14話 英雄はワインを好む
マノック達はドロップポイントの街に戻ると、大歓声で迎えられた。
まるで英雄の凱旋のようだった。
『俺の陸戦艇』が港に着くと人だかりでごった返し、マノック達は人垣をかき分けながら進む事となる。
街の人々はマノック達にあらゆる言葉の賛辞が贈られた。
中には食べ物を渡してくる人もいれば、若い女性が抱き着いてきたりと、乗組員達はデレデレであった。
ただ、マノックだけは硬いガード(ミル)がいて抱き着かれることはほとんどなかったのだ。
そしてこの日の夜は、街の領主から晩餐会に招待されて、断ることも出来ずに出席することになるのだが、礼儀作法など皆無である乗組員達にとって、それは拷問でしかなかった。
「どうするよ、晩餐会だってよ。誰かそんなたいそうなもんに出た事ある奴はいねぇのか? レフよ、どうすればいいのかな」
とりあえずちょっと早い昼の食事でもと立ち寄った宿屋兼食事処の1階、そこでみんなしてテーブルを囲み、昼間っからエールを飲みながらも思案に暮れる一行だった。
長老のレフでさえ、晩餐会など出席したこともなく、礼儀作法が必要な高級レストランでさえ行ったことがなかったのだ。
そこへどこで話を聞きつけたのか、エリス・マッカーデンが御伴を連れて入って来た。
ハニークイーン号の船長にしてクラン『ハニービー』の代表、貴族令嬢でもある赤い髪のエルフ、通称『女王様』である。
2人の御伴は、やはり女性のエルフであった。
「あらぁ、レイ、私の依頼を放っておいてぇ、こんなところで何をしてるのかしらぁ」
「エリス、お前はどこにでも現れるよな。心配するな、依頼は完了しているよ」
「あら? ミル……その子どこで見つけたのかしらぁ、レイ?」
「ああ、いろいろあってな、今は俺の陸戦艇で乗組員やってるよ、な、ミル」
「は、はい、そ、そうです、働かせてもらってます」
マノックがミルに話を振ると、ミルは慌てて話を合わせるように答える。
「ミルゥ、私の事覚えているわよねぇ」
「は、はい……」
「じゃあぁ、こっちいらっしゃい」
「私、マノックさんと一緒に居たいの」
それを聞いてマノックは驚いてしまう。
というのも、マノックはミルをエリスに返すのに、それ相応の報酬を貰おうと考えていたのだ。
確かに好かれている事はマノックだって理解しているのだが、少しこじらせてからミル保護の報酬でも貰おうか位の考えだったのだが、まさかミルが自分のそばに居たいなどと思ってもみなかったのだ。
ミルはエリスのところに帰るとばかり思っていたのだから。
「マノックぅ、どうゆうことかしらぁ?」
「お、俺は知らねえぞ……でもミルはこう言っているんだがよ、どうするよ? エリス」
「どうもこうも、ちょっとマノック、別室で話いいかしら」
エリスが厳しい表情でマノックに、1対1での話し合いを提案してきた。
「いいだろう、じゃあ、上の宿屋の空き室を借りようか」
宿の主人に金を握らせると、エリスとマノックは2階の部屋へと入って行く。
「さてと、で、どうしたいんだエリスは?」
「ミルを返してちょうだい、希望はそれだけよぉ」
「俺は報償さえもらえればそれでも良いんだけどな。だけどな、ミルの意見は無下にはできない。ミルにも選ぶ権利があるだろ。エリス、ミルと何か契約を交わしたか?」
「そんな契約を交わしたらぁ、あっという間に彼女の能力がバレちゃうじゃないのぉ」
「じゃあ、契約を交わしてない以上は、彼女に選択の権利があるわけだよな。違うかエリス?」
「レイ、あなた抜け目がないわねぇ。やり手になったわねぇ、ったくぅ」
「ミルの意見を改めて聞いてみるか?」
「待ってくれるぅ、その前にぃ、ミルと2人で交渉させてもらってもいいかしら」
「ああ、いいけど俺も同伴するぞ。脅迫されても可哀そうだからな」
「そんな事しないわよぉ、じゃぁ呼んできてもらえる?」
マノックは部屋を出ると、1階にいるミルに声をかける。
「連れて来たぞ、いいか」
