172話 来訪者はロックランドに現れた
お待たせいたしました。
思った以上に長くなりまして、今回で終われませんでした。
よって次回最終話です!
たぶん!!
見張り員のゴブリンが接近してくる陸戦艇を知らせる。
「8時方向、停戦信号を発しながら接近してくる艇があります!」
マノックがすぐに8時方向に顔を向ける。
「くそ、あれはエリスの艇の“ハニークイーン2世号”じゃねえか。まずい奴に見つかっちまったな」
さらに見張り員のゴブリンが叫ぶ。
「6時方からも艇が来ます!」
マノックは6時方向にも目を向けると、片手で自分の顔を覆いながらつぶやく。
「あれは“俺の陸戦艇Ⅲ”じゃねえか……」
ラクが双眼鏡で2隻の艇を代わるがわる確認しながらマノックに言った。
「なあ、マノック公爵。やばい人達が総動員してるようだぞ」
「やばい人達って誰だよ。あ、エリスはその中の1人に入るか。それ以外だと、まさかミランダか?!」
「まだ遠くてはっきり確認できねえが、多分そうみたいだな。それ以外にも色々と見たような顔がいっぱい双眼鏡でこっちを見てるぜ」
「背筋に悪寒のようなものが走るんだが気のせいであってほしい」
ハニークイーン2世号が急速に接近してくる。
「やばい、やばい、やばい、ぶつかる。減速しろ。緊急停止!!!」
マノックの乗る俺の陸戦艇Ⅳが一気に減速すると、ハニークイーン2世号も急速に速度を落とす。
しかしもはや遅すぎた。
寸でのところで舵を切ったのだが、俺の陸戦艇Ⅳの左舷をハニークイーン2世の右舷船体が激しく擦る。
すると船体同士がこすれるいやな音が響き渡る。
マノックを含めた乗組員達は渋い表情で両耳を塞ぐほどだ。
そんな中、お互いの艇がまだ動いているにも関わらず、エリスが凄い形相で乗り込んできた。
「レイィィィィっ! またロックランドを放置して脱走するつもりぃぃぃぃ!!」
陸戦艇がやっと停止したことを確認したマノックが、塞いでいた両耳を解放する。
「ん? 聞こえなかったよ。なんか言ったか?」
エリスは顔を床に向けて震えだす。
「あれ? もしかしてエリスさんは凄い怒っていらっしゃるのかなあ、なんて……」
再び顔を上げたエリスの表情を見たマノックは思わず後ずさりする。
「レイぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっつ!!」
◇ ◇ ◇ ◇
現在、ハニークイーン2世の会議室のテーブルを首脳陣が囲んでいる。
しかしいつもの首脳会議とはメンバーが違う。
一番奥にマノックが1人椅子に座り、その両脇には護衛のラル兄弟が立っている。しかし護衛というよりも、マノックが逃げないようにするための監視である。
そしてテーブルに付いているメンツと言うのがエリスを筆頭に、ロックランドの代官を務めるミランダ女史。まだ20代であるミランダではあるのだが、あまりに厳しい言動についたあだ名が“電気ババア”である。
しかしテーブルに着いているのはそれだけではない。
トレシアの街の最高司令官にして領主であるフランク・レイコック伯爵。
マカローの街の領主、フランコ・バラッカ男爵。
ケルベニアの街の領主であるエレーナ・バルマー伯爵。
そしてシェリーの父親にしてラッセニアの街の領主であるジョン・ラッセル伯爵。
貴族階級の面々の視線がマノックを突き刺す。
「なあ、そろそろ解放してくれねえか?」
マノックがぽつりと何か言えば、その何倍もの言葉がマノックを痛めつける。
「マノック公爵。出かけるときはどこへ行くのか、いつ戻るのか伝える約束しましたよねえ。お忘れでしょうか?」
ミランダ女史のその問いに対してマノックは答える。
「えっと、まあしたかなあ。そんな約束」
「それに我々の支配地域より外には出ない約束しましたよね。違いますか?」
「そうだな、そんな約束したっけな」
「それで今回は行き先も告げずにどこへ行こうとしたんでしたっけ?」
「えっと、砂海の向こう側……」
