17. 王女たちとの出会い
ルザとの戦いは終わった。
フォードは冥王臓剣とリバースソード改を下ろして一息をつく。
念のため周囲の警戒に首を巡らせ、止まったままの馬車へと近づく。馬車の御者は気絶していた。が、体に大事はないだろう。不幸中の幸いだった。
フォードは続いて、幌の中を覗き込んでみる。
「大丈夫ですか――」
言いかけて、ハッとフォードは目を見張った。
中には、二人の美しい少女が乗っていたのだ。
黄金の川のごとき美麗な髪。顔立ちは儚げながらも麗しく、妖精の女神のよう。
華奢で清楚なドレス。肢体は起伏に富んで、じつに女性的。
海よりも綺麗な碧眼に、白磁のような肌。そのよく手入れされたドレスから、高貴な身分であると推察できる。
向かって左側の少女が白いドレス。右側の少女がピンクのドレス。
麗しい少女たちは姉妹なのだろう、鏡のようにそっくりそのままの美貌で、フォードを見つめていた。
「あの……」
と、思わず見惚れてしまったフォードに不安を覚えたのだろう。二人の乗除うち、白いドレスの彼女が先に声を発した。
「助けてくれて、ありがとう」
少女は涼しげな声音でそう言った。その瞳にはフォードへの深い感謝があった。
「いえ、間に合って良かったです。僕はフォード。探索者です。お怪我はありませんか?」
白いドレスの少女が、優雅に頷いた。
「ええ、大丈夫よ」
「ありがとう! 助かったのだ!」
いきなりフォードに抱きついたのは、ピンク色のドレスの少女である。
不意打ちだったため、フォードは押し倒される。凄い勢いだった。柔らかな体がぐいぐいと追い込まれる。
甘い香りと嬉しげな歓声。少女は嬉しそうな瞳を向けながら、フォードの胸元で喜びに声を弾ませた。
「勇敢な戦い、凄かったのだ。蛮族どもを薙ぎ払ったあの手腕、尊敬するぞ!」
「こら、リリカ! はしたないわ、離れなさい!」
白いドレスの少女が慌てて止めるが、抱きついた少女はどこ吹く風。
「リリカはとっても嬉しいのだ! あんな強い連中を追い払ってくれた勇者よ! リリカはとても感激したのだぞ! そなたはとっても強いのだな!」
そう言って柔らかく豊満な双丘を惜しげもなく押し付けてくる。
どうやら少女たちは顔が瓜二つでも性格はまるで違うらしい。
ピンク色のドレス少女は無邪気そのもの、白いドレスの方は凛々しく冷静だ。フォードは胸の中の柔らかさにどぎまぎしながらも声を返す。
「お、お怪我がないようで何より。それよりその、離れてくださいませんか」
「む~、リリカはそなたを気に入ったのだ。このままでは駄目か?」
そんなことを言われても了承できるはずもない。
ピンクのドレス少女の胸はじつに豊かで柔らかいのだ。ぎゅうぎゅうと押し込まれるとフォードの冷静さがぐんぐん減る。
白いドレスの少女が謝りながら引き剥がすと、ピンク色の少女は不満そうだった。けれどフォードと目が合うとウインクしてくるのでフォードは動揺するしかない。
「お騒がせして、ごめんなさい」
白のドレスの少女が、折り目正しく礼をする。
黄金色の長い髪が流れた。美しくも凛々しい少女は、名乗りを上げた。
「わたしはルルカ。イェルリーテ王国の王女」
「同じくリリカなのだ! そなたは勇敢なのだな! 助けてくれて、ありがとうっ!」
王女。しかもイェルリーテ王国の者と聞いて、フォードは驚愕した。
それはエルフの王国である。森に生き森の中で平和を尊ぶ種族の国。
エルフは人間から見ると容姿端麗であり、美男美女が多数。
加えて寿命も長く、平均すると三百年は生きるという。
魔術に秀でた種族でもあり、同じ魔術を使うにしても人間の倍、ないし三倍の威力は普通だという。長命で聡明で、豊かな魔力の種族。
もっとも、人間との違いが明らかなため、醜い嫉妬や誘拐に遭うことも多く、大半のエルフは遥か西の樹海で王国を築いているとのこと。
フォードも話には聞くが見たことはない。世界の辺境で平和に暮らすエルフの国。その程度の認識だ。
フォードは、かしこまって少女らに手を差し伸べる。
「まさかエルフの姫君とは……失礼ですが、耳を拝見しても?」
エルフの耳は先端が尖っていることで有名である。
フォードは恐る恐る、ルルカの方へと声をかけた。
「ええ、大丈夫よ」
白いドレスの少女――ルルカ王女が耳元の金髪をかき上げる。
見事に先端が尖っている。他の肌と同じく白い。雪のように綺麗な長耳だった。
「リリカも見せるのだ」
