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9. 新しき大陸へ

(エリゼーラ視点)

 

 悪霊王エリゼーラは、己の契約者に満足していた。

 此度の契約者はじつに良い、我の好みよ。

 授けられた《憑依》をいとも簡単に利用し、使いこなすその技量。


 誰にでもできるというわけでもあるまい。

 過去、エリゼーラと契約した人間は多数いたが、その中でも指折りの実力だった。

 加えて、彼の境遇が心地良い。

 生まれは高名なのに、虐げられ、嵌められ、しかし探索者として大成せんという気概。

 エリゼーラは悪霊王の力で彼の半生をあらかた把握したが、不幸にもめげず進む彼に感服した。


 いや、はっきり惹かれたと言っても過言ではないだろう。

 悪霊とは不幸を生み出し、人間の不運を楽しむ存在。だが数万年も生きるとそれも飽いてくる。ただの不幸を見るだけではつまらなく感じてくる。

 人が死ぬ姿など見飽きた。人が涙するものも飽き飽きだ。絶望に打ちひしがれる姿など見すぎて反吐が出る。

 別の光景が見てみたい。新鮮な刺激が欲しい。つまらない、つまらない、退屈すぎる――。


 だがそんな時に現れた、前途有望な若者だ。

 フォードは不幸にまみれつつもそれに抗う覇気に溢れ、《憑依》の力も使いこなしてくれる。

 この若者がどのように《憑依》を使い、どのような幸福を築き上げるのか、楽しみで仕方ない。

 ああ、フォード! 我が契約者よ! 我に、ぬしの幸福を見せておくれ!



†   †



「おお、清々しい空気ですね」


 さざなみが耳朶を撫で、潮風が心地よくなびいてくる。

 ガルグイユ監獄から脱獄して二日後。フォードは船の上にいた。

 エレーレ海と呼ばれる南方の海である。あの後フォードは通りがかった適当な行商人に《憑依》して港町に向かい、別大陸への進出を試みたのだ。


 監獄からの追手を警戒しての船旅である。

 いくら脱獄しても同じ大陸にいては追手が掛かるだろう。

 エリゼーラの力を借りれば追手を蹴散らすのは不可能ではないが、それをいちいち相手にするより、さっさと別大陸に渡った方が得と考えたのだ。

 ルザやガルグイユ監獄によって、良い思い出のないエルケニウス大陸を出て、より治安の良いとされる、南方のサーリエ大陸をフォードは目指していた。


〈それにしても人間は不思議よな〉


 悪霊王エリゼーラは甲板に浮かび海原を見据えつつ言う。


〈先の大陸ではお尋ね者たるぬしが、別大陸ではお咎めなし。その話、信ずるにたるものか?〉

「まあそうですね。ギルドとは、探索者の管理や補佐を目的とする組織。迷宮以外の揉め事は嫌いますが干渉まではしません。別大陸で起きた出来事には無関心なのです」


 フォードのいた大陸では、フォードは犯罪者の烙印を押されたためギルドでもそのような扱いになる。しかし大陸が違えばそこはもう別世界。以前の経歴になど新ギルドの方には興味なく、探索者となるならば千客万来、来る者は拒まずというわけだ。

 新大陸で探索者として功績を挙げれば、むしろ積極的に守ってもらえるだろう。事実、過去にそうした探索者の事例はいくつもあった。一方ではお尋ねものであった人間が、一方では一級の探索者に成り上がれる――その辺の理屈が、悪霊であるエリゼーラには理解しがたいのだろう。


〈人もギルドなどというものを作り、ますます複雑になったということか〉

「いえ、基本はあなたの時代と変わらないのでは? 自分の役に立つものは気に入り、そうでないものは切り捨てる。善も悪も目まぐるしく変わる。人の世はそういうものでは?」

〈くふ。なるほど、真理よな。そんな人の世でぬしは至高の幸福を得る。さて、どんな希望が、未来が、ぬしを待っていることだろう〉

「とりあえずは服の交換ですね。さすがにこの服ではいつまでもいられません」


 フォードは囚人服のままであった。逃げることを優先して衣服まで気が回らなかったのだ。フォードは船にいる行商人を探し、旅服の購入を試みた。


「ん、囚人服か。兄さん罪人かね? 亡命となればちょっと服は高くなるよ?」

「銀貨二枚でなんとかなりませんかね。僕は元々、冤罪でして」

「冤罪だろうとなんだろうと、面倒事の可能性があるからねえ。銀貨二十五枚なら考えないこともないなあ」


 一般的に、衣服は銀貨二枚もあれば上々のものが買える。その十倍以上ともなると、ほとんど貴族たちが着る衣服の値段だ。ぼったくりにもほどがあるだろう。


〈……面倒だな。我が契約者よ。金の亡者に痛い目を見せてやろう〉

「同感です」


 フォードは行商人に取り憑いた。

 そして彼の体を支配したまま、衣服をかっさらった。

 売り物である衣服から、探索に向くレザーアーマー、レザーブーツを手に入れる。

 その代わり、相場と同じ、銀貨一枚を、彼の財布の中に入れておく。


「ついでにこの囚人服はもういりませんし、彼に譲渡プレゼントしましょうか」

〈それが良い。ふふ。ぬしも面白いことを考える〉


 フォードは行商人の服を剥ぎ取って、代わりに元の囚人服を着せてあげた。

 ぼろぼろで血の痕も残る一品である。《憑依》から覚め意識を戻したとき、彼は仰天するだろう。

 ちなみに、《憑依》された人間は乗っ取られた際、記憶は一切ない。


〈あっはっは。似合っておるぞ行商人! 貧相な体にぴったりよ!〉


 エリゼーラがけらけらと空中で笑う。

 フォードも機嫌を良くし、元の体に戻ると新しい衣服の感触を確かめた。

 そして港に着き、いよいよ新大陸へと足を踏み入れる。


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