「砂海の向こう側って! いったい何を考えてんですか!」
「だってよお、気にならねえか。あの地平線の向こう側へは誰もいった事ねえんだぞ?」
「そんな危険かもしれないところへ勝手に公爵は出かけようとしたんですよ? もしもの事があったらどうするんですか? その時ロックランドの民はどうなるんですか?」
「それってよお。俺がいなくなっても変わらねえ気がするんだがよ」
「それは私達が必死に働いているからですよ!!!」
「それでな、俺もいろいろ考えた訳だよ。どうせ俺の存在なんかお飾りじゃねえか。俺が出来る仕事ってサインする事だけだろ。それもお前達が気を利かせてサインしても大丈夫な書類しか持ってこねえじゃねえか。つまりな、俺が居なくてもロックランドは回るってことだろ?」
「な、な、なんてことを言うんですか!!」
言葉に詰まったミランダ女史に代りエリスが口を挟む。
「レイぃ、それじゃあ聞くけどぉ。もしあなた達が砂海の向こうで全滅して帰ってこなかったらどうなると思う? 領主を失ったこのロックランドとそのつながりを持つ街はどうなるのかしらぁ?」
「質問を質問で返すようで悪いけどな。俺が旅先じゃなくてよ、このロックランドで突然死したらどうするよ。暗殺でもいいか。死んじまったらどうなるんだよ?」
「レイィ、あなた話をこじれさせないでよねぇ」
「それじゃあこうしよう。俺が領主の権利を誰かに譲る事にする」
「待つのじゃ。そんなことが簡単に出来るわけないのじゃ」
慌てる様にそう返したのはエレーナ・バルマー伯爵だ。
続いて発言したのはロックランドと友好同盟を結んでいるフランコ・レイコック伯爵だ。
「マノック公爵、貴殿の言いたいこと気持ちはわかる。しかしだな、貴族には建前というのがある。お解かりかな?」
「レイコック伯爵、俺も貴殿の言いたいことは解りますよ。でも俺は元々貴族じゃない。スラムで育ったガキですよ。レイコック伯爵も知ってるじゃないですか。だから貴族だなんだと言われてもねえ」
困った様子を見せるレイコック伯爵。
そこへずっと黙っていた男がしゃべり出す。
「ゴウライドノ。オキモチハ リカイ デキマスガ――」
そこまで話したところでエリスがその会話に割って入る。
「レイィ、領主の権利を譲る条件って知ってるかしらぁ?」
「詳しくは知らねえけどな。俺が貴族の爵位を捨てればいいんじゃねえのか?」
「確かにそれもそうなんだけどぉ……」
「お、正解みてえだな。それじゃあ俺は爵位をたった今捨てる!」
会議室が急にざわつく。
突然ミランダ女史が立ち上がる。
「そんな勝手な事。ロックランドはどうするんですか!!」
「いや、勝手は今はじまったことじゃねえだろ。それくらい俺も理解してるよ。皆に迷惑を掛けてることも俺なりに理解しているつもりだ。でもよ、俺はこういう人間なんだよ。ガキの頃はいつか砂人になって砂海を制覇してやるって思ってた。それが俺の夢でもあったんだ。それが何を間違ったか貴族様だよ。ガキの頃に見返してやろうと思ってた貴族になっちまった。でもな、そうじゃないんだよ。俺は冒険がしたかったんだよ。砂海の向こう側に何があるかこの目で見てえんだよ。それの何が悪いんだよ!」
エリスが顔を手で覆い呆れている。
しばらく沈黙が続くのだが、エリスが顔を上げてしゃべり出す。
「何を言ってもダメみたいねぇ。それじゃあしょうがないわねぇ。爵位は捨てなくてもいいわぁ。そのまま冒険に行ってらっしゃいぃ」
驚いた様子のマノックが恐る恐るエリスに聞く。
「えっと、本当にいいのか?」
「いいわぁ。現状維持の体制でいくわぁ。どうせすべて代官がやってるお仕事だからぁ、あなたが居なくてもなんとか回るしねえぇ。外部からの、特に王都からの問い合わせには出かけているといってごまかすわぁ」
「まて、出かけていると言ってもよ、戻るかもわからねえんだぞ?」
「最終的には行方不明でいいんじゃないのぉ。それには次期領主が必要よねえ。あなた養子をとりなさいぃ」