リリカもフォード目の前に近づいてくる。金髪を嬉しそうにかき上げると、フォードの目の前に晒した。
同じように尖った綺麗な耳である。耳でこれほど美しいなどフォードは初めて思った。
「触ってみてもよろしいですか?」
「うんっ」
許可が下りたので試しにフォードはリリカの耳に触れてみる。
ふにふに。ふにふに。柔らかい。ふにふに。
先っぽに指を這わせる。つつつー、と上から下まで撫で、そのままもみもみと揉んでみると、リリカはくすぐったそうに笑った。
「んん~、気持ち良いのだ!」
「こら、はしたないわ、リリカ」
ルルカが白いドレスをなびかせ少女を引き離す。
「リリカ、あなた今の行為が何を示しているか判っていて? 男性に五秒以上耳を触らせたら求愛の受諾よ? 気をつけなさい」
「む~、そうだったかな? でも気持ち良かったのだ!」
絶句するフォードに構わずリリカは嬉しそうに上目遣いに見つめてくる。
それがもう、魂を奪い去るように可憐な仕草で、フォードの顔は紅くなる。
「もっと触って?」
どきっとフォードの心音が高鳴った。白い鎖骨、見事な双丘、美麗なドレス、どれもが少女に艶やかな色気を演出させていた。
「こら、リリカ、自重しなさい。フォードさん、困っているわ」
ルルカが慌ててリリカを引っ張る。「なにするのだ~」と暴れる彼女をルルカは諌める。
ルルカは悩ましげに嘆息すると、申し訳無さそうな表情でフォードへ振り向いた。
「フォードさん、今の行動はなかったことに」
「ええ……それはもちろん。僕は、何も触らなかったということで」
「む~、つまらないのだ! もっとフォードに触ってほしいぞ!」
名残惜しそうにぶーぶーと唇を尖らせるリリカ。
近づくのが叶わないと悟るや、フォードに流し目を送った。魅惑的な仕草にフォードはどぎまぎする。
〈ぬう。侮れぬ小娘よ〉
何やら傍観していた悪霊王がぼやいた。しかもそれは嫉妬めいた響きだった。
もう色々とフォードは疲れるしかない。
「ルルカ! リリカ! 大丈夫か!?」
そこへ隼のように幌へ飛び込んできたのは壮麗な男性だった。
背が高く線が細い。男とは思えないほど繊細な体は白く、市井に出れば娘達の黄色い声に囲まれるだろう。
フォードですら息を呑む美形だが、その体は今は血にまみれ、手には折れた剣を携えている。
背中には豪奢なマント。弓と森の印章が入った特別製、頭には王冠だ。
フォードは直感する。彼はルルカとリリカの父親なのだろう。
「お父様!」
「父上ーっ!」
ルルカとリリカ、エルフの王女たちは一目散に父へ駆け寄った。その声には安堵と歓喜。どちらも目元からぽろぽろと涙が出ていく。
「ははっ、良かった、二人とも元気で。怪我はないかい? はぐれてしまってごめんよ」
「いいえ、お父様。わたしたちは無事だわ」
「フォードに助けてもらったのだ! とっても凄かったのだぞ!」
すると初めて父王は、フォードの存在に気がついたように顔を上げた。はじめ怪訝な顔をし、次いで観察するような瞳を向けると、フォードに近づき、笑顔を見せる。
「君が……娘たちを助けてくれたんだね?」
「はい。僕はフォード、探索者をしています。《迷宮》に向かう途中、騒ぎを聞いて」
「そうか、ありがとう! 人間にも、素晴らしい人はいるのだね」
何気ない一言だったが、父王の言葉の裏に幾多の苦労が垣間見えた。野盗に襲われたエルフの王族。ここに至るまで相当な苦難を乗り超えたのだろう、その口調には、理不尽に抗う強い響きをフォードは感じ取った。
「いえ。王女様がご無事で何よりです」
「ははっ、いや嬉しいよ。私の名はイルサール。イェルリーテ王国の王を務めている」
優雅かつ颯爽とした仕草に、フォードは圧倒される。
物腰は柔らかだが、たしかに王の威厳を感じる。細い体をよく見れば裂けた服の下には筋肉が見え、ただの優男ではない事が伺える。
「娘たちのお礼がしたい。ぜひ屋敷に来てくれないか?」
「――はい。迷惑でないのなら。ぜひとも」
光栄とはこのことだろう。エルフの王族から感謝を向けられたのだ。ルザとの戦闘でささくれかかっていたフォードの心に、温かみが戻る。
「やった! フォードが家に来てくれる!」
「こら、リリカ。はしたない。――嬉しいわ、フォードさん」
リリカがフォードの腕を優しく取り、
ルルカもはにかみながらも頬を緩ませる。
かくしてフォードは美しい姉妹と共に、イルサール王の屋敷へ案内されたのだった。