16. 反撃のフォード
フォードは森の木の影にいたルザの配下へ――取り憑いた。
【べクリア 二十一歳 傭兵 レベル21】
クラス:アックスウォリアー
体力:中 魔力:低 頑強:中
腕力:高 俊敏:低 知性:低
特技:戦斧術 投擲斧
闘技:アックススコール
装備:鋼のトマホーク×8 赤猛獣の鎧 オークの篭手
乗っ取った配下はさほど強くはなかったが、斧の投擲に目を見張るものがある。
両手に一本ずつ、腰に四本、さらに肢にも取り付けた投斧を投げ、ルザへの牽制とする。
同時に馬に乗りつつルザへ突進。その勢いと体重で体当たりを試みる。
「お、おい!? どういうことだこれは――うお!?」
さすがにルザも配下に襲われるのは想定していなかったのだろう。
彼は慌てて馬の突進をかわしたが装飾剣を取り落とす。
しかしフォードの攻撃はそれで終わらない。背後にいた褐色で大きな鉄球を持った男に乗り移ると、跳躍しルザに躍りかかった。
【ロスボーン 二十五歳 傭兵 レベル23】
クラス:チェーンウォーリア
体力:高 魔力:低 頑強:中
腕力:高 俊敏:低 知性:低
特技:鎖操術
闘技:大旋風迅 デストロイサークル ヘルズクラッシャー
装備:岩巨人の鉄球 スチールアーマー 土界翁の篭手
――鉄球がルザの鎧に直撃した瞬間、大音響が奏でられる。
衝撃に吹き飛んだルザが背後の樹木に激突した。視界が死に衝撃に意識が飛びかけ、歯ぎしりして眼前を満た瞬間、鉄球技がまともに直撃する。
「――闘技! 『大旋風迅』っ! はああ!」
「ぐああああああああああっ!?」
まるで風車のごとく空中で大回転して鉄球を叩きつける。フォードの勢いは止まらない。ルザの頭を、胸を、肩を、首を、脛を、腿を、着地と同時に凶悪な暴風と化した鉄球が蛮声と共に打ち付ける。
振動で周囲の木々から葉々が舞い散った。激震が一撃一撃当たる毎に大気を揺らす。
ルザは受け身も取れない。ボロ布のように吹き飛び、木々を貫通し、それでもなおロッスボーン(フォード)の追撃の『大旋風迅』『デストロイサークル』『ヘルズクラッシャー』の闘技を受け続ける。
「ぐはあっ! ふざけんじゃねえぞ裏切り者がぁっ!」
怒りと共にルザが背中につけていたムチを構えると、ロスボーン(フォード)の鉄球ごと弾き飛ばした。
灼熱の業火をまとう鞭が、ロスボーン(フォード)の体を赤熱させる。皮が焼け毛が燃え、べクリア(フォード)の体ごと猛熱に喰い尽くされる。
フォードはロスボーンの体を捨て後退。
斜め後ろに控えていた巻き毛に栗色のローブの女魔術師に乗り移る。
【ペール 十七歳 探索者 ランク青銅 レベル24】
クラス:アイスウィザード
体力:低 魔力:中 頑強:低
腕力:低 俊敏:中 知性:中
特技:氷結魔術 回復魔術
闘技:アイシクルエッジ フリーズブロウ アイスウォール
装備:氷尾鳥のロッド 雪華のローブ 氷妖精のブラ サファイア兵の耳飾り
憑依したのは養成所でルザとつるんでいた少女。素行の悪さで有名だったペールだ。
フォードはペールの体を操りロッドを振りかぶるや、祝詞を唱える。
[凍れ凍れ我の敵どもよ。永遠の氷河に取り込まれ、時を奪われよ――『フリーズブロウ』!]