「はぁ? いきなりだな」
「養子を迎えておけば必然と次期領主の権限が発生するわよぉ」
マノックは少し考えた後、思いついたとばかりに声を上げる。
「そうだ。それならロリっ子にするぜ」
その言葉にシェリーの父親のラッセル伯爵が反応する。
「轟雷殿、いいのですか!?」
「爵位を貰ったみたいだし、有名になりたがってたしな。このままだと俺と一緒に砂海の果てへ行く事になっちまうしな。親の目の前で連れ去るようでさ、それはさすがにできねえしな」
「轟雷殿、感謝いたします!」
ラッセル伯爵が深々と礼をする。
「あ、そうだ。最後に聞きたいんだがよ。もしかして俺達が出かける事わかってたんじゃねえのか。待ち伏せしてただろ?」
その問いにエリスはただただ笑って返すだけだった。
ちなみに事の流れをシェリーに伝えたところ、予想以上に大喜びした。その後しばらくは、街角で怪しくニヤニヤしていたシェリーが、何度も不審者として警備隊に通報されていた。
改めて出航の準備に養子縁組の手続きを終えて、俺の陸戦艇Ⅳの甲板に立つマノック。
いよいよ胸を張っての長い旅への出航である。
港には沢山の街の人々が集まり、マノックの人気ぶりを改めて感じさせる。
いざ出航となり、艇が港から離れ始めると多数の声が叫ばれる。
「必ず戻って来て下さいね!」
「お土産おねがいします!」
「轟雷王、死ぬなよ!」
「頑張って轟雷様!」
「私っ、シェリー・ビーンズっていうクランを立ち上げるわっ!!」
「轟雷殿に栄光あれ~!」
「轟雷バンザイ!」
最後には人々から轟雷コールが巻き起こる。
数千人の轟雷コールである。
そのコールにミルは感動しているのか胸の前で手を握って震えている。
ミルは隣の車椅子のレラーニの表情をふと見ると、彼女の頬にも一筋の涙が光っていた。
それを見たミルも涙が止まらなくなるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
それから長い年月が流れた。
ロックランドは順当に復興し、そして栄えて行った。
近代化が進み、今や王都以上の発展の仕方である。
そんなある日、見知らぬ陸戦艇がロックランドに到着した。
識別旗が一切掲げられていない、しかも見たことがないデザインであった。
手作り感満載の小型艇であるのだが、魔道エンジンだけは人間が作るようなものだった。
その小型陸戦艇には人間でいうなら13歳くらいのハーフエルフの男の子と獣人の女の子が1人づつ乗っていた。
かなり長い期間陸に上がってなかったようで、かなり酷い恰好をしていた。
港の警備員が話しかける。
「君達2人だけかい?」
すると男の子が
「途中までゴブリンさんが3人いたんだけど魔物にやられちゃったんだ。だから今は妹と2人だけだよ」
警備員は兄妹だというのに種族が違う事に疑問を持ちつつ質問を続ける。
「それじゃあ2人はどこから来たんだい?」
妹と言われた獣人の女の子が砂海を指さす。
「砂海の向こう側」
警備員は驚きで目を見開いた。
「も、もしかしてマノック公爵の使いのものなのか?」
すると男の子がニッコリと笑いながら言った。
「それは俺のおやじだよ。ここってロックランドでいいんだよね?」
「そうだよ、ロックランドだけど。もしかしてレラーニ殿とマノック伯爵のお子さんなのかい? あの、名前を聞かせてもらってもいいかな」
「俺はルイス・マノック、母さんはレラーニなんだけど――」
男の子が隣にいる獣人の女の子に目をやる。
すると恥ずかしそうにしながら女の子がしゃべり出す。
「私、ルイーズ・マノックっていいます。お父さんは一緒ですけど私のお母さんはミルっていう獣人です」
「えっと、それじゃあ君達はマノック伯爵がお父さんでレラーニ殿とミル殿のお子さんってことか」
「うん」
「はい」
警備員が慌て始める。
「これは大変だ。大騒ぎになるぞ!」
その後、情報はあっという間にロックランドの隅々にまでいきわたるのだった。