行ける距離何でな、歩いて行こうかと思うんだ。なんか懐かしいぜ、これ履くのは」
子供の頃は砂上靴を履いて歩いて蟻岩まで歩いて行ったそうで、時々砂ネズミが出たりもして楽しかったとマノックは懐かしそうに語る。
「昨日買ったリボルバーには弾を装填していつでも撃てるように準備しておけ……ってまだ教えてないか、そういえば」
出発する前にマノックは、弾の装填の仕方や撃ち方など基本的なことを、手短にミルに教える。
そしていよいよ出発だ。
砂の上歩くこと1時間弱で何事もなく岩場に到着したのだが、そこに人影は全くなく、やはり最近は誰もこないんだと、少し悲しく思うマノックだった。
岩場に近づいただけで、30㎝ほどの赤色をした蟻がうようよしているのが見えて、ミルは「キモッ!」っと思わず声を上げてしまう。
「長い期間誰も来てなかったんだろうな、蟻の数が尋常じゃないな。まあ、弾丸はたくさん持ってきたから討伐もかねて撃ちまくるか」
マノックは肩にかけていた水平2連のションショットガンを手に持ち、装弾してあることを確認して『ジャキン』っとバレルを閉じて準備をする。
ミルもそれを見て慌てて教わったように安全装置を外し、両手で新品の拳銃を握りしめる。
「よし、ちょっと予想以上に数が多いからな、この距離で撃ってみようか」
距離にして10m、本当はもっと近づきたいらしいが、数が多いので一気に接近されたら厄介なので、距離を置くことにしたのだ。
マノックの指導を受けながら、人生で初の拳銃射撃を開始した。
バンッ!
ビシッという感じの反動がミルの両手に伝わり、銃口が発射の反動で少し上に跳ねるのだが、抑えきれないほどではなかった。しかし、初弾は狙った場所とは全然違う岩に『キィン』という音を発して跳ね返された。
ミルは撃った衝撃に驚いてしまって、一瞬目をつむってしまい目標を見失ってしまっていた。それが原因で狙いを外してしまい、それをマノックに指摘されて自分でもそういえばそうだと理解するのだった。
続けて5発装填したすべての弾を撃ち尽くしたのだが、蟻達はせっせと蟻の巣から砂を運び出しているままだった。つまり5発すべて外したのだ。
「結構難しいもんですね。なんか悔しいです」
ミルは口を一文字にして悔しさを表情に表す。
マノックに教わった様に、左に装弾部分のシリンダーをスイングアウトして、新たに呪文が描かれた弾丸を5発詰めなおす。
弾丸は金属でできていて、その下には装薬筒が付いているのだが、その装薬筒には呪文が呪符されていて、衝撃によって装薬筒内のエクスプローションのポーションを発動させて弾丸を飛ばす仕組みだ。
しかしこの位の弾丸の場合、小さすぎて弾頭部分には呪符が施せないので、弾頭に関しては魔法無しであった。
「撃つ時はなるべく目を瞑らない様にする、せいぜい瞬きする程度に留めることだな。まあそう簡単にはいかないか。まずは両手でしっかり握って……そう、いい感じだ。もちょっと足幅を開けて……そう、そんな感じで。標的を指差す様な気持ちで狙って撃ってみろ」
「はい、撃ちます!」
バンッ!
ミルが撃った弾丸は狙っていた蟻とは違う蟻に命中して『カツンッ』という、岩に当たるのとは違った音を発して、1匹の蟻の動きを沈黙させた。
「お、当たったな! よし、今度は連続で撃ってみようか」
「狙ったのとは違う蟻なんだけど……はい、連続で撃ちます!」
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
カチッ! カチッ!
「5連発の銃だから5発撃ったら、装填し直さなきゃな。いつも自分の銃にはあと何発残っているか残弾把握しなくちゃだめだぞ。これは命に関わることでもあるからな」
こうして50発ほど撃ったところで練習は終了した。
ミルは銃の反動で手が痺れてしまっているらしく、しきりに手を振っている。
「だいぶ前になるんだがな、この蟻の巣に『轟雷』の魔法を打ち込んだことがあるんだがな、1週間したら元通りになってたんだよ。いったいどうなってんだって思うよ。なくなる気配が全くないんだからな」
マノックはそんなことを言いながらも、ショットガンで蟻の巣に弾丸を撃ち込んでいくのだが、倒しても倒しても赤い蟻は巣から出てくる。
「やっぱりきりがねえな、無駄かもしれんが久しぶりに1発ぶちかましておくか」
マノックはぶつぶつと呪文を唱えながらも、空中にゆっくりと魔法陣を描き始める。
魔法陣が完成すると、魔法発動のキーワードを唱える。
「轟雷!」
魔法発動と共に、蟻の巣の真上に雷雲が発生したかと思うと、『バリバリバリッ』と凄まじいい轟音を発して稲妻が蟻の巣に落ちた。
稲妻が落ちた場所では、まるでそこが爆発したかのように砂と蟻が広範囲で飛び散り、大きくクレーターのような跡が残った。
辺りには黒焦げになった多数の蟻が転がっている。
「凄い……」
ミルは初めて見た轟雷魔法のその威力に唖然としてしまっていた。
「昔もこれくらい滅茶苦茶に破壊したんだけどな、強い生命力なのかね。まあ、魔物だからな」
その後、帰る準備を整えている時だった。
黒焦げになったクレーター状になったところが、徐々に盛り上がってきたのだ。
「マノックさんっ、あれ!」
ミルが異変にいち早く気が付いて、マノックにそれを知らせる。
そして盛り上がった砂の中から、突如大きな魔物が出現したのだった。
「女王蟻か! でけーぞ、気を付けろ!」
マノックは即座に背中のショットガンを手に持ち、総弾数2発の散弾をその女王蟻に叩き込んだ。
ダァンッ!
ダァンッ!
「くっそ、跳ね返しやがった。こっちに来るぞ、ミル逃げろっ」
砂から這い上がった体長3m以上はあろうかという女王蟻が、マノック達へと大きな顎をギシギシと音を立てながら迫って来たのだった。
読んで頂き有り難うございました。
週に2~3回投稿を目指していますので、どうぞ今後ともお付き合いよろしくお願いします。




