173話 俺の陸戦艇物語
遂に最終話となります。
ルイスとルイーズの2人に話を聞くと、本当にマノックとレラーニ、そしてミルの間にできた子供のようだ。
砂海の向こうからこの小さな陸戦艇1隻できたらしい。
それでは砂海の向こうはどうなっているのか?
砂海を航行する事6カ月間、行き着く先には永遠に止む事のない砂嵐の壁に遭遇する。しかしその砂嵐を抜けた先には新たな世界があった。
その地には水や植物が豊富にあり、こちらの世界同様に人属や亜人種族が普通に生活している世界があるという。
文化の違いは多少あるのだが、ほとんど変わらない生活をしていた。
ただ大きく違ったのは陸戦艇が存在しないこと。
それは砂海がほとんどない世界だから必要がなかったと言った方が良いだろうか。
その地を訪れたマノック達は砂海の切れ目ギリギリまで陸戦艇を移動して、最終的には船底を地面に下ろし、陸戦艇を住みかとしてそこで生活を始めた。
約6カ月に及ぶ整備無しの連続航行により、陸戦艇自体もだいぶガタがきていたので丁度よかったのかもしれない。
そして徐々にその地の住人達と交流を交わしていく。
しゃべる言葉は訛りがかなり強いが、マノック達が使う言語と似通っていた。
文化レベルはこちらよりも劣った面もあるが逆に進んでいる面もあった。
魔法に関しては明らかに遅れていて、マノック達の魔法に現地の人達は度肝を抜かれていた。
砂海が無い代わりに森や川や湖が多数あり、街と街へは川を使って船で移動したり街道を自動車で行き来する。
街同士は電話線で結ばれており、情報はあっという間に広がる。魔鳩を使った連絡方法など過去の物だった。
無線による送受信も開発されており、情報伝達に関しては明らかにマノック達の知る知識の上をいった。
しかし多少環境は違ってもマノック達は直ぐにその環境にも順応していった。
生活が落ち着いてきた頃、地元の領主と名乗る人物がマノックに接触を試みる。
素性を問われたマノックは、砂嵐の超えた先の世界から来たと正直に告げる。
はじめは驚いた表情をしていた領主だが、マノック達が住む陸戦艇を見て納得したらしい。
そこからは急速に地元へと馴染んでいった。
そんな中、いつもの様にマノックはレラーニの車椅子を押しながら近隣の森を散歩していた。その時、レラーニの指にはめられた婚約指輪に異変を感じて視線を向ける。
それを見たマノックはつぶやく。
「まじかよ」
婚約指輪にはめ込んでいた“種”から芽が出ていたのだ。
マノックは考えた末、この地にその芽吹いた種を植えようと決意する。
早速森の中に芽が出た種を植えると、成長が驚くほど早く、急速に大きな樹木へと成長してく。
それに伴いどこから聞きつけたのかエルフらしい種族がこの地へと集まり始める。
精霊の木が生えていると噂が立ったのだ。
そんな折、突如レラーニが目覚めた。
成長した樹木の前で車椅子からスックと立ち上がったのだ。
あまりに突然の出来事にマノックは言葉が出なかった。
立ち上がったレラーニは、自分の薬指の婚約指輪をしばらく見つめ続ける。そしてマノックの方へ向き直ると、ゆっくりとマノックの顔に近づいていき、唇を重ねた。
少しだけ恥ずかしそうにうつむくレラーニだが、すぐに唇をマノックの耳元に移して一言、「ありがとう」とつぶやくのだった。
マノックがやっと我に返り、レラーニの両肩を掴む。
「目を、目を覚ましたのか?」
レラーニがニッコリと笑顔で首を縦に振って口を開く。
「レイ、すまない。長い間またせてしまったな」
「本当に、本当に元に戻ったんだな!」
レラーニが感極まった様子のマノックの頬を撫でる。
「ん、レイ? もしかして泣いているのか?」
「ば、バカ言ってんじゃねえよ。汗だよ、汗」
「そうか、それならそういう事にしておこう。それからな、ひとつ我儘をいってもいいか」
「いいぞ、なんでも言ってみろ」
「婚約指輪をもう一個用意してくれないか」
「いいけど、どうするんだ?」
「ミルの分に決まってるだろ」
マノックの目から再び“汗”がこぼれ始める。