「それじゃあ、ミル、私が助けたのを覚えてるかしらぁ?」
「はい……覚えてます、恩は忘れません」
「じゃあ、一緒に来てくれるわよねぇ?」
「それは……ごめんなさい、私、今まで生きて来て初めてまともに人として扱われたんです。特異種の私をマノックさんや、乗組員の人達はみんな普通の人として扱ってくれたんです。わ、私、うっぅぅぅぅ」
ミルは話の途中で泣き出してしまった。目からは大粒の涙がボロボロとこぼれだす。
「私、こ、こんなに幸せの時間を過ごしたことなかったんです……生まれて初めて……生きててよかったって……思ったんです。だから、お願いします。私を……マノックさんから引き離さないでください!」
静まり返る部屋で、ただ少女のすすり泣く声だけが響いていた。
一階のテーブルでは、2階で起こっているであろう話合いのなど想像できるはずもなく、エールにワインにと遠慮なく酒が飛び交っていた。しかししばらくすると、話し合いが終わったのか、2階から3人が下りてくる。
そして1階まで降りてくると、エリスは御伴のエルフを連れて帰って行く。
「レイ、約束は忘れないでねぇ」
そう言い残して。
「マノック艇長、どういうことですかね」
長老のレフが訪ねる。
「ああ、ミルはうちで引き取ることになったんだがな、条件を飲まされたんだよ」
「条件っていうとなんですかね?」
「ええっとだな、簡単にいえば定期的に魔物召喚してエリスに渡すってことだよ、あ、でもちゃんとそれなりの手数料は貰えることにはなってる。悪い話ではないだろ」
「で、幾らの手数料なのかね?」
「えっと、1体につき3千シエル……」
「はぁ? マノック艇長! なんですかその金額は! 丸が1つ少ないですよね」
最初に食って掛かってきたのは操舵手のパットであった。
「いやぁすまん、3千シエルで間違いないよ」
「なんでどう計算したら魔物が1体で3千なんですか!?」
「ごめんなさい、それ以上マノックさんを責めないでください。私がそれでOKしちゃったんです」
「そうか……それじゃあしょうがねぇか。ミルがそれで良いってんなら俺達は何も言わないよ。それでミルが一緒に居られるんならな」
「あ、ありがとう、本当に……ありがとう……ございます……」
再びミルの目からは大粒の涙があふれだすのだった。
「マノック艇長、これでマッカーデン伯と繋がりを持ったと思われるぞ。下手をすると貴族の抗争に巻き込まれるから注意だな」
パットが忠告してくれる。マッカーデン伯爵はエリスのお陰もあって、多岐にわたってビジネスなどに手を出していて、それだけ敵も多い。それだけに繋がりを持つといいこともあるが、反面悪いこともあるということだ。
「まあ、それよりも夜の晩餐会だがな、エリスも出席するらしいから礼儀作法も教えてくれるってよ」
「それはなんだか、喜んでいいのか複雑ですよね、マノック艇長」
心配気味に言ってきたのは機関手のキースだ。
「少なくても俺達だけで行くよりはいいだろう?」
マノックがそう答えるとパットが笑いながら返答する。
「ははは、俺達だけだったら晩餐会めちゃくちゃだろうぜ、下手したらその場で撃ち殺されるぞ」
「違ぇーねーや、ふははははは」
キースも笑い出すと皆が笑い出す。
「ふふふ、なんかやっぱりここは楽しいですね」
ミルが小さな声で言った言葉は、誰にも聞かれることはなかった。
「俺はエリスんとこ行って輸送艇を引き渡してくる。もちろん報償もたんまりもらってくっからよ。お前達はもうちょっとそこでくつろいでいてくれ」
マノックはそう言い残して、ハニークイーン号を目指して港へと向かった。
女ばかりの船で痛いほどの視線を浴びつつ、マノックはなんとかハニークイーン号の船長室の前まで来て、何故か服装を正し髪の毛を整え始めて(俺なにやってんだ)と考え直し、再び自分の髪の毛をくしゃくしゃにする。
トントン
「エリス、俺だ、入るぞ」
「もぉ、来るの早いじゃないのぉ」
部屋に入るとちょうど着替えの最中のエリスがそこにいた。