迸った氷風の猛威がルザを襲う。
その顔、その腕、その体、瞬く間に氷の膜に覆われていく。
「ぐおおおおっ、何故だ、ペールまでぇぇぇぇぇ!」
それはまさしく恐怖と言うべきだろう。
何しろ前触れなく、唐突に、仲間だった者たちから攻撃を受けるのだ。
幾多の悪行を重ねてきたルザだったが、冷静を取り繕えるはずもない。
「クソが、クソがっ、俺に盾突きやがってっ! 殺すぞてめえぇぇえええええっ!」
ルザが窮地に叫ぶ。すると、彼の黒金の軽鎧が眩く光り輝く。
ペール(フォード)の放った氷風が、跳ね返された。
吹きすさぶ冷風が倍の威力になり、ペール(フォード)の方へ逆流する。
「な……!?」
「げはははははっ! この俺が、この程度でやれると思うなぁ!?」
ルザの体が――正しくは軽鎧から燐光が放たれている。
おそらくは受けた魔術を増幅して撃ち返す鎧だろう。ペール(フォード)の放った氷魔術は、倍に増幅され、跳ね返されたのだ。
恐るべきはルザの金と権力に任せた装備の数々だ。
あれほど鉄球や氷風を受けても、ルザの肉体には傷一つない。通常ならとうに倒れているはずの猛撃すら、軽鎧はびくともしない。
ペールが完全に氷付けになる前に、フォードは分離するが倒しきれない。
頭髪の鎖鎌使い、多節棍のピアス戦士、黒銀の爪使いの女ら、ルザの配下を次々操り攻撃するも、尽くがルザの鎧に跳ね返される。
ルザとくらべて配下はあまり強くない。というよりルザ一人の装備が異常に強い。
防具もギルド幹部である父のツテで上級武装に身を固めている。その剣、その鎧、篭手、全てが最高級の魔術具だと推察。
だが――ルザの強みはそれだけだ。所詮、金に糸目をつけただけの装備群。
彼の武技には魂がない。彼の闘志には気迫がない。フォードには、遠く及ばない。
フォードは冷静に本体へ戻り『アポーピスの神胃』から閃光玉を取り投げつける。
賭博場で得た大量の目眩ましの玉である――その数十一。
小さな太陽が舞い降りたと見紛う圧倒的な白光が、ルザの目を焼き尽くす。
「ぐうううっ、ああああああああああああっ!」
倍返しの鎧をつけていても意味などない。
フォードはここぞとばかりにペール、べクリア、さらには他のルザ配下の二刀流少女と土魔術師の体を入れ替わり立ち代わり、波状攻撃にてルザを追い詰める。
「クソがっ! クソが! どいつもコイツも! 殺すぞおらぁああああああっ!」
ルザが荒々しく叫ぶ。仲間が襲い掛かってくるという異変に業を煮やし、落ちていた装飾剣を拾うや高く振り上げた。
[支配者の帝王は命ずる。空よ、割れて巨人の制裁を成せ。暗愚なる敵を滅せよ――『デビルロード・アヴェンジャー』!]
魔術の発動――。
上空、黒く斑に染まった空が裂ける。
裂けた天空から振り下ろされる、巨大な拳。
限定的に召喚した大悪魔の腕、直径数百メートルはある巨腕が、森へと迫る。
敵味方構わず、殲滅する気だ。フォードはすぐさま冥王臓剣を高く投擲。
魔剣が空を引き裂き拳の半ばまで貫く。震える大気。ひしめく邪気の渦。冥王臓剣の威力が、木という木の集まりを妖気で吹き払う。
だが、いくらなんでも悪魔の腕が巨大過ぎた。裂けた巨腕が大質量と共に落下し、森や、フォードや、ルザの配下ごと全て押しつぶそうとするが――。
〈くふ。我が契約者よ。唱えるがいい。[愚者の覇王よ・砕けよ]〉
エリゼーラの言葉通り、フォードは祝詞を唱えた。
瞬間。巨腕が身震いした。それはあたかも砂の華が散るように、微細な粒となった巨腕が瞬く間に飛散。
空を覆い尽くすような暗黒の巨腕に、真っ赤な亀裂が奔る。
歪な硝子が砕けるような音と共に、爆発的な燐光が拡散、巨腕は一欠片も残さずに、大気の中に消滅した。
「なん、だと!? 馬鹿な……!?」
ルザが唖然とする。
彼は動けない。悪魔の巨腕が四散する様に愕然とし、前に立ったフォードの拳をまともにくらう。
「ぐあああああああっ!」
樹木に激突したルザの眼前に立ち、蔑みの眼をフォードは向ける。
「何が神ですか? 弱いですね。支配者を自称するなら、もう少し精進してくださいよ」
「んだとてめえっ!」
「同じ養成所だったよしみで命だけは助けてあげましょう。大人しく降伏してください」
「てめえがっ、俺に命令するなああああああぁぁぁっ!」
激昂して斬りかかったルザだが、隙だらけだ。
フォードは冥王臓剣で迎え撃った。軽鎧が砕かれたルザが無様に宙を舞う。
そして背中から木々に激突し何本もの枝葉を叩き割る。
怒りに顔を歪ませたルザが、血まみれのまま腰袋に手を入れ、トパーズがはまった首飾りを取り出す。
「くそが……っ、この借りは、絶対に返すっ!」
直後、首飾りへの祝詞を唱えた。
[幽玄の覇者に命令する。我を隠せ。神すら追えぬ領域に――『ディメンション』!]
ルザの周囲の大気が揺らぐ。瞬く間に彼は陽炎のようにぶれ、その身が消え失せる。
転移の魔術だ。フォードが気づいた時にはルザの残滓のように粒子光が飛び散り、ルザの姿は、消失していった。
気づけば彼の配下までもが、残らず消え失せていた。
ルザは配下の野盗ごと、フォードを恐れ、逃げていったのだった。