そしてマノックはレラーニをぎゅっと抱きしめ続けるのだった。
その後マノックは仲間内だけでのささやかな結婚式を挙げた。
式の間ずっと、ミルとレラーニは涙が止まらなかった。
数か月後、レラーニとミルはほぼ同時に身ごもる事となる。
そこで生まれたのがルイスとルイーズだ。
2人は魔法の才能にも恵まれ地元の学校へも通い、完全に地元住人に溶け込んですくすくと成長していった。
しかし12歳の誕生日を迎えた日、2人は両親に決意を打ち明ける。
「みんなが生まれ育った世界を見てみたい」と。
「自分達だけがロックランドを知らないのはズルい」と。
2人の決意は固く、誰の説得にも揺るがなかった。
最終的にはマノックが「行くのはいいが、お前ら2人だけで行ってこいよ。これは試練だな」という身勝手な意見で決定してしまう。
それからは俺の陸戦艇Ⅳに積んである脱出艇のエンジンを改良しつつ、なんとか地元で得られる材料で陸戦艇を作り上げた。
しかし出来上がった陸戦艇は2人の乗組員だけでは操作が難しすぎた。
そこでビッチ姉妹のゴブリンを乗組員として同行させることになる。
そして準備万端で出航の時が来た。
出航する陸戦艇に手を振るミル。この時、20代後半となったミルはもはや幼さなど皆無で、色気のある女性へと変身していた。
「ルイス、ルイーズ。必ず無事で帰って来るのよ!」
レラーニはさすがに長寿のエルフとあって、40歳後半の年齢でも全く以前と変わらない。レラーニは腰の魔法の剣を投げる。
「この剣を持っていけ!」
それを受け取ったのはハーフエルフの男の子、ルイスだ。
それに続いてマノックも何かを投げた。
それを上手くキャッチしたのは獣人の女の子のルイーズだ。
上手く受け取った物をまじまじと見つめるルイーズ。
「これって本、ですよね?」
するとマノック。
「そうだ。その本をロックランドの領主に渡してくれ。そうだな、その領主ってのはお前らの姉さんにあたるのかな」
そこで初めて姉がいることを知った2人だった。
マノックと養子縁組をしたシェリーのことだ。
ロックランドの領主の邸宅の広間で、ルイスとルイーズの話を聞き入る首脳陣達。
すっかり本当の“ばばあ”になってしまった“電気ババア”こと、ミランダ女史が感心してその話に頷いている。
長寿であるエルフ族のエリスはやはり以前と変わらず妖艶さを保っている。
「でもぉ、みんなでくれば良かったと思うんだけどねぇ」
その疑問にルイスが返す。
「俺も親父にそう言ったんだけど、“一度捨てた地に戻れるわけねえだろ”って言われた」
「ふふふ、レイらしいわねぇ」
その後ルイスとルイーズは2カ月間ほど各所を観光した後、両親たちのいる世界へと新たな乗組員であるゴブリンを連れて再び出航していくのだった。
ただ、出航直前になってルイーズが思い出したように1冊の本を取り出し、離れていく港の人々へその本を投げる。
「あの、この本をロックランドの領主、シェリー姉さんに渡してくれとお父さんに言われていました。危うく忘れるところでした。受け取ってください!」
パッと表情を明るくしたシェリーがジャンプ一番、空中でガッチリとその本をキャッチして見事に着地してみせる。
「そうっ、私宛にこの本をねっ。きっと向こうの世界の魔法書か何かよねっ。ふんっ、意外といい所あるじゃないのっ」
シェリーは興味津々で本の題名を覗き込む。
「そんなはずないわよねっ……な、なによこの本はっ!!」
さらにパラパラと本の中身を確認すると、徐々にシェリーの表情が怒りへと変わっていく。
そして遂には声を荒げて地面に本を叩き付ける。
「魔法書なんかじゃないわこれっ!!」
不思議に思ったミランダ女史が、乱雑投げられたその本を丁寧に拾い上げて題名を覗き込む。
そして複雑そうな表情で言葉を吐き出す。
「この本、“俺の陸戦艇物語”っていうらしいわよ……」
徐々に港から離れていく陸戦艇からは、ルイスとルイーズが屈託のない笑顔で手を振っているのだった。
こういう終わり方となりました!
長らく応援して下さった方々、本当にありがとうございました。