「あああ、す、すまん……」
開けた扉を慌てて閉めて、再び廊下に出ると、扉にもたれ掛かって着替えを待つ。
抜群のプロポーションに誰もが憧れるエルフという種族、しかも貴族のお嬢様にして知性もあわせ持つ美女、なんでそんな非の打ちどころがない女性が、まだ独身なのかと考えを巡らすマノックだったのだが、ふと思い浮かぶ。
「性格の問題か!」
思わず声に出してしまったところでもたれ掛かっていた扉が開き、後ろに思いっきり転んでしまう。
「痛ってぇ……」
仰向けで倒れてしまい、一瞬目を瞑ったマノックだが、再び目を開けるとそこにはスカート姿のエリスが立っていた。
「女性のスカートの中を覗こうとするなんてぇ、レイ、あなたも落ちぶれたわねぇ」
「違うって、エリスが急に扉を開けるから……先に開けたのは俺か。いやほんとすまん!」
「ふふふ、いいわよぉ。まぁ中入って座ってぇ」
普段は艇長姿なので制服であるエリスだが、今はヒラヒラのスカート姿でいるため、なんだかマノックはドキドキしてしまっていて落ち着かない。何だかんだ言っても美人に変わりないのであった。
「お、おう、それでだ、報償の話だな。小型輸送艇は取り戻したが無傷ではなかったよ。それから積み荷の魔物は1匹だけだ。もう1匹は檻から脱走したらしくてな、乗ってたゴブリンを全部食っちまいやがったから俺達で始末したよ」
マノックはその後もどういうあらましで輸送艇を発見し、スコーピオンマンを倒したのかなど詳しく話した。
「ふ~ん、なんとなくわかったわぁ。でもよくあのオンボロ艇でぇ、スコーピオンマン倒したわよねぇ」
「そんなことはどうでもいいからよ、上乗せ報酬頼むぜ。輸送艇はエンジンを止まって座礁状態で乗組員なしだったてことは、それを見つけた俺たちはサルページの権利を主張できるはずだよな、エリスちゃん」
「もぉ、どこでそういったぁ、悪知恵を付けてくるのかしらぁ」
「ズバリ30万シエルでどうだ!」
「ふ~、わかったわよぉ、はい、30万よぉ。持っていきなさぁい」
エリスは机の引き出しから金貨を取り出し、マノックの目の前のテーブルに山積みにする。
「いや~すまねぇ、遠慮なくいただくぜ。話は違うけどよ、ここの領主ってどんな奴なんだい?」
マノックは山積みになった金貨を、ニコニコ顔で両手を使って集めて懐にしまう。
「ああ、あいつねぇ。気を付けなさいってぇ言っとくわねぇ、一応」
「どういうことだ? 知ってるのか?」
「そうねぇ、昔からの知り合いねぇ、まぁ会えば分かるわよぉ」
「そうか、じゃあ、また今夜晩餐会でな」
そう言うと、マノックは椅子から立ちあがり、艇長室から出ようと扉の取っ手を掴むのだが、そこでエリスから声がかかる。
「レイぃ、ポケットのそのボトルぅ、高級品なのよねぇ。だからそれは置いてってねぇ、いいかしらぁ?」
「ああ、すまんすまん、誰だよポケットにこんなの突っ込んだ奴は、ったく。ははは」
「この部屋にはぁ、私とぉ、あなたしかいないわよぉ」
「おお、そ、そうともいうよな。な、なかなか、ゆ、ユーモアのセンスあるじゃねーか」
「いいから置いて行きなさいっ!」
「はいっ! 女王様!!」
マノックは高級ワインは諦めて、命からがらハニークイーン号から逃げて帰って来たのだった。
そんなマノックだったのだが、ハニークイーン号から降りて距離を取ったところで立ち止まる。
そして周りをキョロキョロしたかと思うと、懐から派手なラベルの貼ってある高級そうなワインボトルを取り出すと、1人ほくそ笑むのだった。
その後すぐ、ハニークイーン号ではマノック捜索隊が結成されたとかされなかったとか。
呼んで頂き有り難うございました。
セリフがほとんどない乗組員にも、時々強引にセリフを与えようとしてしまい、文章に違和感が出てしまうことがしばしば。でもセリフを与えないと、いることすら忘れてしまいそうで怖い……
週に2~3回投稿を目指していますので、今度もお付き合いのほどよろしくお願いします。